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エドと博士のはみ出し日記  作者: WR-140


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98/106

98 国王の目的

「さて。少し厳しい話が出るかも知れませんが、ここで知り得たことはできる限り伏せたい。それが盟主の意向だろうと、オレは考えます。アリス?」

 アリス・デュラハンは蠱惑的な微笑を浮かべ、ゆったりと頷いた。

「ええ。そのため陛下は最も信頼しておられるあなたを名指ししたのよ。幸にして今回の件は未遂ですしね。」

 そう言われると、居心地が悪かった。

 大量殺人が未遂に終わったのは、単純にカイと千絵の力であって、エドは役に立ってなどいない。

 だがまあ、それはそれだ。

「…キリアン・バルシャ秘書官。あなたはここにいる格闘家、ポポ・カルことカルデシス・クワント氏を殺害しようとした。間違いないですか?」

 バルシャは力なく頷いた。

「間違いありません。全ては私の独断です。」

「どうやって凶器を入手しましたか?」

「ツテを辿りました。相手の名は知りません。仲介者に代金と手数料を払いました。」

「仲介者の名は?」

「知りません。ダラス街の路上で声を掛けられて、それで。」

 ダラス街はこの街では悪名高い界隈である。先の大戦の激戦地だっただけに、市内にはまだ多くの破壊された街区が残されていた。そこに流れ着いた元兵士や軍属あがりの連中により不法占拠されて生まれたのが、司法の手が及ばない、事実上の無法地帯である。

 この国は戦争で非常に多くの人命を失った。

 普通、避難した人々が戻ってきたら、このような司法の空白は解消されていく。

 が、元の住民の多くが犠牲になった場合は、その限りではなかった。

「そんな物騒な場所へ1人で?相手の名も知らぬまま金を払ったと。全てあなたの意思ですか?」

「もちろんです。」

「それは、いつのことでした?」

「覚えていません。」


 バルシャ秘書官は、こんな調子で淡々と質問に応じた。

 あくまで自分1人で全てを行ったと。


「なぜです?」

「なぜ、とは?」

「なぜ彼を殺害しようとしたか、聞いてるんですが?」

「それは…、当然彼が王妃殿下を誘拐したからです。」

 エドはわざとらしくため息をついた。

「なあ、バルシャ秘書官?子どもじゃあるまいし、そういうおとぼけはナシにしようぜ。アンタ知ってんだろ、王妃、いや、ニセ王妃を演じていたのが誰かってこと。」

 沈黙。

「時間を無駄にする趣味はねえんだよ。ネタは上がってる。だから、彼女がここにいる。いい加減観念しちゃどうだい?」

 バルシャはハッとしたようにティティス・エミネフスカを見た。だが、すぐ目を伏せてしまう。

「まあいい。こっからはオレが話そう。アンタからは言いにくいだろうしな。」

 エドは言葉を切り、一同を見回した。

〝ん?博士?〟

 カミラはいつのまにか取り出した例の日記帳に鉛筆を走らせている。クロッキーだろうが、その目はひたすらポポ・カルだけを見つめていた。熱っぽい視線で。

〝はあ。しゃーねーな。〟

 頭が痛くなりそうだ。ふと見ると、ミミの口元が声なき笑みを形作った。


「さてと。失礼は承知だが、ざっくばらんに行かせてもらう。まず、カタローニⅢ世陛下、なぜ侍女ティティス・エミネフスカ嬢を替え玉に?」

「既に知っていたか。さすが連邦司法省のNo.1捜査官だ。」

 砕けた口調だった。

 謹厳実直かつ清廉潔白な仮面をかなぐり捨て、開き直った様子である。

「カリス特別捜査官、有名人の君が来ると聞いたときはいささか焦った。結局こうなってしまったわけだが、今更言い逃れはしない。何でも聞いてくれ。」

〝有名人って何だ?まあロクな評判じゃねえだろな〟

 などと考えつつ、エドは鷹揚に頷いて見せる。自分について芳しからざるウワサが多々あるのは承知していたし、思い当たるフシはそれこそ無数にあった。

 どこまで本心かは知らないが、カタローニⅢ世が率直に応えてくれるならば、こちらも率直に訊くまでだ。


「なぜティティス・エミネフスカか、という質問だが、君は既に答えを知っているんじゃないか?彼女には係累がほとんどいないし、兄はもともと私の護衛官だ。兄妹揃って信頼に値する。そういうことだ。」

 エドはとりあえず頷いた。

 カタローニⅢ世は嘘は言っていないが、それは事実の全てではなかろう。

 ネタはとっくに上がっている。

「デリケートな話で悪いが、陛下。信頼とは、彼女があなたの性的嗜好を知っていながら、沈黙を貫いていたことに由来するわけですね?」

 ギクリとしたのは、ルドとバルシャの2人である。ティティスは目を伏せ、エル=ポポは単純に何かを納得したらしい様子だった。

 当のカタローニⅢ世は、ゆったりと椅子にもたれて脚を組み替えた。

「その通りだ。彼女は偶然知ってしまった。私が男性しか愛せないことを。」

「なるほど。しかし今どきそれは大したことではないのでは?」

「リマノではそうかも知れない、しかしここでは多少事情が違う。」

 それはそうだろう。世襲による王室を求める国家ならば、王家直径の血族による継承を至上とする世論が優勢だ。

 今は男同士でも子供を持つことが可能なくらいに生殖医療は進んでいるが、伝統を重んじる場合、国民の納得を得るのは難しい。

 まだしも、傍系からの養子などの方法が受け入れられやすいのは事実だ。


「だからか。〝エミネフスカ〟である彼女に子どもを産ませ、血統のすげ替えを画策したのは?」

 ハッと息を飲んだのはルド・エミネフスカであった。彼はガックリと肩を落とし、両手で顔を覆った。

 低い嗚咽が漏れる。

 彼と逆に、ティティスは青ざめた顔をキッと上げた。

「それに気付いた時の、私の気持ちがお分かりですか、陛下?しかも、兄と私に子供をつくらせるために、私が代理の王妃ティーであることを秘密にさせていたなど!」

 爆弾発言である。

 だが、完全に開き直った国王は事もなげに低い笑い声をあげた。

「何が悪い?この国が革命によって民主国家に生まれ変わって数十年経った。なのに未だ王室などという時代錯誤が罷り通るなど、滑稽に過ぎよう。愚かなことよ。ならば旧王家の末裔であるお前たちの子でも推戴すればよいのだ。私は降りる。」

「あなたという人は!どこまで卑劣な!」

 ティティスは立ち上がっていた。

 怒りのまま、今にもカタローニⅢ世につかみかかりそうな勢いである。

「ハイハイ。あなたのお怒りはごもっともだけど、今はお座りなさい。」

 アリスの口調は柔らかだが、有無を言わせないものでもあった。

 ティティスは渋々座ったが、怒りが収まるはずもない。視線だけで国王を殺しかねない勢いである。

 実際、酷い話だ。

 エドとしても胸が悪くなるばかりだが、カタローニⅢ世を断罪したところで、どうなるものでもない。

 この国の国民の多くが王室なるものを求めているのだから。

 だが、一言言わずにはいられなかった。

「アンタ、クズだな。」

「そうだな。自分でもそう思うよ。」

 カタローニⅢ世はゆっくり立ち上がった。

「私はクズだ。自分が愛する者すら守れない。こんな男には、お飾りの国王でも荷が重すぎる。」

 そう話しながら、彼はキリアン・バルシャの前に進んだ。

「へいか…?」

 顔を上げたバルシャ秘書官。

 同時に屈んだカタローニⅢ世は、彼の額に軽くキスしてから一同に向き直った。

「捜査官。あの爆弾は、私が自分で手に入れたものだ。」

「へ、陛下!いけません!あれは私が!」

 悲鳴に似た秘書官の声。

「やめろ、キリアン。私は責任を負わなければならない。君1人に罪を背負わせるつもりはない。」

「何だってあんな物騒なしろものを?」

「何、大した事じゃないよ。ただ国会で使ったら面白いかも、と思ってね。」



お読みいただき感謝しかありません。

本当に、ありがとうございます。

今しばらくお付き合いのほどを。

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