88 追跡開始
「つまり、ポチは自由。そういうことっすか?」
カミラが頷いた。
「自信があったんじゃなかったんですか、博士?」
「すまぬ…。」
珍しくも低姿勢のカミラが見られたのは良かった。
だがこれでは振り出しだ。
呪縛から解放された、超災害級魔獣が都市に放たれるとか、絶対あってはならない事態である。
カイが小さくため息をついた。
「まあ、大丈夫ですよ、捜査官。」
「ってもよ〜。根拠は?」
「姫は、聖女とやらです。それはご存知ですよね。」
「知らいでか。そのせいでオレもアンタもリュウに殺されかけたんじゃね?」
思い出したくもない記憶だ。
数万の御霊を一遍に浄霊した千絵のやらかしは、リュウを激怒させた。彼が怒ったのは浄霊行為そのものに対してではなく、その途方もない聖力の行使によって、溺愛する妻の身が危険に晒されたことが原因だった。
未だかつて誰もやろうと試みさえしなかったその無茶を、カイは止めなかったから主人の怒りを買った。
エドは何が起きているか全くわからず、今でもカイに教えられたことだけしか知らないのだが、その場所にいたのは事実である。だから、リュウの怒りを買った。
理不尽極まりないが、結果としては両人とも、リュウから何ら危害を加えられたわけではない。
ただ、怖かった。
ちびりそうなくらい怖かったのだ。
「まあ、龍一さまの居合ならば、痛みを感じる間もないでしょうから、楽な死に方かもしれませんが。」
ちょっと遠くを見るような目でそう言われると、あの時の恐怖がライブに蘇る。
「やめてくれよ!オレっちこう見えて、かなりの小心者なんだってよぉ…。」
「龍一さまに言いたい放題のあなたがですか?…それはともかくとして。博士の呪縛を上書きしたということは、姫の〝名付け〟がそれほど強力な証拠です。あの凶暴駄馬の例を見ても、心配はないかと。」
「あらカイ。コーちゃん結構いい子だよ?」
「ご意見に賛同は致しかねます。…まあ、この場にはボクもいますから。ねえ、ポチ?」
呼びかけられたポチは、一瞬頭から尻尾の先までをピンッと伸ばし、頷いた。
人間なら、最敬礼でもしているところだろうか?
エドには何だか、ポチのまわりに冷や汗が飛んでいるような幻覚まで見える。
「うん。ポチには、ボクがわかってるんだね。案外、ボクらの亜種っていうのも本当かもしれない。」
そう言われて改めて見るが、ドラゴンと似ているのは頭部のフォルムと、全身のメタリックなウロコくらいだ。
そもそも、ポチに手足はない。
「しっかし舐めたマネしてくれたもんだよな、ここの王様はよ。行こうぜ。こうしていても始まらない。」
エドの言葉を合図に、皆は立ち上がった。
「少尉?」
「ええ。ポチの隠密遮蔽はボクが。」
それなら、ほぼ誰にも感知されることはないだろう。
機械的防衛機構に関しては、むしろ楽勝だ。カイに操れない電子機器は、ラグナロクくらいのものだろう。
ラグナロクは電子機器と呼ぶのは、かなりムリがありそうだが。
王妃宮は、宮殿の敷地内にあるが、建物自体は別になっていた。
表向きの身分を名乗ることで、一行は難なく王妃の居間に到達することができた。
封建君主の時代、男子禁制であった王妃宮であるが、革命からこっちはそういう面倒なしきたりはない。
案内に立ったのは、初老の女性である。
肩書きは〝女官長〟。
だが、王妃は自分のことは自分でしたい人物だとかで、現役の女官は彼女を含め僅か3人だという。
日常生活のサポートなら家事や身の回りの世話に特化したロボットで十分だ。
だから人間の侍女は、対外的な格式提示のために存在する。セレモニーに関係したあれこれが主たる業務だから、特別なことがない限り王妃の側に控えているのは1名程度だった。
女官長の説明によれば、王妃は体調不良による転地療養中だそうだ。
〝どうやらこの女官長は、その話を信じてるみてぇだな〟
と、エドは自分に頷いた。
この辺りの心象は、ミミこと千絵に確かめるまでもなく、当たっているはずだ。
つまり王妃の〝誘拐〟は、王妃宮内でもあまり知られてはいないらしい。
しかし、いつまでも隠し通すことなど不可能だろう。
国王と側近はその辺りをどう考えているのだろうか?
切羽詰まって、仕方なく連邦司法省に極秘依頼をしただって?
表向きそうだが、エドは鵜呑みにしているわけではない。最初から何かが引っ掛かるのである。まるで…そう。
〝迷宮入りを望んでいる?〟
恥を忍び、愛する王妃のため外部にまで助けを求めた。その形はすでに整っているのだ。
仮に。
他の連邦特別捜査官がこの件に関わった場合、成果は余りにも少ないはずだ。
王妃付き警護官ルドからの情報があったとしても、誘拐事件が失踪に変わるだけて、王妃ティーがアーティファクト級魔具で、姿を変えていたことまではわからないだろう。
王妃ティー、結婚前はティルテュ・ゴトフリーという女性が、実在したか否かについても、わざわざ丹念な検証を加える理由がない。
国王サイドから与えられた情報を疑うなど、侮辱行為と取られれば、国際問題になりかねない。
与えられた架空の情報を基に捜査するなら、結果としては、幻のシンデレラを追って、すべてが徒労に終わるだけだ。
仮にこれらの情報を、何らかの偶然や幸運から入手できたとしても、その先はどうしようもないだろう。
ポチのような存在を召喚するなど、土台不可能なのだから。
考えれば考えるほどに、迷宮入りを狙った依頼であった可能性が浮上してきた。
それが国王にもたらすメリットは不明であるが、状況が指し示すことはそれ以外なさそうである。
国王は、王妃の行き先を知っている。
彼女の生死は不明だが。
そして、金輪際ネタバレをする気もないはずだ。
既に連邦司法省を手玉に取る意図は明白である。今更真相を告げたら、連邦との関係はひどく拗れてしまうから、そんなリスクは絶対避けたいところだろう。
だからか?と、エドには突然閃いたことがある。
〝リュウの奴、だからオレと博士にこの案件を回した?妙に胡散くさい依頼だって、あの腹黒ヤローが気付かないはずはねえな。千絵ちゃんを巻き込んだら当然少尉が付いてくるのも折り込み済みだろう。博士と少尉は、ぶっ飛んだチート級の化けもんだ。千絵ちゃんてウソ発券機もいる。なら、国王の思惑なんぞ超えていけるはずだ。〟
それに。
このメンバーならば、完璧な守秘が可能である。
国王の意図がどうあれ、ここまで危険な賭けをおこなったということは、国王側にも切羽詰まった何らかの事情があることが推測される。
できれば穏便に。
リュウの意図はそれだろう。
リュウは、自分自身のメンツや名誉など歯牙にも掛けない男である。侮辱されようが嘲笑されようが、そんな〝些細な〟ことで動揺するメンタルではないのだ。
だがそんな真実は、彼をよく知らない者にとっては想像すらできまい。
国王サイドは、今回の件が自分らの思惑通りに運ぶとたかを括っているはずだ。
いや、少なくとも国王は、だ。彼に随行してきた男が妙にピリピリしていたのは、まだ記憶に新しい。
国王は、さすがに肝が座っていると言うべきか。
はたまた、真に恐れるべき相手を知らない、井の中の蛙と憐れむべきなのか。
ため息を吐きたい気分を堪えて、エドはポチの動作を見守った。
お読みいただきありがとうございます!
これに懲りずに、次回もどうか宜しく。




