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エドと博士のはみ出し日記  作者: WR-140


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103/106

103 どっちが魔族かわかりゃしない

 意識が。

 上か、下?暗い。

 浮かんでる。浮遊して…。

 

 ゲホッ!

 泡が…、顔を掠めていく…

 苦しい!くるしいくるしい!なんなの!?

 溺れてるんだ!

 胸が熱い…息が出来ない!

 何も見えない!

 海水?苦い。塩辛い。ああそうだった。

 アレを投げて、海に飛び込んだんだ。生きてる。まだ。


 上下の感覚がよくわからない。

 だけど、上へ、海面にでなきゃ。

 どっちだ?どっちが正しいの?

 大きく水を掻く。更にひと掻き。

 方向を確信しているわけじゃない。迷っている暇がないのはわかってるから。

 確かさっき、口から出た泡が上がって行った気がする。そっちが上だ。

 だったらたぶんこれで合ってるはず。

 間違ってたら?

 それならここで終わりかな。そんなのイヤだ…でも、それでもいいかもしれない。

 このまま死ぬのは悔しいけど、待ってるひとはいないし、帰る場所もない。

 …追手は何人死んだかな?

 人を殺すのは悪いことらしいから、私は悪い奴なんだろう。

 全然悪いって気はしないんだけど。

 殺そうとしたのはあっちが先。

 私は殺そうとは思ってない。ただ自分が生きたい、それだけ。

 ずっと。


 ゴボッと音を立てて、肺から最後の空気が押し出された。

 そのまま、ブラックアウト。


『は、博士?』

『なんじゃ?』

『そ、そんなコトが出来たんですか?』

『何を引いておるのじゃ。』

『だ、だって…。』

 カミラは、海面の上の空中に、相変わらず浮かんでいた。

 まあそれはよい。

 問題は、彼女の髪の毛である、

 光の加減で黒にも藍色、あるいは紫色にも見える長い髪だ。

 元々背中をすっぽり覆うほどに長く豊かな髪が、いまは単なる頭髪の範疇を超えて伸びていた。

 長さはざっと10メートル以上。

 禍々しい後光のように、重力を無視しながら小さな白い顔を中心に上と左右に広がっている。こうなったのは一瞬だ。

 全体が黒い燐光を帯びた髪の毛は、それ自体が意思ある生き物のようにうねりながら、一部が海面に向かっていく。

 まるで何かの触手のように見える。

〝いやこれって…オレでなくても引くんじゃね?〟

 不気味でありながら、未知の神話の一ページでもあるかのような、ある種の荘厳ささえ感じさせる光景だ。

 白い磁器のような繊細な顔の周りを取り囲む、凶々しく力強い髪は、太い束になって海面へとダイブした。

 ザバッという音とともに飛沫が散る。

『あの〜、いくら釣れねえからって、それはないんじゃ?』

『いい加減におふざけはなしじゃ。』

 声が冷たい。

「…へいへい。」

 バレてたか、とエドは舌を出した。確かにボケてる場合じゃない。

 今にも爆発を感知した、初動担当の機動チームがやってくる。

 カミラは一言も説明はしなかったが、それを歓迎してはいないだろう。さっき海面近くまで浮き上がりかけていたあの人影は、あまり大きくはなかったから。

 エドは、男性としては少し、いや、かなり身長が控えめであるが、それよりさらに小さいとなると…。

『捕まえた。』

『!』

 ザバッ。

 暗い海面が割れて、飛沫が飛んだ。現れたのは1人の少女の姿だった。完全に気を失っているようた。

『エド。』

『承知。』

 カミラの意を察して、エドはアリスに緊急回収を要請した。その間も爆発現場に駆けつける飛行チームの気配が近づいてくる。


〝ここは…?〟

 カータ・マルチェットは、最初全く状況がわからなかった。

〝たしか、海に飛び込んで溺れたんだ。意識無くした?でも、生きてる?〟

 とりあえずは。

 しかし、ここはどこか、どの勢力の手に落ちたかもわからない。

〝慌てちゃダメだ〟

 自分に言い聞かせる。

 その時、話し声が聞こえた。何を言ってるかはわからない。

〝たぶん連邦標準語だ〟

 いくつかの単語は聞き取れたけど、カータは連邦標準語をまともに習ったことがなかった。

 カータだけじゃない。

 同じ場所にいた、他の子供達もだ。

 頭のいいサンデはたしか、大人たちにとってその方が都合が良いからだろうって言ってた。

 子供たちには情報を与えない方が、何かと使い勝手がいいんだろうって。

 私もそう思う。

 だって、サンデは頭が良すぎたからあんなことになったんだ。

 バカなふり、何にもわかってないふりをしなきゃ危ないのに。

 私だってそれはわかってたのに、なんだって賢いサンデにそれがわからなかったんだろう?


 カータは目を閉じたまま、意識が戻らないフリを続けていた。

 体が濡れておらず、清潔なベッドに寝かされていることはわかっていた。しかし、それ以外は何もわからない。

 体のあちこちが痛いし、喉には違和感がある。

 生きていることに安堵はしたが、それ以上に不安感が募る。生きているということは、いつ死ぬかもしれないということだ。

 カータが生きてきた場所では、明日どころか、今日を無事に終えられるかさえ不確かだった。

 カータの前にも〝カータ〟がいたけれども、その〝カータ〟は、訓練中の事故で死んだと聞いた。たぶん、まだ11歳で。

 カータは〝カータ〟より少し長生きしたけれども、それでも14歳になるまで生きられるかはわからない。

 だから、慎重に。

 情報収集、それをしなければならない。

 反対に自分の情報は、極力知られてはならない。

 生きたければ、そうしなければ。


「マスターや大公殿下の手を煩わせるほどのことがなくて、良かったわ。」

 アリスの言葉に、エドは頷いた。

 バイタルをモニターしていたラグナロクは、患者の意識が戻ったことは知っている。

「博士がすぐに見つけたからな。」

 ここは、司法省内の病院。いつぞやも事件関係者を収容した施設である。

 特にこのエリアはラグナロクが直接管轄する一角であるから、訳アリの患者を受け入れるにはうってつけなのだ。

「で?」

「ええ。あなたの見込んだ通りね。その子は昨日、ティファ経由でリマノに到着した〝マルグレシア・タグネル〟ってことになっているけど、偽装ね。〝暗い場所〟のどこかから、なんらかの工作のために連れてこられた、消耗要員でしょ。」

「やはりな…。」

「何じゃその、〝暗い場所〟とは?」

 カミラの言葉に、エドとアリスは一瞬顔を見合わせた。

「説明よろしくな、アリス。」

 口にしたくもないのがエドの本音だ。

「了解。博士、大戦が激化する前から、連邦内のあちらこちらに武装勢力が存在していたのはご存知と思います。国家連合規模から、小規模犯罪者集団までね。それらの多くが、孤児や誘拐によって集めた子供達を訓練して、金銭と引き換えに売り渡しています。まるで消耗品のように。〝暗い場所〟とは、そうした子供たちが〝養育〟されている場所の意味ですわ。」

「〝養育〟とな?それではまるで〝飼育〟ではないか!」

 まさにそういうことである。

 そうした組織は多数あり、一つ二つを潰したところでどうにもならないのだ。

「あ〜。つまりカネになるとなりゃ、何でもする連中ですから。以前の事件で、人身売買組織の出店に行ったでしょ。ああいう場所にも〝商品〟を供給してますよ。」

 ああいう場所、とは、〝商品〟を〝陳列〟する檻を並べた取引所のような場所である。

「さようか…。」

「博士、その娘は、たぶん連邦標準語すら教えられていないと思いますわ。身体が傷だらけなのは、戦闘訓練のせいです。兵士には、武器の扱いは教えても、あまり情報を与えたくないでしょうからね。大戦が終わったことさえ知らない少年少女は、まだまだ多いはずですわ。」

「なんと…。」

 カミラは魔族である。魔族は弱肉強食が常ではあるが、一見、力なきものが生きられない世界のように見えて、そうでもないらしい。それなりに弱者を尊重する社会システムがあるのだという。

 人間の行いは、しばしばカミラをして呆れさせるに十分なほど醜悪だ。

〝こんなんじゃ、どっちが魔族かわかりゃしねーわ〟

 今更だが情けない話ではある。


お付き合いありがとうございます。

次回も宜しくお願いします。

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