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エドと博士のはみ出し日記  作者: WR-140


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95/105

95 バトルフィールド

 座席は8割の入りだった。

 エル=ポポは人気のファイターであるが、格闘技愛好家は、音楽や芝居などのそれより絶対数が少ない。

 しかしその熱量たるや半端なく、会場は前座から大いに盛り上がっていた。

 前座はガチのファイトというよりは、コント的な要素が強く、この国ではこれが通例のようだ。

 観客たちも慣れた様子で、リラックスした雰囲気の中、メインファイトの開始が告げられた。大歓声が上がる。

 中央の円形競技フィールドは、直径にして50メートルくらいか。

 通常の格闘リングよりかなり広く、その周囲はぐるりとロープで囲われているが、さらにその外側には透明な耐圧隔壁が設置されている。

 隔壁は肉眼では見えない。

 一定以上の圧力が掛からない限りは、人も物も自由に通り抜けられる。

 さらにその外側。

 ドーム状の屋根に、等間隔で、これもバトルフィールドの外周をなぞるようにスリットが切られている。

 万が一、毒物や病原体を感知すれば、たちどころにエアーウォールが発動する仕組みだ。一定の厚みを持つそれは、圧力差による封じ込め障壁である。ただし、よく知られている毒や病原体限定ではあるが。

 戦争からこちら、様々な人体の違法改造が行われた結果として、歩く兵器と化した、危険な者が増えた。彼ら彼女らの多くは戦後、格闘技界隈に流れざるを得なかった。

 しかし、桁外れのパワーや、対人殺傷に特化した〝ヤバい輩〟が多く、観客は興奮したが、観戦が命懸けではまともな興行が打てない。苦肉の策が、異種格闘技用のこのバトルフィールドなのだ。

 そのため導入されたのが、戦時中に発達した各種技術である。

 凄まじいスピードと、競技フィールドの広さに対応すべく、自律型AIカメラや透明隔壁などの先端技術が標準装備だ。

 もとはどれも軍事技術である。


「へえぇこうなってんだ。」

 エドは物珍しげに会場を見回した。

 彼のカメラアイは、透明障壁のエネルギーフィールドを見ることができる。

 カイやカミラ、ポチもまた、自前の視力でそれを見ているようだ。

 フィールドには、2人の選手が既に登場している。

 エル=ポポと、対戦相手のジュリオ・カルナバルという、長身の若い男だ。

 電子パンフレットによれば、彼もまたスピード特化型で、元傭兵らしい。

 甘いマスクで、いま絶賛売り出し中とのことだ。

 片やエル=ポポは、中背でがっしりした体格。容貌は決して醜くないが、取り立てて目を引くタイプではない。女性ファンにはジュリオのほうが人気がありそうである。

「妾は断然ポポ派じゃ♡」

「へいへい。」

「何じゃお主、妬いておるのかえ?」

「はい?まさかまさかっす。オレのストライクゾーンはゲキ狭なんで。ロリは論外、博士は人外。」

「…そなた、命知らずじゃの。」

「いやいや博士に対する信頼のなせる技、すね。死んでも生き返らせるっつったの、博士でしょ?」

 などと、いつもながらバカなボケ突っ込みの応酬の最中に。

「何だかおかしいわ。」

 不意にミミが呟いた。

「あん?」

「ジュリオって人。」

 バトルフィールドの周囲にぐるっと張り巡らされたスクリーンには、選手らのアップやロングショットが映し出されている。

「特に変わった様子はございませんか、お妃さま?」

 とカミラ。

 エドも頷く。ジュリオ・カルナバルが普段どのような人物かはわからないが、いかにも格闘家らしい、試合前のアピールパフォーマンスはごく自然で、手慣れた感じだ。

 とこにも違和感はない。

 だが。

「感情に、なんだか薄いフィルターがかかってるみたいに感じるの。これって…」

「精神操作か、暗示みたいな?」

「そう。そんな感じ。カイ、彼をスキャンして。」

「了解。」

 数秒後。

「爆発物を携帯。対人型核融合弾です。」

「無力化して。」

「既に完了。」

 ただそれだけの短い会話だが、エドは戦慄した。

 対人型核融合弾?ここで?

 それは、超マイクロサイズの太陽を作り出す、特殊な爆弾である。

 極小サイズであっても、こんな場所で爆発させたら、最前列から数列目までの観客の多くが死ぬ。

 爆発そのものの威力を全て封じ込めるには、透明隔壁はいささか頼りないし、最悪なことに、放射線は透過するのだ。

 エアーウォールも、放射線をシャットアウトすることはできない。

 条約で繰り返し規制されてきた、厄介極まりない爆弾であるが、連邦のあちこちでは今も密かに取り引きされている。

 暗殺やテロには便利だから、需要はそれなりにあるのだ。

「少尉、発動タイプは?」

「遠隔ですね。場内に爆発スイッチを握る者がいるでしょう。」

 エドは頷いた。

 ターゲットはエル=ポポで間違いなかろう。確実に殺るならば、最も接近した瞬間に爆発させる必要がある。

「千絵ちゃん、そいつ特定できるか?」

 彼女は頷いた。

「サーチ中よ。」

 その顔は蒼白である。全方位に向けて特定の感情パターンをスキャンしているのだ。

「姫、スイッチが押されればボクも特定できますが?」

「それからじゃ遅いかも。自爆スイッチと連動してたら?」

 その可能性はあった。

 大量殺人を行なって、無事に逃げられるとは、犯人も思ってはいない。

 このような危険な爆発物が使用されるなら、犯人は予め何が起こるか知っている。最悪、自身にも何らかのダメージがあるかもしれないことを、当然知っているだろう。

 恐怖。罪悪感。

 嬉しい仕事ではないはずだから、彼または彼女には、それをやらなければならない、何らかの逼迫した理由があるだろう。

 報酬に釣られたか、あるいは脅迫に屈したのか?

 または個人的な理由?

 彼または彼女は、爆弾が無力化されたことをまだ知らない。だから、爆発の瞬間を待つ緊張感も半端ないだろう。

 自爆と連動しているなら尚更。

 試合は既に始まっている。

 選手2人は距離を置いて睨み合い中。

 双方スピード型だから、一気に距離をつめて、有効な一撃を決めるチャンスを、虎視眈々と狙っているのだ。

 最初の有効打は重要である。

 綺麗に決めれば、相手の戦意にダメージを与えられるし、何より観客は喜ぶ。

 格闘家は、人気がなければどうしようもない。収入に直接響くし、現役でいられる期間も変わる。

 この仕事が大好きで、他の仕事で稼ぎながら必死に下積みをやっている若手は多い。年をとれば簡単に淘汰される、弱肉強食の世界なのだ。


 不意に選手2人の姿がブレたように見えた。

 実際にはブレたわけではなく、一瞬でトップスピードに近いところまで加速した2人が、お互いに向かって突進したのだ。

 2人の姿が重なるように見えた瞬間、それぞれが弾かれたように後退する。

 互いに相手から目を離さず、再度接近して、今度はそれぞれの位置を入れ替え飛び退る。更に2度、3度と、どちらも有効打が繰り出せないまま接近しては離れることを繰り返した。

 目にも止まらぬとはまさにこのことだ。

 マシンアイを持たない観客のために、接触の前後、コンマ1秒のさらに1/100の時間をスロー再生した画像がスクリーンに次々と映し出されていく。

 最接近の直接、フィールドの端まで離れる、凄まじい速度の攻防だ。

 普通ならこのスピードに対応してスイッチを押すのは、至難の技だろう。

 チャンスを作るためにはどうすれば?

 エドが見るところ、そのためにジュリオ・カルナバルには暗示がかけられているのだろう。

 あるタイミングでスピードを落とし、爆弾が効果を発揮するようターゲットに肉薄する。そのためには、カルナバルが重傷を負ってもかまわない。

 どのみち、2人とも即死するのだから。

「見つけた!」

 切迫した低い囁きが、カイを促す。

「私にリンクしなさい。座標を!」

「了解。」


〝リンク?何だそりゃ?〟

 疑問が言葉になる前に、カイの姿がフッと消えた。

お付き合いありがとうございます!

次回もよろしくお願いします。

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