102 暗い場所
「暗い場所」篇開始です。
足音が聞こえる。追手はもはや密やかに追跡するのをやめたみたいだった。
公然と複数の足音を響かせ、確実に獲物を追い詰めて確保することだけに集中している。
確保して、そして確実に始末するために。
昼間ならそれなりに人通りがある筈だが、真夜中過ぎでは通りは閑散としている。人も作業ロボットも、不動の人形オブジェめいた、監督アンドロイドの姿もどこにもない。
辺りは暗闇。街灯の明かりはこんな路地までは届かない。
カータ・マルチェットはなおも必死に走る。なんとしてもこの死地から生きて脱出するために。
絶体絶命。
嫌いな言葉だ。
現在の状況にあまりにもピッタリなのが、更に嫌悪感をそそる。
汗で曇る目を正面に据え、必死に脱出の手段を探るが、そんなものあるわけがなかった。
嵌められたのだ。
敵は用意周到に彼女を待ち伏せた。
罠を仕掛け、獲物が自らを追い込むのを冷徹に眺めていたのだろう。
思い返せば、とっくに逃げ場は塞がれていたのだ。彼女は手頃な囮で、都合の良い生贄に過ぎなかった。
汗がしみた目がひりつく。
前方では確実な絶望が手招きしている。
超巨大国家連合体である銀河連邦の首都は、一つの惑星全体が巨大な都市である。
中でも、行政の中心である〝宮殿〟の周辺には、司法・立法・行政を司る各省庁が林立、広大な官庁街を形成していた。
超巨大都市リマノは、一つの大国ともいえる。連邦加盟国の中でも、人口や経済規模では一二を争う存在だ。
連邦首都という特殊な位置付けから、ありとあらゆる国家の出先機関やら法人の拠点がひしめき合い、人混みで石を投げれば外国人に当たる確率の方がずっと高かった。
そんな昼の顔とは裏腹に、夜の闇が濃くわだかまる場所もまた、そこここに点在していた。
有名どころでは、かつてスラム街だった廃墟の無人地帯や、離宮〝月の宮〟とその周辺の河川や荒れ地が挙げられるが、それ以外でも人があまり近づかない場所が点在している。
その一つ。
シューレ海に面した第49街区の港。
通称、〝処刑場〟。
そんな不吉な名前の場所で、埠頭から釣り糸を垂れる、2つの人影があった。
「博士〜、なんでまた真夜中にこんなとこで釣りなんか?」
もうかれこれ1時間。
なぜこんな羽目になったかといえば、カミラの希望だから、であるが。
「いくら釣りの配信が気に入ったからって、いきなりこれはないんじゃ?」
「なんじゃ、若いものが僅かな時間でもう弱音かの。情けないのう。よいか、そもそも釣りとは…、」
ウンチクなんぞ聞いてられっか!
「い、いや、お言葉ですがね、こんなとこで何が釣れるってんです?アタリなんぞピクッとも来やしねえし、それにオレ何だかこう、さっきから気分が…。」
「あ〜、さようか。さもありなん。」
「はい?」
「そなた、見えなくて幸いじゃの。」
「は、はいぃっ!?な、何がです…!?」
思わず声が裏返った。
カミラは視線を流し、生暖かい笑いを漏らした。
「聞かぬが花よ。」
そんなことを言われても困る。
エドには、いわゆる霊感の類などない。
そして、その手のハナシには滅法弱い。 加えてここは、あまり縁起の良い場所ではないのだった。
エドは今までも仕事がらみで、あきらかに生身の人間とは異なる者を目にすることはあったのだが、決して好んでその手合いと遭遇したいわけではない。
相手が生身の生き物でさえあれば問題はないのだ。たとえそれが魔界の大公だろうが神族皇家の誰かだろうが、あるいはドラゴンだろうが、である。
勝てる勝てないの話ではなくて、生き物か否かなのだ。
より釈然としないのは、今まで元生き物だった存在を見て、あるいは触れ、会話をしている間は、彼らを普通の人間としか思えないことなのだ。後になって、アレは生きた人間ではなかったと気付いても、記憶の中の彼または彼女は生身の人間のままなのだった。
「のう、エドよ。」
「はい?」
「この港の通称の由来とは何なのじゃ?」
「ああ、〝処刑場〟ですか。それはまんま、昔の刑場があった場所だから、らしいっすね。もう1000年以上前の話です。」
「1000年とな?それにしては…」
カミラはゆっくり周囲を見回した。
「や、やめて下さいよっ!そんな思わせぶりな…、オレが弱いの知ってんじゃないですか、そーゆーのに!」
それでなくとも、なんだかさっきから背中の辺りがザワザワするのだ。
もとより霊感などないから、その方面ではなくて、いわゆる〝悪い予感〟の類いなのだろうが、それはそれでイヤだ。
なぜか?
悪い予感ほどよく当たるからだ。そう、この手の予感は…。
「んっ?」
「どうしたのじゃ?」
「今なんか聞こえませんでしたか?」
カミラが答えようとした、その刹那。
光…!
凄まじい光が、辺りを白い闇に変えた。
「…!?」
エドのマシンアイには、一種のブレーカーが組み込まれていて、強い負荷がかかると自動的に回路を遮断する。
カメラから脳に埋め込まれたマシン本体、さらにマシンから生体に送られる信号を一時的にブロックするシステムである。
それが働いた結果がホワイトアウトだった。これが閃光弾などの影響からマシンと脳を守ってくれる。
ホワイトアウト状態は、1/100秒程度。
しかし、戦場ではその短い時間が生死を分けもする。
今回、閃光とほぼ同時に、衝撃がエドを襲った。
〝爆弾か!〟
認識より早く、耐衝撃シールドが展開されていた。連邦からの支給品だ。予期せぬ強力な攻撃から、特別職公務員の命を守ってくれる装備品である。
〝コイツが作動したってことは、とんでもないエネルギーが解放されたってわけだ〟
冷静に認識しつつ、一応カミラを探す。
別に彼女の身を案じていたわけではなくて、単なる義務感からだ。
〝あんなとこに〟
爆発の規模は不明だが、弱々しい光を投げかけていた数本の街灯が視界から消えていた。あたりは闇に沈んでいる。
だが、エドにとっては闇ではない。視界は暗視モードに切り替わっていた。
さっきまでエドとカミラがいた埠頭の先端から数メートル離れた海上、海面から10メートル以上の高さにカミラ。
支えもなく空中に浮かんで、静止している。
〝博士。何か見えますか?〟
距離があるから、怒鳴るより内緒話の方が効率が良い。
『爆発はそなたの後方、100メートルほどが中心のようじゃの。』
後方100メートルといえば、完全に海の上である。今まで2人がいた埠頭は、縦横比が正方形に近い長方形の構造物で、細い通路で岸壁に繋がれた形だ。
となると、何かに着弾して爆発したのではなさそうである。
『手榴弾みたいなタイプですかね?』
『わからぬが、誰かが投擲したなら、倉庫のような建物の辺りからであろうの、ら半分吹き飛んでおるようじゃ。』
だとすると、投擲した人間も無事では済まないだろう。100メートル離れた位置まで、あの閃光と衝撃が届いた威力である。
『行くぞ、エド。』
『あ〜。はいはい。』
これほどの爆発が感知されないわけかなく、すぐにも初動捜査班がやって来そうだ。彼らに任せておくのがベストである。が、カミラに逆らうのは論外だ。
エドの任務はカミラの満足に奉仕することなのだから。
かくして、エドの次なる物語が始まった。
お付き合い誠にありがとうございます。
次なる事件の始まりです。
次回もよろしくお願いします。




