92 侍女の行方
「あの。彼は誰からのコールか、わかっていたのよね、カイ?」
「はい、もちろんです。ボクの公式IDは、飛竜遊撃隊の紀章と同じドラゴンですが、連邦公務員の職務連絡の場合、そのIDが先方の端末からホログラム投影されますから、まず見落としはないでしょう。」
エドも内心頷いた。
その通りだ。
「それじゃ簡単よ。彼は、修羅場を中断させたかった。」
「やっぱそうなるよな。」
「なるほどの。ルドはその場の圧力に耐えられなかった。だが、何らかの理由で逃げ出せない。そこへ、盟主側近からの呼び出しじゃ。渡りに船、か。」
と、なると。
「相手は、かなり高い地位にある人物に間違いねえな。」
全員が、何故かポチまでが頷いた。
「裏切り。そして絶望、か。」
「単純に考えれば、王妃に振られたなどというシチュエーションだが。」
「いや、それはなんか違うって気がしますよ、博士。だが、扮装を解いて舞台を降りた役者が、何食わぬ顔で王宮に引き返したってのは、アリですけどね。」
そうだ。
王妃を演じていたものは、もともと国王のそば近くに仕えていた可能性がある。その人物が今、王宮内に舞い戻っていたとしても不思議はない。
王妃は、王宮暮らしが耐え難いと侍女に漏らしていたというが、それは王妃を演じるのに嫌気がさしているとの意味だったのかもしれないのだから。
しかし、ルドの修羅場の相手は、その役者ではないような気がする。根拠はない。 ただのカンに過ぎないが。
「ん?着信です。ルド・エミネフスカからの。」
そう言って、カイは通話をオンにした。
スピーカーモードだから、相手の声は全員に聞こえる。
「どうしましたか、エミネフスカさん?」
『先程は失礼しました。あの場では話せなかったので。』
声は随分しっかりしている。
が、まだ完全に動揺から立ち直ってはいないようだ。
『妹ですが、今は隣国コルトバラスの首都、アルゼラのコテージに居ます。王妃様が行かれるはずだった場所で、王妃様をお待ちしたいと。直接お探ししようにも、私たちには他に手掛かりがありません。ですから、妹がいつ戻るかは…。』
「そうでしたか。」
国王が連邦に協力依頼までした件は、まだ王妃の耳には入っていないだろう。だからコテージで王妃を待ち、情報を伝えようとしているのだろうが、王妃が現れるか否かはわからない。
何らかのトラブルがあって、到着が遅れているだけなのか、それとも…。
「先程は、国王陛下とご一緒でしたか?」
出し抜けにカイがそう尋ねた。
ルドが答えるまでに、不自然に長い間があく。
『はい…、ああ、はい。それでお話ししそびれました。』
「そうでしたか。こちらとしましては、妹さんへのインタビューは、急ぎではありませんので、ご心配なく。ご連絡ありがとうございました。」
『こちらこそ。よろしくお願いします。』
通話が終了した。
「修羅場の相手は国王だったのか。」
「それは間違いなさそうね。」
千絵に追加確認するまでもなく、ルドの声には緊張感と混乱が感じられた。
何があったのかはわからない。
だが、ルド・エミネフスカの、国王に対する盲目的な信頼感には、幾らか亀裂が生じたようだ。
シンデレラストーリーを信じ込んでいたという彼の、実直を絵に描いたような表情が思い浮かぶ。
「少尉、エミネフスカ兄妹の人事記録にはどこまでアクセスできる?特に戦前と戦中の個人情報が知りたいんだが?」
「そうですね…、ここが激戦地だったせいで、失われた電磁的記録が多く、完璧な追跡は難しいですが、あちこちに残った断片的な記録を統合すればある程度は。ただ、少し時間がかかるかもしれません。」
情報インフラもまた攻撃対象だった。
通信網と、天文学的な量の情報ストレージが失われた。幾らかは後に復元されたが、全てではない。
ネット世界が完全に復旧することはないし、どのような情報が失われたかすら、すべての把握は不可能である。
「悪いが、進めちゃもらえないかな?」
「了解。」
「あと、エル=ポポに関する情報を共有しとこうか。博士と千絵ちゃん、そこのベンチへ。…何だ、ポチ?」
ポチが、フワリと移動して、至近距離からエドの顔を覗き込んだのだ。
非常に不満げなのは、エドにもわかる。
「あのですね。自分もレディだと。」
「はあ?」
「何故レディ扱いしてもらえないか、と不満みたいです。」
「え…?」
ポチが風船よろしく宙に浮かんだまま、首を左右に振った。ため息まで聞こえる気がする。
「ポチによれば、〝嘆かわしい。だからアナタには彼女が出来ないのよ〟と。」
カイは完全に無表情に通訳したが、エドの見るところ絶対面白がっている。
「余計なお世話だ。オレのことはほっとけ。」
ベンチからカミラがポチを手招きした。
「こちらに。我ら3人でも余裕はあろうよ、ポチ。」
真紅の風船はフワリと動いて、いそいそとベンチの2人の間におさまった。
満足気だ。
〝レディ扱いしろだ?どーゆー野生動物だよ?てか、魔界じゃここまで知性があっても動物扱い?ワケわかんね〜わ〟
しかも超災害級魔獣である。
このような存在を許容している魔界とは、どれだけ他者の多様性を認める社会なのだろうか。
まあ、弱肉強食なのに、弱きものもそれなりに生存が保障されているらしいから、そのようなあり方の世界なのだろう。
「エル=ポポ、またはポポ・カル、本名カルデシス・クワント。ラタリスカヤ、シグネルタの出身で、連邦年換算30歳。格闘家としてかなり有名です。幼少期から初等、中等、高等教育期が、戦争と重なっているため、苦労したでしょう。シグネルタは人口12万の市でしたが、2割近くが内戦と、続く大戦の期間に死亡したと言われています。避難民は一時8万を超えていました。」
「それでは、まともに教育を受けるのは難しかろうの。」
「避難やら休校やらの連続です。それで、彼は入ったばかりの大学を中退、軍に身を投じました。才能には恵まれていたようですね。戦時中の記録はあまりありませんが、終戦除隊時は、特殊部隊の斥候兵を率いる小隊長でした。」
生き延びて除隊の日を迎えるのが、如何に難しかったかは想像に難くない。
だが、無事生き延びたとしても。
「定職に就くのは困難でした。国自体がまだまだ復興の途上だし、主要産業は復旧の過程で一気に自動化が進み、人手は少なくてよくなりました。この辺りの事情はどこも似ています。外国から投資を呼び込む条件でもありましたから。切り捨てられた労働者は、軍人恩給で辛うじて生きたり、半端な臨時の仕事で食い繋いだりというところでしょう。」
リマノでも、各地から戻った元軍人や傭兵らの存在は社会問題であった。
多くが犯罪に手を染め、或いは被害者として遺体安置所に寝かされた。
「それで、彼は格闘家になったわけです。」
カミラが頷いた。
「デビュー戦は鮮やかじゃった。なかなかの男振りでもあり、スピード重視のファイトはスマートでエレガントゆえ、人気にすぐ火がついた。幸運でもあり、才能に恵まれてもいたのであろう。」
その辺りはエドもざっくりと情報をさらっていた。
取り立てて美形というわけでもないが、精悍な表情に均整の取れた体つきは、確かにエレガントである。
〝背もオレよりゃずっと高いしよ。顔だけならあのルドってやつの方が男前だが〟
「エル=ポポは、なかなか色気があるのじゃ♡妾の好みじゃ。エドほどではないがの。」
「やめてください。褒めたって何も出ませんよ、博士!」
「おお、照れておるのか、可愛いの。」
「ったく。付き合ってらんね〜す。でよ少尉、訴訟の件。婚約不履行の損害賠償、ったか?」
「ええ。ティー・ゴトフリーを相手取ってね。ただ少し気になることがあります。名前、ですけど。」
「ん?ティー・ゴトフリーってなあ、王妃の結婚前の名だよな?」
「そうですが…、王妃の名は、ティルテュですよね。しかし訴状にある名は、ティティスです。」
「は?どういうこった?」
「わかりません。しかしエル=ポポは、はっきり現王妃、と指定しています。」
「いや。だから、何で?」
「それで、裁判所はまだ訴状を正式には受理していません。原告側が、補正も取り下げも頑なに拒否しているからです。」
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