96 暗殺兵器
「んで、少尉はどこ行った?」
周囲を見回すが、彼の姿はない。
その時、エドは肩を後ろからぐいっと押された。
「あん?ポチ?」
振り向くと、魔獣の金色の目と目が合う。
その目が何かを伝えようとしているように見えた。
「…あっちの方向?」
エドが指差した先を見て、ポチが頷いた。
マシンアイのズーム機能を使って、そちらにフォーカスする。そして見つけた。
通路にしゃがんでいるプラチナブロンドの後ろ姿は、カイだ。直線距離でおよそ100メートル。バトルフィールドの向こう側である。
消えたように見えたカイは、バトル中の2人を遥かに凌ぐスピードで高速移動したのだろう。
誰にも気配すら感じさせずに。
その少尉の隣に目を転じて、エドは千絵に囁いた。
「やっぱりあいつか。」
彼女は頷いた。
「間に合ったみたいね。パニックを感じるわ。」
「あ?ああ。少尉に捕まったんならそうなるだろな。」
自分の意思では、眼球すら動かせないようにするのが、カイの得意技だ。
その支配能力は、死体すら歩かせる。
強大な力を持ちながら、繊細すぎるほどに繊細なコントロールも可能なのだ。
カイと、その虜囚が立ち上がる。相手の動きを制御しているのはカイだろうが、全く不自然さはなかった。
2人の姿が、突然消えるまでは。
周囲の観客はその瞬間を見ていたはずだが、バトルフィールドで繰り広げられている闘いに集中しているのか、誰1人それらしい反応は示さなかった。
さっきカイが消えた時も、そしていま再び戻ってきた時にも、周囲の観客は無反応だった。
認識阻害シールドか、とエドは内心頷いた。
任意の相手に対して効果を解除することもできるらしいし、ポチに対するように完全に隠蔽しつつ、仲間内では普通に視認できるよう調整するのも可能なのだろう。
「おかえり、少尉。それと、アンタは初めましてじゃねえよな。名前は聞いた覚えがないが。」
カイが連れてきたのは男性である。
中肉中背で、目立たない容貌。年齢はまだ20代だろう。なんでもソツなくこなしそうだが、リーダーには不向きな、どこにでもいそうな男である。
その男は身動き一つ出来ないまま、カイが座っていた席に座らされていた。
決して自分の意思ではないだろう。
表情がそっくり抜け落ちた顔は蒼白だ。
見開かれた目は動かないが、それは動かせないという方が適切だった。
「国王カタローニⅢ世の私設秘書で、キリアン・バルシャ、そうですね?」
と、カイ。
形式は質問だが、答えを聞きたいわけではない。とっくに王宮関連の人事ファイルにアクセスして確認済みだから。
キリアン・バルシャは小さく頷いた。
「アンタ何でこんな真似を?拡大自殺でもしようってことかい?」
エドが質問するが、相手は答えない。
その目はぼんやりと正面を向いていた。
何も見えてはいない、というか何も見ようとはしていない様子である。
ショック状態から抜け出せずにいるようだった。
「まあ、答えられないんならそれでもいいが。カタローニⅢ世の命令なら、王様自身に責任をとってもらうだけだしな。」
「関係ありません。」
聞き取りにくいほど小さな声で、バルシャが呟いた。
「はん?そりゃどういう意味だ?」
「命令されていない。陛下は関係ありません。」
エドは、チラッと千絵を見た。
彼女が微かに頷いたのを確認して、自分の判断が正しかったのを知ったが、ならば事情は余計に混み入っている。
彼の言葉は正しい。
だから命令してはいないとして、今回の件で国王が完全にシロかといえば、それはかなり怪しい。
「捜査官。」
突然、カイがエドの注意を引いた。
彼が示した先を見て、エドは頷いた。
「お招きしてくれ。どうやら、話し合う必要がありそうだ。関係者全員でな。」
ハッと息を呑む音。
青ざめたバルシャの全身が、びくりと震えた。カイの呪縛は弱められてはいたが、まだしっかり彼を捉えて離さない。立ちあがろうとしても自由にはならないのだ。
立ち上がってそれからどうしようとしたのかはわからない。
この場から逃げ出したかったのか、それとも?
「なあ、バルシャ。アンタにも言いたいことはいくらもあるみてえだよな。けど、アンタがやろうとしたことは、間違いなく最悪だぜ。それは自覚しといた方がいい。」
バルシャは無言だ。
が、こわばっていたその肩が、ガクッと落ちた。
呆けた表情。一気に20年も歳を取ったかのような。
もはや考えることを放棄して、人生までも放り投げたような表情だった。
それきり、彼は動かない。
何も見ず何も聞こえず、ただ沈黙のまま全てを諦めたように見える。
「これはまた不思議なところでお会いしますね、近衞少尉?」
変装のためか、目深に被っていたフードを上げて、カタローニⅢ世がカイに話しかけた。
「こちらこそ、陛下。」
慇懃な挨拶が交わされる。
国王カタローニⅢ世の背後には王宮護衛官ルド・エミネフスカの姿があった。
ルドの表情は、まさに悩める人のそれであった。真面目て融通が効かない性格の男らしく、傍目にも息苦しさを感じるほど思い詰めた顔だ。
対照的に、国王は全く平静に見えはしたが、キリアン・バルシャを見る目には何かがあった。
揺れる眼差しには、彼の心の動揺がそのまま現れている。
エドは何故か少しホッとした。
〝少なくとも完全な鉄面皮野郎じゃなさそうだな〟
だがだからと言って、この状況のそいで気が重いのは、どうしようもなかった。
キリアン・バルシャの表情を確認するまでもなく、デリケートかつややこしすぎる案件なのは、この会場に来る前の話し合いで判明していたのだが。
まだわからないこと、曖昧なことは数多くある。はっきりさせるべき点と、できるだけ伏せておく方が良いことのチョイスはエドにかかっていた。
だから、気が重い。
脳裏にあいつの秀麗な顔が浮かぶ。
毎回こんな羽目に陥るのも、全てあの野郎のせいだ、帰ったら文句の一つも言ってやろうと心に決める。
だが、いまは前に進まなければならない。その結果、当事者がどれほど傷つき、場合によっては名誉を失墜しようともだ。
そうでなければ、キリアン・バルシャのような極端な行動に出る関係者が、今後も現れることだろう。
突然、大歓声が沸いた。
試合に決着がついたのだ。
勝者は、若き挑戦者ジュリオ・カルナバルである。
カルデシス・クワントことポポ・カルは
バトルフィールドの真ん中近くで膝をつき、頭を深く垂れ立ち上がれない様子だ。
そこに救護班が到着した。
両手を高く掲げて勝利をアピールするジュリオの、若々しく輝きに満ちた姿とは対照的に、エル=ポポは運ばれていく。
辛うじて意識はあるようだが、体に力は入っていない。
「は、博士?」
エドは思わず目を疑った。たった今運ばれて行ったエル=ポポと同じ姿勢で、椅子の前に膝をつき項垂れたカミラ。
「な、何が!?」
「エ、エル=ポポが、妾のポポ・カルが敗北した…。」
「あ〜、マアソウデスネ。」
〝いまそこ重要か!?〟
とりあえずカミラは無視することに決めたエドである。
「少尉、あのジュリオナントカが持ってたアレは?」
「回収済みです。」
カイは淡々と片手を突き出し、握っていた拳を開いた。全員に見えるように。
その手のひらには、小さな丸い物体が乗っている。
ハッと息を呑む気配が複数。
カタローニⅢ世と、ルド・エミネフスカである。2人ともそれが何であるかを知っていたようだ。
ルドは元軍人だから当然だが、軍歴のないカタローニⅢ世が知っていたのは、エドにとって意外だった。
それは一見してただの金属球にしか見えないのだ。直系2.5センチ、鈍い光沢をもつ淡いグレーで、薄い亀裂のようなものが球体の赤道沿いに見て取れる。
「こ、これをどこで…?」
ルドが強張った顔でカイに訊いた。
「今夜の勝者が身につけていました。起爆スイッチは、彼が。」
「キリアン…?何故君が?」
ルドな信じられないという顔をバルシャに向けた。当然顔見知りではあるはずだが、かなり親しいようだ。
バルシャは答えない。
ガックリと肩を落とし首を垂れた姿は、まるで運ばれていく前のエル=ポポようだった。
「少尉。お願いがある。良けりゃその物騒なモンを始末しちゃくれませんかね?」
「了解。」
カイは無造作に手を握り直した。
瞬間、拳全体が白く光る。
「おっ!!」
小さく叫んだのはカタローニかルドか。
カイが再度手を開いた時、そこには何もなかった。エドはヒュウっと口笛を吹く。
「すげえなぁ、いつもながら。さすがはドラゴン騎士様だぜ。さてと。今夜、今の爆弾がこの会場で爆発するはずだった。ターゲットのエル=ポポと、暗示に掛けられた対戦相手、それに巻き添えにされた連中の命を道連れにしてだ。」
カタローニとルドは凍りついた。
「なのて、関係者ミーティングと行かせて貰います。ちたみにあなたの許可は必要ないですがね、陛下。」
「参加します。」
カタローニは簡潔に答えて頷いた。
「では、場所をご用意いただいても?ああ、セキュリティは少尉が担当するんで完璧です。ただそちらの監視機器全てが一時的に無力化しますんで、宜しく。」
カタローニⅢ世が首肯したところで一行は会場を離れることにした。
次回より〝シンデレラストーリー〟の解決編です。
宜しくお付き合い下さいませ。




