94 ゴールは近そうだが
国王カタローニⅢ世は、連邦に王妃捜索を依頼した。
あくまで〝誘拐事件〟として。
やがて王妃不在が隠しきれなくなった時、実は誘拐されていて、自分は必死に彼女を探した、とアピールするためだろう。
仮に連邦側が王妃を見つけたら?
その後、国王の手に落ちた王妃はどうなるか?
エドはどうにも不吉な想像を追い払えずにいた。千絵の人物評価もあるが、エド自身初めてカタローニⅢ世に会ったとき、え印象は持てなかったせいもある。
誘拐にせよそれ以外の犯罪に巻き込まれたにせよ、格好の〝容疑者〟もいるのだ。
カタローニⅢ世が、王妃を見つけ出したいと望んだのは本当だが、生死などどうでも良いのだろう。
いやむしろ〝王妃の遺体〟でも発見されたならば、その方がずっと好都合である。国王は〝悲劇の夫〟としてその演技の才能を存分に発揮することだろう。
仮に生きていたならば、全てを暴露される危険があるから、面倒なことになりそうだ。カタローニⅢ世の性格からして、この場合王妃を密かに始末することも充分あり得る。
どちらにしても、死ねば魔法は解ける。
だから、顔の判別がつかない程度に遺体を損壊する必要はあるだろう。
本来の替え玉、つまりルドの妹である侍女ならばDNA鑑定はクリアできる。全く別の遺体ならば、鑑定試料そのものをすり替えるなどすれば良い話だ。
となると、やはり王妃には死体になってもらうのが、カタローニⅢ世にとってはベストだろう。
仮にも〝夫婦のフリ〟をしていた関係なのだから、国王の真実に王妃が気付いたならば、その逆もまたあり得る。
つまり逃げ出したいという彼女の本心に、国王は気づいていた可能性が高い。
シンデレラストーリーは、もともとカタローニⅢ世にのみメリットのあるパフォーマンスであった。
人気取り、子孫を残せないかもしれないというウワサの払拭、スキャンダルの隠蔽など実際の理由は不明だが、彼に都合の良い大芝居には違いない。
道具に過ぎないニセ王妃が、彼の意に沿わぬなら、速やかに排除したいだろう。
「で。どうしますか捜査官?」
「人命優先、だな。ここの王室がどうなろうがこっちは知ったこっちゃねえや。」
「了解。誰がどんなシナリオを描いていても、阻止します。彼が我々に付けた監視者の対応は引き続きボクが対応しますが、つきましては姫、ご許可を賜りたく。」
千絵が頷いた。
「許可いたします、少尉。」
「ありがたき幸せ。」
カイの口元が僅かに引き攣ったように見える。
エドは知っていた。
少尉は笑っているのだ。それも、とても愉しそうに。
「なんかよ、カタローニがちーとばかし気の毒になってきたぜ。」
「はい?なんでまた?」
「アンタをその気にさせちまって。」
「???」
カイは全く意味がわからないらしい。
カミラは肩をすくめ千絵はあらぬ方を向いていた。
2人とも諦めの表情である。
〝これだからドラゴンは〟などという心の声まで聞こえそうだ。
「いや…いい。忘れてくれ。オレがバカだったワ。」
「はい。」
あっさり頷く人形めいた顔に、エドはため息をつきたくなった。
今更、である。
カイは、少なくとも生き物ではあるが、その思考回路がぶっ飛んでいるのは、先刻承知していたはずだ。
カタローニⅢ世は一国の国王であるが、飛竜遊撃隊隊士が何者か、知るわけがないだろう。
それは、伝説の範疇に属するから。
連邦内で、いささかなりともその真実を知るのは、少なくとも数百年を超える、旧い王家の当主くらいだ。
歴代の盟主には、近衛隊はあったりなかったりである。
しかし、飛竜遊撃隊は別物なのだ。
歴史上、その存在は3回のみ知られている。何故なら飛竜遊撃隊を率いる者は、神皇家直系皇族に忠誠を誓ったドラゴンでなければならないから。現在の指揮官であるデュボア大佐もまた例外ではない。
しかも、カイは現在の盟主子飼いのドラゴンである。
カタローニにしてみればカイなど、リマノの有力者の子弟が何かで、近衞のお飾り儀仗兵くらいに考えているだろう。
だが、違うのだ。
正体は論外としても、飛竜遊撃隊のドラゴン騎士には特権がある。
例えば、カイは少尉という、士官としては最低ランクに近い肩書きしか付与されていないのだが、実は連邦軍の指揮命令系統から完全に独立した存在なのだ。
彼は表向き参謀本部に所属する、情報将校である。しかし将軍である参謀本部長すら、彼に命令することはできない。
せいぜい〝協力要請〟、それとても拒否するのはカイの自由だ。拒否にペナルティはない。
逆に、カイが軍に対し〝協力要請〟を行う時、それは命令である。
違反するならば、軍紀による処罰は免れないのだ。
カタローニが立憲君主制における象徴に過ぎないのとは正反対で、カイは少尉でありながら連邦軍を動かす実権を有するのである。
敵に回すにはあまりにも危険な存在、それが飛竜遊撃隊士なのだった。
そしてたった今、カイは千絵の、つまり神皇家内親王の許可を得た。これにより、彼はドラゴンとしての本来の戦闘力を発揮することができるのだ。
単騎で連邦軍を一捻りに出来る、その力を。
「さてと。メシ食ってから試合会場に行くとすっかな。」
昼のフードコートではまともに食事が出来ず、腹が減っているのはエドだけではないはずだ。
「賛成!」
早速千絵、ではなくて、月の宮女官ミミが青い目を輝かせた。
「あと少し、ある人についてお話ししときたいこともあるしね。」
「おう。オレもアリスに頼みたい手配もあるしな。飯食いながらやることをやろうぜ。」
一同頷く。今回もやはりポチまでが。
「そうだ、ポチ、飯の話のついでにちと聞きてえんだがよ?」
「何?だそうです。」
すかさずカイの通訳が入った。
「あのな。お前あの亀を食ったよな?で、亀の腹ん中の宝石も食って、カラダなんともねえの?」
少し間があく。
「大変美味だった、そうです。ただ、宝石の魔力の消化にはかなり時間がかかり、現在は胃もたれ状態だとか。皆さんのお食事は、気にせずどうぞ、と。」
ポチがこくりと頷いた。
かなり眠いらしく、金色の目がトロンとしている。人間なら欠伸の一つも出そうだ。
エドがわざわざポチに体調を聞いたのには、そのほかにも理由があったのだが、本人が胃もたれというならそうなのだろう。
「よし!んじゃ、何食いたいか1人ずつな。」
「はいはーい!私はお肉ね!断然お肉!」
「妾もじゃ。」
「ボクは果物で♡あと野菜入りスムージーがいいです。」
肉食女子2人に、ベジタリアンドラゴン。まあ、何とかなるだろう。
一つ頷いて、エドは歩き出した。
運河からほど近い場所に、レストランが集中しているエリアがあるのは、リサーチ済みである。
しかし。
この事件、どういう着地点になるかはわからない。エドとしては、可能な限り穏便に済ませたいところではある。カタローニⅢ世が問題児なのは間違いないが、この国はまだ復興途上であり、民衆の多くは、王室を心の拠り所としているのだ。
できることならば、殺人は犯させたくない。
そう。誰にも、だ。
「なんか今回もオレって、いいように使われてんなぁ。」
などと、呟きが漏れた。
「なんぞ言うたかえ、エドよ?」
「いーえ。」
「使い道があるうちが花ぞ。」
〝しっかり聞こえてんじゃね〜か〟
「…ご忠告、痛み入ります。」
ふふふ、とカミラの含み笑いを背中に聞いて、エドは傾き始めた日差しに顔を向けた。
シンデレラストーリー篇、もう少し続きます。
次回もよろしくお願いします。




