101 シンデレラストーリーの幕引き
シンデレラストーリー最終話です。
「王室は茶番だと仰いましたね。でもこの国でその制度が生き残っているのは、国民にとって必要だから。そうでしょう?」
「ああ。そのような国民は多い。私には王室など必要ないが。」
「ですがあなたは多くの国民にとって、心の拠り所である王室そのものです。」
「望んだことではない。」
ミミこと千絵は、冷たく笑った。
そして言い放つ。
「何を甘ったれているの?」
ラタリスカヤの面々が凍り付いた。
〝あー、コレはアレだ。そーとー怒ってんな、千絵ちゃん〟
当然だ。
エドにしても、馬鹿馬鹿しくて関わり合いになりたくないのが本音である。
リマノ関係者は皆同感だろう。
「あなた何を勘違いしてるか知らないけど、王様だの盟主だのを好きでやってるひとばかりじゃないわ。」
立憲君主制の国王には大した権力はない。
一方、盟主は銀河連邦の人類社会から、請託による全権委任を受けた、いわば最高位の権力者である。
神族と呼ばれる通り、人外の存在だ。
実際に歴代盟主たちは、何度も人類の存亡に関わる危機を乗り越えてきたのだ。
今回のハルマゲドンのように、危機があまりに重大な場合は、神族皇家の者がその地位につくのが暗黙の了解である。
国王と連邦盟主を同列に比べるのも乱暴な話だが。
「お言葉だが君。私のように手足を縛られた上に、権力を付与されず、ただ阿保のように王冠の陳列台になるのは、楽しい経験ではない。それは泥の中を這い回る虫けらのようなものだ。リマノの盟主陛下のような強大な権力があれば、叶わぬことなどないから、遥かな高みからより遠い地平に臨まれもしよう。しかし私の場合は所詮自分を殺して生きていくしかなかった。そんな私にできることなどない。」
ミミは、挑発的に微笑んだ。
「あなたに権力がなくて正解よ。力を正しく使う訓練が欠けているから、どのみち持て余して、権力に振り回されてしまうだけ。」
そう言って、正面から彼の目を覗きこむ。
「権力がない、ですって?あなたは仮にも国王よ。一般人であるものですか。自覚がなさ過ぎてお話にならないわ!あなたの恋人と一緒に、死をもって償うとでもいうの?」
カタローニⅢ世は怯みもしなかった。
「それが順当かもしれないね。未遂だったのは、あなた方の力のおかげだ。あなた方リマノのお客人がいなければ今頃、多くの人命が失われていた。そして、その中にキリアン自身も含まれていたはずだ。改めて礼を言わせてもらおう。未遂とはいえ公共の場であのようなものを使用しようとした罪は重い。キリアンが処刑されるなら、当然私も同罪だよ。」
「だからそれがわかってないと言うのよ!死など意味がないでしょ!」
〝あ〜あ。完全に怒らせちまったぜ〟
エドは、カミラとカイ、それにアリスをを見た。3人揃っての完璧ポーカーフェイスだが、ミミこと千絵を止める様子はない。
〝まあ、オレもそうだけどな。
カタローニⅢ世とキリアン・バルシャは、意味がわからない様子である。
ルドとティー兄妹、それにポポ・カルはあっけにとられつつ様子を見守る構えだ。
内宮女官で月の宮の侍女という触れ込みだから、普通に考えれば高位リマノ貴族の令嬢だろうと思いはしても、見た目は成人しているかどうかも怪しい小娘である。
〝千絵ちゃんって年齢はたしか、カタローニとタメくらいだよな。〟
だからといって、一介の侍女がしていいような挑発ではないのだが、カタローニⅢ世の方は身分や立場など、さして気にもしていない様子である。
度胸があるだけではなく、他人の言葉に耳を傾ける度量もあるようだ。
この男、見た目よりは国王としての資質に恵まれているらしい、とエドは思った。
「君は私がどうするべきだと思うんだ?」
わけがわからない様子で、国王は問いかけた。
「あなたができることをするべきよ。あなたには利用できるものがいろいろあるじゃない。」
首を左右に振り、彼は傍の秘書官を見た。
「私にできることなど。現に、キリアンがとんでもないことをしでかしたのを、止めることすら出来なかった。ここまで彼を追い詰めたのは私なのに。」
「陛下…。」
見つめ合う2人の方へ、片手で追い払うような仕草をしながらミミがため息をついた。
「愛の告白なら、後になさって。カタローニⅢ世陛下、私はあなたがこの国を変えてはいかがと言っているの。」
カタローニの眉間に縦皺が現れた。
全く意味がわからない様子である。
「だから私には権力など…、」
「演技力はあるじゃない!あと、人心掌握もなかなかお見事だわ。今回のシンデレラストーリー、目的はともかく手際は悪くなかったじゃない。」
彼はそう畳み掛けられて瞬きをした。
「君は…何を?いや、そもそも君は…何者だ?」
「私が誰とか、どうでもいいでしょ。いい?あなたはその人を愛してるのよね?だけどこんなことになってしまった。」
「その通りだ。」
「何故?確かに、秘書官さんはあなたの裏切りに追い詰められた。やろうとしたことは完全に間違っていたけど。なぜそこまで追い詰められなければならなかったの?あなた方が愛し合ったのは、罪かしら?違うでしょ!」
バルシャ秘書官は、ゆっくりと顔を上げ、カタローニⅢ世の顔を見た。
カタローニⅢ世もまた彼の顔を見て、それからリマノから来た金髪の侍女を見据えた。
「私が彼を愛したことは、罪だとは思わない。」
厳粛なまでに真摯な口調である。
侍女は、笑顔で頷く。
嘲笑ではなく、暖かで優しい、彼女本来の表情で。
「ならばあなたがなさるべきことはおわかりでしょう、陛下。」
彼女は、リマノ風の華麗なお辞儀を披露して続けた。
「これ以上申し上げることはありません。月の宮から参りました内宮女官、ミミ・ローゼンシュタルツが出過ぎた真似を致しました。お赦し下さいませ。」
「いや。ありがとう。私が何を為すべきかがわかった。こんなに簡単なことにすら気付けなかったとは。まあ、それも然るべき罰を受けて命があれば、だが?」
エドは、国王の視線を受けて肩をすくめた。
「罰?何の?」
「それは当然…」
「さあ?オレは何も気付かなかったですがね、陛下。少尉どのは?」
「何のことでしょうか?」
「首席監察官どの?」
「報告は上がってないわ、上席特別捜査官。」
カタローニⅢ世は完全に戸惑った様子でリマノの一行を見回した。
「し、しかし…爆弾が…」
「そんなものありましたかね、少尉?」
「はい?ボクらこちらの王妃殿下の誘拐事件、いや、行方不明事件の捜査協力で来たんですよね。非公式ですけど。」
「だよなぁ。んで、それは…まあストーリーはあとで考えるとして、解決はした。ってことで、報告書はデュラハン監察官ドノ、よろしく。」
アリスが頷いた。
「わかったわ。ローゼンシュタルツさんたちもこれで本来の目的を果たしに行けるわよね。」
「いいえ、まだしなければならないことがあるの。出番よ〝ポチ〟。」
ワン、と言う声は聞こえなかったが、今まで誰もいなかったはずの場所に突然、真紅の奇妙な生き物が現れた、
カイの遮蔽が解除されたようだ。
ラタリスカヤの人々が一斉に目を見張る。幸にして、超災害級魔獣〝さらまんでる〟がいかに危険な存在か知るものはいなかった様子だが。
「ま、魔獣!?」
その声より早く、ルド・エミネフスカがポチとカタローニⅢ世の間に移動した。
元軍人の護衛官として、身に染み付いた行動である。その手には、安全装置を解除した武器が握られていた。
同時に、エル=ポポも無言で動いていた。こちらはティティス・エミネフスカを背中に庇う位置である。
ファイターの本能が、一瞬で真紅の怪物の危険性を見てとったらしい。
別人の如く精悍な顔つきである。
「あ〜、あんたら落ち着け。危険はない、ですよね、博士?」
エドはカミラを見て驚いた。頬が上気し、再び開いた日記帳に、猛烈な勢いで鉛筆を走らせている。
『な、なんでそんなに嬉しそうなんすか?』
『ギャップ萌えじゃ♡良いのう、良いのうポポ・カルは♡』
『あ〜。』
まあ確かに、素晴らしい豹変ぶりではあるが。
〝ギャップ萌えって…アタマ痛ェ〟
「とにかく武器はしまえ。」
そんなチャチな武器などムダだ、という本音は隠したまま、ルドを制止する。
「で、ミミちゃん、なんでポチ?」
「魔力の消化が終わったから。」
「あ?」
そういえば、ティティスの瞳を食った化け物亀を、ポチが食ったよな、と思い出した。それがどうしたというのか?
「ポチ。消化した魔力を見せてちょうだい。」
魔力を見せる?
「うっ!?」
叫んだ声は複数あった。どれが誰の声かはよくわからなかったが、原因は明白だ。
「ポチ?おまえ、ポチだよな?」
エドの問いに頷いたのは、王妃ティーの姿をしたポチだった。更に口を開くと。
「ポチですわ、エド。」
「げっ!?話せるのかお前?」
「当然。聖女様、ご下命は如何に?」
平然とミミに向き直る。動作も表情も人間にしか見えない。
「ティティスの瞳は回収するわ。それにはもう魔法はかかっていないから、ただの宝石だけど。」
「承知しました。」
吐き出しでもするのかと身構えたエドだが、ポチがすいっと差し出した手のひらの上に、緑色の宝石を見て納得した。
「な〜る!確かにエメラルドだなあ。月の宮の黒猫の首輪のより、一回り小さいが。ふむ…、エミネフスカさんたち、あんたら今後も王宮勤めを?」
「私はおひまをいただきます。」
ティティスは即答し、ルドも首を横に振った。
「私ももう、王宮にはいられません。」
まあ当然そうだろうなとエドは頷いた。
2人とも、主君には完全に愛想が尽きたらしい。
「退職金は規定通りもらうとして、迷惑料はこれで足りるかな?あ、換金がしたいなら、そこにいるデュラハン監察官に頼むといい。リマノには宝石コレクターが多いからな。だよなアリス?」
「まかせてちょうだい。ですけど、ミミさん、ポチを連れ帰るおつもりですの?せめて龍一様にご許可をいただいては?」
「大丈夫。龍ちゃん私が拾ったものに文句なんか言わないもの。」
エドは頷いた。
「たしかに。コータローの時、あんたも居たろ、アリス?」
奴隷市で、危険な青のユニコーン〝コータロー〟を〝拾った〟時の話だ。
コータローにつけられていた拘束具を、一刀のもと両断したのはリュウだった。
「それはそうねえ。ほんと、甘いんだからマスターったら。」
「ヨメ限定だがな。さて。あとはカルデシス・クワント氏、あんただが…、どうした?」
ポポ・カルの精悍だった表情が、すっかり抜け落ちていた。どころか、完全に腑抜けヅラである。
その目はひたすら見つめていた。
ポチを。
「ティー!俺のティー…。」
「あのな。そいつは彼女じゃねえ。わかってんだろあんただって。」
「わかってるさ。でも、またこの姿が見られるなんて!」
「エドよ、ヤボを申すでない。恋の道は薮と袋小路でできておるものじゃ。」
「そんなテーマパークの迷路みてーな恋なんぞ、なんか意味あるんすか?」
「だからお主には恋人が居らぬのじゃ。」
「博士に言われたかないっすね。」
かくしてシンデレラストーリーは終わりを告げたのだが。
誘拐が失踪か、いかなる脚本が書かれ、どう演じられたかはまた別の話となる。
シンデレラストーリー、これにて終話です。
次回もお楽しみに。




