89 コピー条件
ここまで案内してきた侍女長はすぐに下がり、王妃の居間には、現在エドたち連邦関係者のみが残されていた。
カミラが魔具と指摘したあの赤いダイヤモンドは、24時間の大半王妃が身につけていたはずだが、時には外して宝石箱などの然るべき容器に収納されていたかもしれない。
ポチはカイの指示に従って、いくつかのジュエリーケースを丹念に〝嗅いで〟いった。
蓋を開ける必要はないようだ。
犬がそうするように、対象物の近くに鼻面を寄せている。
カイが開いたスクリーンには、王妃の胸元がアップになったシーンが映し出されていて、ポチは時折そちらと見比べるように首を動かしていた。
カミラがそうであるように、ポチもまた映像からでも魔力のパターンを認識できるらしい。その能力は、カミラよりずっと上だろう。
やがて、ポチは確信を持った様子で、一つの半透明な貴石の箱を示した。
「うーん。」
カイが唸った。
「ここに入っていたのか?でもポチ、お前は色覚は人間と同じなんだよね?」
エドには何も聞こえなかったが、どうやらポチとカイは会話が可能らしい。
ポチは人間には聞き取れない周波数帯でも使っているのだろうか。
最初から、人の言葉は普通に聞き取れているようだったし。
ひとしきり確認のやり取りが続いた後で、カイが通訳した。
「その魔具は確かにこのケースに収納されていたそうです。ただポチが言うには、宝石の色が違う、と。」
「んん?どういうこと、カイ?」
「本来なら赤じゃなかったと言っています。それは緑色の宝石であった筈だと。」
「緑だって?」
緑色の宝石。翡翠とかエメラルド?
そういえばこの事件絡みで、緑色の宝石が出てきたな、とエドは思った。
「少尉、鏡に貼り付けられていたメモにあったのが確か、エメラルドだよな?」
「〝ティティスの瞳〟ですね。この国の前王朝の国宝で、革命の混乱で失われたという。」
「そう、それだ。その画像がないかな?」
「少し待って下さい。」
さほど待つ必要もなく、スクリーンが切り替わって映し出されたのは、博物館の展示ケースのようなものに収められた、ステッキのような工芸品だった。これが王笏なのだろう。
金と黒で精緻な象嵌が施された、アイボリーホワイトの杖の上部に、緑の宝石がはまっている。
「これです。どうだ、ポチ?」
ポチは躊躇いなく頷いた。
「一見して、ボクらには別物にしか見えませんが、ポチはさっきのレッドダイヤモンドとこのエメラルドは、同一のものだと言っています。並べて表示します。」
「はあ?」
エドと千絵はじっくりと画像を見比べたが、全くの別物としか思えなかった。
「絶対別の石、だよね?」
「だよな。エメラルドが2回り以上デカいし、カットも全くちがう。これのどこが同じなんだ?」
「…魔力の波長が同じじゃの。それ以外は妾にも別物にしか見えぬが。」
ポチが、カイに顔を向けた。
何か言っているようだ。カイはしばらく黙って耳を傾けていたが、やがて頷いた。
「ポチによれば、これは完全に同じ物なんだそうです。ただ見え方が違うだけだと、彼女は言っています。」
「かのじょお!?」
期せずして、エドとカミラがハモった。
「ポチ、お前メスだったのか!?」
ポチは、ムッとした表情でエドを睨みつけた。
「見ればわかるだろう、と言ってます。」
と、カイ。
「わからん。博士は?」
「妾もわからぬ。そもそも、〝さらまんでる〟の外見は皆同じにしか見えぬが。」
「ですよねー。」
突然。ポチの全身が膨れ上がるかに見えた。次の瞬間には、ポチの体全体が赤く輝いて、輝きの周りを白く眩い光が縁取った。一瞬、目を開けていられないほどの光が爆発するかに見えたが、その閃光はあっけなく消えた。
「こらポチ!火を吹くと危ないだろうが?」
「火を吹いた?なんでまた…。」
「性別を間違われたのが心外らしいですが。でも、火はやめなさい。ボクのシールドは破れないから、お前が痛い思いをするだけだよ。今のでわかっただろう?」
ポチは明らかにしょげかえっている。
カイが危険はないと請け負った理由は、このシールドだったようだ。
さっきの光からすると、ポチが吐いたのはただの火ではなく、とんでもない高温のプラズマが何かに見えたが。
それをモロに浴びたはずのポチだが、見た目どこも焦げてさえいない。
〝コイツを焼き殺すのは不可能だな。〟とエドは認識した。
「やっぱりかなり物騒な奴だぜ。」
「初めにそう言うたであろ?」
「いや、そんなドヤ顔で言われても。」
そもそもがカミラのミスである。
だかまあ今は、そんなことはどうでも良い。
「二つの宝石は同一だとして。少尉、〝ティティスの瞳〟が魔具だって記録はあるのか?」
カイは首を横に振った。
「そのような記録はありませんね。ん?どうしたポチ?…うん。」
カイは頷いて、カミラに向き直った。
「博士。魔具の発動条件にはどんなものがありますか?」
カミラは少し考えながら答えた。
「そうよのう。魔具の性質により異なるが、一般には強い魔力がトリガーであることが多いの。他は、肉体と魂か。」
「肉体と魂というと、具体的には?」
「文字通り血肉と生命じゃ。大量の血に浸すとか、生贄を捧げるとかのう。」
「なるほど。ポチによれば、この魔具は永い間眠っていたのではないかと。それが目覚めた。休眠期は緑だそうです。赤に変わったのは、トリガーがおそらく血だったのではないかと思うとのことですが、なんだかこじつけめいた話てすね?」
「いや、実際にそのような例は多いの。魔法には時に象徴が重要な役割を果たす。色や形、音、名前などじゃ。」
「色、か…。赤は、どうしたって血の色を連想させる。あんまり穏やかじゃねえってことだよな。つまり、宝石はなんらかの理由で姿を変えたから、ティティスの瞳ではないと誤認されたってことか。」
革命以後この国は、再三の戦火に見舞われている。
目覚めは革命時だったにしても、その後も血を浴びる機会には事欠かなかっただろう。
「ティティスの瞳がいまどこにあるかの追跡を開始するとして、カイ、エル=ポポはなぜ王妃を提訴したのかの?それも、婚約不履行などという具体的な事案で?」
エル=ポポ。本名カルデシス・クワントは、カミラお気に入りの格闘家である。
最近、婚約不履行の件で王妃を提訴した。王室側から提供された情報では、王妃誘拐の当夜、人間離れしたスピードで移動する人影が目撃されたという。
エル=ポポは、スピード特化型のファイターである。まるで彼が第一容疑者であると言わんばかりの話だが、だからこそ逆にその可能性は低い。
たまたま彼が王妃を提訴したタイミングだったから、捜査の撹乱を狙った情報てあると考えるのが自然ではある。
「王妃ティーが架空の人物であるとしても、その外見はどこから来たかの?変身魔具の場合は、実在の誰かの外見を借りることが多いのじゃ。」
「エル=ポポは、王妃のモデルになった女と婚約してたかもってことっすか?しかし、名前も違うだろうし、話してみれば別人だとわかるだろうに。仮にも婚約した仲ってんでしょ?」
カミラが頷いた。
「しかし、どうやって王妃と面会する?」
「謁見申請とか?」
カミラが首を横に振りつつ、千絵を見た。
「お妃さま、見ず知らずの一般市民、いえ、ある程度有名で社会的に広く認知されている人物から謁見申請があったらどうなさいます?」
「さあ?それはカイの管轄ね。どうなの、カイ?」
カイが首を左右に振った。
「ほぼ門前払いですね。」
「あ、そうなんだ。」
「謁見申請など、日に数千件の単位でありますから。一々応じていたらキリがないんですよ。わざわざややこしい手続きにしてあるんですが、それを突破する申請がその数ですからね。」
「そうであろうの。エドよ、王族とはそのような存在じゃ。連邦はこの小さな王国とは比べものにならぬ規模であろうが、それでもエル=ポポが王妃に会うのは極めてむずかしかろうよ。」
確かに、とエドは頷いた。
盟主正妃ブリュンヒルデに謁見するなど、有力国家の王族ですら、長いウェイティングリストの末尾から始めなければならないのだ。
まして、一般人となると。
「エル=ポポは、王妃の外見から自分の婚約者ではないかと考えた、そういうことですよね?名前や経歴が多少違ってても、本人に違いないと思い込むほどそっくりだった。しかし、それだと…。」
「お主の懸念は恐らく正しい。王妃のモデルとなったおなごは、恐らくもうこの世には居らぬ。」
「そうなりますか、やっぱり。」
やれやれだ。エドは少しエル=ポポに同情した。
「外見をコピーするには、モデルの詳細な情報がいる。婚約者が見間違えるほど精度が高い模倣には、DNAの直接取得が必須であろう。つまり大量の血か肉が必要じゃ。」
ひどいコピー条件もあったものだ。
エル=ポポの婚約者は、比較的最近に非業の死を遂げた確率が高かった。
まだまだ続きます!
次回もよろしくお願いします。




