90 魔具と王妃
「エドよ、仮に目撃情報が真実ならばどうじゃ?」
カミラの発言に、カイがエドよりも先に反応した。
「あり得なくはないですね。国王はエル=ポポという擬似餌を投げてよこしたわけです。高速移動する人影を見たという衛兵の証言以外にも、擬似餌をホンモノらしく見せるなんらかの証拠を握っているかもしれない。監視カメラ映像を調べてみましょう。」
「ああ。頼んだ。」
衛兵の証言が正しいなら、当日エル=ポポの姿が、いずれかのカメラに捉えられていた可能性が高い。
「あと、記録に改竄や空白があればそれも。」
国王サイドは、監視カメラ映像には王妃の姿は一切残っていなかったと言った。
プライベートエリア内でのカメラの設置場所は少ないから、それを避けることは可能だったかもしれない。
しかし、宮殿の敷地は広い。
外からの侵入者を警戒するのが監視網の目的だが、脱出しようとするものであっても、その全てを避けるのは難しいだろう。
「ポチ。近くには〝ティティスの瞳〟はないんだな?」
ポチは頷いた。
「少なくとも、宮殿内にはなさそうですね。」
「て、こたぁよ、王妃ティーの姿のまま出てった可能性が高えよな。」
「いや、そうとも限らぬ。」
「はい?」
「魔具の性質によるが、使用者の意思でON ・OFFが切り替えられるものもある。ただし使用者にそれなりの魔力があれば、じや。」
「そりゃまた便利な話ですが、ポチの意見は?」
カイがしばらくポチの言葉を聞いてからひとつ頷いた。
「それは無理だろうと、ポチは言っています。魔力量の問題ではなくて、そもそもが古い術式の魔具なので、そういう機能はないとか。ただ身につけるか、外すかが切り替えスイッチだそうです。」
「へえ、魔具ってのも進化するんだな。」
「そのようですね。」
道具であるならば、そもそも誰かが利便性を追求した結果、生まれたものなのだろう。より便利に進化するのは当然か。
「…で。解析結果ですが。」
監視カメラ映像の件だろう。
「おう。さっすが速えな。で?」
「エル=ポポは、確かに宮殿に侵入した形跡があります。彼の姿がはっきりと映っているのは、宮殿の外までですが、内部の監視カメラ何台かの死角ギリギリに、高速移動する何者かの体の一部が映っていました。手とか、足です。監視アラームが鳴るほどではなく、解像度は良くないものの、ラグナロクによる動きの特徴の解析結果が、エル=ポポの過去の試合映像と合致しました。」
と、いうことは、侵入したのは間違いなさそうだ。敷地内には鳥など小動物がいるから、その程度なら警報は鳴らない。
国王側ではラグナロクほど精緻な解析は無理だろうが、特徴的な動きをする何ものかが侵入したことまでは掴んでいるだろうし、それがエル=ポポであると解釈するに矛盾もない。
「しかし、王妃がその姿のまま出て行ったとするなら、彼女は全てのカメラの位置を熟知していたとしか思えませんね。全く映っていませんし、不自然なブランクなど、映像記録に手を加えた形跡はありません。」
「映ってないのか?」
「そうです。エル=ポポも、遠景で体の一部しか捉えられていないあたり、事前にある程度情報を得ていたはずだし、警備を出し抜くスキルもあったのでしょうが、王妃の方は完璧ですね。どうやってそんなことができたか理解に苦しむところです。」
監視カメラは、当然だが1台や2台ではない。
それなりに広大な敷地を網羅するためには100台以上は必要だろう。
「あと、生きた衛兵とロボットの巡回もあります。どうやってその目を盗んだのか?」
カミラがカイに顔を向けた。
「少尉も知っておろうが、エル=ポポは、大戦時は兵士、それも斥候兵であった。巡回の裏をかくスキルは、当然持っておろうの。しかし、王妃ティーとは何者なのじゃ?」
ラタリスカヤ王国は、先の大戦の激戦地の一つである。
ただ蹂躙されるよりはと、命懸けで軍に身を投じた民間人も多い。
それにはさまざまな年齢や性別、職業の者が含まれる。
王妃ティーを演じたのがどのような人物なのかはわからないが、当然、かなり有能ではあるだろう。選んだのは恐らく国王自身だ。
軍人や、傭兵出身者である可能性も否定できなかった。
「少尉、エル=ポポが今どこにいるかわかるか?」
「国内巡業中ですね。」
「今日は、確かこの街のマヤスカという地区で興業のはずじゃか?」
「…えらく詳しいですね、博士?」
「妾のお気に入りと言うたであろ。」
「ハイハイ。あ〜、少尉、少しお願いしても?」
カイはあっさり頷いた。
「今夜のチケットを手配しました。ボクじゃなくてラグナロクが、ですが。」
「さすがじゃ!ようわかっておるではないか、ラグナは。」
満面の笑みを浮かべたカミラが、いそいそと出口に向かう。もうここに用はないと言わんばかりだ。
エドは、再度周囲を見回し、ポチを見た。禍々しいほど輝く真紅のウロコに覆われた、魔界の生き物を。
思わずため息が漏れた。
まあ、カイが危険はないと言うなら、そうなのだろう。
火吹きの件で、ポチも少しは慎重になるだろうし。
ここは諦めるしかない。
だから、エドは黙ってカミラの後に続いた。まずは魔具の追跡だ。
エル=ポポの興行まではまだかなり時間がある。
実際に宮殿から出て街の雑踏を進んでも、誰1人ポチを目撃した様子はなかった。
先頭を行くポチは、地上から2メートルばかりの高さに浮かんでいる。どういう仕組みで浮かんでいるかは謎だ。カミラもその気になれば浮かべるのは知っているが、今は歩いていた。エナメル光沢の靴を履いた足は、ほとんど足音を立てない。
ポチの真紅の身体は、奇妙な風船みたいに見える。ヒレのないタツノオトシゴ。
障害物があると、フワリとコースを変えるが、その動きまでまるで風船みたいに、重さを感じさせないのだ。
そういえば、なぜエドたちにポチの姿が見えるのかも不思議だった。
周りの通行人からは、確実に見えていないのだが。
ポチと共に、一行は街路をまっすぐ進み、橋を二つばかり渡って左に折れた。
そのまま運河沿いの遊歩道に降りる。
古い街並みは美しく、平和そのものだ。
だが、いま渡って来た橋は二つとも、ごく真新しく見えた。
遊歩道の石畳や、そこから道路に続く階段の古めかしさと比べると妙にチグハグな印象である。おそらくは、大戦で橋が攻撃され、多くが破壊されたせいなのだろう。
遊歩道のそこここには、これも古めかしいベンチが置かれているが、よく見ると実際に年月を重ねたものと、それを模したレプリカとが混在している。
石畳も同じで、補修のあとがあちこちにある。橋はとにかく渡れるようにと、急いで架け直された様子で、今風のシンプルなデザインばかりだ。戦争中、道路は寸断されて、建物もまた破壊を免れたものは僅かだったのだろう。
まだ建築中の建物があちこちに見えている。
それでも、爽やかな川風に吹かれ、ベンチで寛ぐ人々の姿は穏やかだった。
「平和、だよなあ。」
「ええ。ですが、ここは激戦地でした。まだまだ復興は途中です。」
「少尉はここに来たことがあるのかい?」
「いえ。ボクはその頃まだ士官学校に居ましたから、戦場にはほとんど随行させていただけませんでした。龍一さまはおいでになったことがあるはずですが。」
激戦地ならばそうだろう。
「そういや、千絵ちゃんは、なんでここに来たかったんだ?」
「…また今度話すね。用が済んだら。」
「お?おう。」
用?この事件のことか?と、エドが首を傾げた時。
真紅の風船ことポチが、ピタッと止まった。
「ん?」
「見失ったようじゃの。しかし、これでは無理もない。少尉、感じるかの?」
「はい。この気配のことですね。姫は?」
「何かいる。水の中よね。」
「え?」エドには戸惑いしかない。
水の中だと?
運河の水面に目を転じるが、青緑色の流れはただ穏やかだ。
「カイ?」
「おまかせを。」
エドが戸惑ううちに、水面が膨れて、岸に向けじわじわ迫り上がって来た。
「!?」
音もなく、ただヒタヒタと水位は上がる。
波などではなく、水そのものが。
そして?
一気にまとめて読んで下さる方、本当にありがとうございます!
日々勇気とやる気を下さるみなさま、重ねがさねありがとうございます!
今後もよろしくお願いします。




