97 関係者ミーティング開始
用意された場所は、はじめに一行が会ったあのカフェの奥だった。
リマノからの4人と、国王カタローニⅢ世、秘書官キリアン・バルシャ、護衛官ルド・エミネフスカは、あの時もこの場に居たメンバーである。
「あとこの国の国民で関係者である2人が来ます。オレの上官が今手配してるんで、そんなに待つ必要はないでしょう。」
「2人?誰ですか?」
「来ればわかります。」
カタローニⅢ世は表面上、相変わらず落ち着き払っていた。内面はとても平静どころではないはずだが、なかなか見事なポーカーフェイスぶりだ。
仮にも国家の代表ならば、それも当然と言える。しかし、この場には更に上手がいるのだ。
エドは〝ミミ〟の青い目を見た。
彼女はカタローニⅢ世の内面で、地獄の嵐さながらに荒れ狂っている感情を知っていながら、完全なポーカーフェイスを保っていた。
愛くるしく目尻が下がった丸い目は、本来の彼女とは全く別人だ。しかしその柔らかいが毅然とした表情は、彼女そのものである。
「来たようです。」
カイの言葉を追いかけるように、小気味良いハイヒールの靴音が響いた。
コツコツと等間隔で歯切れ良い音は、ドアの前で止まり、代わってノックが響く。
それもまた乱暴でこそないものの、いささかの躊躇いもなく、規則正しい。
「どうぞ。」
エドの声に応えてドアが開かれた。
先ず入って来たのは、場違いな長身の美女だった。
エドたちにとっては見慣れた戦闘アンドロイド、アリスであるが、初見の者は皆あっけに取られた表情を浮かべる。
それもそのはず、今夜の衣装は贅を尽くしたイブニングドレスだった。エドたちにしてみれば、アリス=ラグナロクのいつものコスプレでしかないが、理想化されたAIモデルより美しいと評判の〝彼女〟が、一目で超高級品と知れるドレスを纏うとき、そこには確かな破壊力が生じる。
「あ〜カタローニⅢ世陛下、オレの上司で、連邦司法省主席監察官アリス・デュラハンです。」
エドの紹介に従い、彼女は何故かリマノ宮廷風のお辞儀を披露した。
完璧に華麗。華麗にして完璧。
それ以外の形容が出てこない。
「カタローニⅢ世陛下、アリス・デュラハンがご挨拶申し上げます。」
声までが完璧にデザインされている。
セクシーかつ上品かつ可憐。
挑発的であり同時に奥ゆかしい。
初めて彼女を見た男は大抵、一瞬のうちに骨抜きにされる。
連邦を統べるモンスターAIラグナロクの、渾身のデザインだから当然の帰結だ。
本来は戦闘に特化した化け物アンドロイド端末なのだが、一種の試金石としての使用も意図した造形である。
だが…。
〝なるほどな。千絵ちゃんの見立ては、正確だったって訳か。
と、エドは内心頷いた。
カタローニⅢ世と護衛官ルド・エミネフスカ、それに秘書官キリアン・バルシャ。
3人の中で、〝一般的な〟反応を示したのは、ただ1人だけだった。
想定通りだ。納得の反面、気が重い。
「入ってらして、お二方。」
アリスの艶かしい声に応えて、男女2人の人物が登場した。
「ご紹介の必要はありませんわよね。」
その言葉は、カタローニⅢ世らに向けられたものである。反応は三者三様だった。
国王はただ頷き、秘書官はいたたまれない様子で目を逸らした。
護衛官ルドは、後から入室した女性に驚いた顔を向けた。
「ティティス?何故お前が?」
「…ルド兄さん。」
彼女はどこか気まずそうな表情だった。 それきり黙って俯き、カタローニⅢ世に向けて軽いお辞儀をする。
整った顔立ちは、兄に似ていた。赤みのあるブロンズ色の長い髪は艶やかだ。
それを簡素な留め具でまとめ上げているが、アクセサリーの類は他に何もない。
衣装も飾り気のないシンプルなものだった。兄ルドが言っていたようにしっかり者の妹であるようだ。
「お二人ともお座り下さい。」
アリスの言うまま、彼女と今1人の男が示された椅子に掛けた。
「揃ったみてえだな。けど、クワントさん、アンタ身体は大丈夫か?」
カルデシス・クワント、つまりエル=ポポは頷いた。こちらは何か吹っ切れたような表情である。清々しさすら感じられた。
「オレが仕切っていいよな、アリス?」
「そうしてちょうだい。」
アリスは椅子を1脚動かし、ドアの近くに陣取った。オブザーバー参加であることの意思表示だ。
「さてと。最初に断っときますが、オレをこの件の担当に据えたのは盟主自身です。だから、オレには通常の裁量権を超えた全権限が委任されてる。そうご理解いただきたい。ってことで、間違いないよな、少尉、それにデュラハン主席監察官?」
「お気の毒ですがその通りです、カリス特別捜査官。」
カイに続いてアリスが頷いた。
「勅命ですわね。確かに私も直接陛下より承ってますわ。」
「勅命…。」
カタローニⅢ世が呟いた。
顔色は良くない。どころか、完全に強張り青ざめている。
そもそも盟主の全権委任とは、この件につきエドガー・カリスの裁量権が∞であることを保証するものである。そんなことは、カタローニにとって、完全に想定外だったはずだ。
彼はただ一種の保険として、連邦司法省に対し捜査協力を要請したに過ぎない。
上席特別捜査官であるエドが派遣されたことすら想定外だったのだ。
カムフラージュとして近衞騎士や月の宮の女官と同行すると連絡があった時に、微妙な違和感を覚えはした。
近衞騎士などどうせお飾りだろうと思っていたが、しばらく前に連邦の加盟国を駆け巡ったあり得ないウワサが頭をよぎったのだ。
首都の官庁街に現れた〝聖女〟と、彼女を守護するドラゴン騎士の件である。
公式発表では、聖女の正体については伏せられていた。だが、大規模な浄霊が行われた時、〝たまたま〟その場に居合わせた盟主の側近である〝ドラゴン〟がこの非常事態から首都を守るため、その権能であるドラゴンシールドを展開したことは、事実として報道されていた。
戦時中、時折り黄金竜の目撃譚はあったが、今回はそれとは別の個体であると言われてもいた。
ネットのゴシップ記事では、盟主正妃とその護衛であるドラゴンとの〝不適切な関係〟が取り沙汰されたりもした。
カタローニⅢ世の、いや、連邦の一般常識として、ドラゴンなどという御伽話の存在が、実在するはずはない。
そのはずなのだが…。
あの爆弾。
あれはどういう仕掛けだったのかは知らないが、まさかな、いやあり得ない。とカタローニⅢ世は脳裏に一瞬兆した不気味な想像を、慌てて否定した。
かリス捜査官は、このバルト少尉をドラゴン騎士と呼んだが、だから何だ?
いや、ドラゴン騎士が本物のドラゴンであろうとなかろうと、盟主勅命による全権委任を告げられた上は、カリス特別捜査官に逆らうことは許されないだろう。
それが現実というものだ。
そして、キリアン・バルシャがやろうとしたことには、自分自身も責任を負わなければならないのを、カタローニは知っていた。
ならば腹を括るまで。
捜査官がどこまで知っているかはともかくとして、いまさらつまらぬいいわけなどで自分を貶めるまい。
表面上は淡々と居住まいを正した彼を、澄んだ青い目が見つめていた。
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