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エドと博士のはみ出し日記  作者: WR-140


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87/106

87 命名、ポチ

 エドは悟っていた。

 自分には、選択権などない。いつものことである。

 しかし。

 自分は、連邦公務員だ。当然民間人を守る義務を負う。

 今、この席は、白金竜カイの権能であるドラゴンシールドに守られているから、周囲の人々に危険はないのだが…。

「超災害級魔獣を連れて移動すると?」

 周辺の音は遮断されている。

 こちらの話は全く外に漏れないし、真紅の魔獣の姿は誰にも認知されていない。

 だが、混み合ったフードコートのレストランて話し、食べ、笑い、さまざまな日常の営みを生きる人々の姿はこちらからしっかりと見えている。

 さまざまな年齢、さまざまな服装の雑多な人々だ。

 彼らの1人たりとも危険に晒すなど、エドには出来るはずがない。確かに、盟主正妃には危険はないだろう。カイはリュウが認めて彼女を託したガーディアンである。

 超災害級魔獣など、彼の前では瞬殺可能な弱者にすぎない。

 カミラにとってもそうだ。


「エドよ、そなた妾を何と心得おる?」

 ため息混じりにカミラが言った。

「…は?」

「良いか。妾は、龍一さまのご配慮によって、この世界に滞在を許されておる身じゃ。その妾が、龍一さまの民を危険に晒すような真似をするかえ?」

「しかし…。」

「しかし、ではない!そなたも知っておろう?龍一さまは厳しいお方。ことに御自ら有能と認めた者に対しては、過酷なまでに厳正な基準を持って臨まれよう。完璧以外では、彼の方の基準を満たすことなど出来ぬわ。そうであろ。」

 それは質問ではなく事実の提示だった。

 カイが頷いている

「ボクにとっては、それこそが最強の証なのです。同時に誇りでもあります。」

「アイツの無茶振りが、誇りねえ。」

 ドMかよ、こいつ。

 まあ言っていることはわかる。カイはリュウのドラゴンだ。

 が、カイの基準はそもそもがぶっ飛んでいるから、カイにそのつもりがなくても、弱者が巻き添えになる可能性がある。

 まるでエドの心の声が聞こえでもしたみたいに、カイがニヤッと笑った。

「龍一さまは言い訳など許されませんよ、捜査官。ご存知でしょう、〝事故〟とは、〝無能〟の意味。このケースならば周囲の人々に危険が及ぶなど、あってはならないことです。」

 カイの言葉に、カミラと千絵、それに何故だか〝さらまんでる〟までが頷いた。

 知性ある魔獣というのは本当らしい。

 しかし、連邦標準語は魔獣にとって未知の言語であるはずだ。

「言葉が?」

「召喚の際、妾と紐付けしたゆえの。妾の呪縛は、伝説になるほどぞ。」

「そりゃまあ、伝説の彼方の時代から生存しておいでっすからね。」

「口のへらぬ男よの。ま、心配はいらぬ。此奴が要らぬトラブルを招くことはない。そのようなこと、試みるまでに逆召喚の魔法が作動するのじゃ。魔法術式を知りたいかの?」

「それ、オレなんかにゃ理解できねーでしょうが。結構です。」

 そうとも。わかっていた。

 エドには発言権などない。

 選択肢すらない。

 カミラにとっては、人間など救いようがないほどアタマの悪い、下等生物に過ぎないのだ。


「ねえねえ、あなたお名前は?」

 突然、千絵が〝さらまんでる〟に話しかけた。真紅の巨大タツノオトシゴは、首を左右に振る。

「お妃さま、魔獣に個体名はないことが多いのです。」

 と、カミラ。

「あ、コータローみたいに?」

「左様にございます。あれは種族がユニコーン、個体称号が〝青のユニコーン〟なるユニーク個体ですが、固有名はありませなんだはず。野生状態では魔獣だろうと神獣だろうと、獣はそのようなもの。」

「どうして?コータローははっきり答えてくれなかったけど?」

 エドの知るコータローは、口のへらないクソ生意気なガキである。

〝アイツ、オレより年上らしいが、ンなこたどーでもいい!〟

 以前、ある事件で奴隷市に出品されていたところを、アリスとともに保護したのであるが、その場に現れた千絵を見るなり、完全に懐いた。

 確か〝聖女さま〟と、彼女を呼んでいる。

 神話のユニコーンは、エドの認識では病的なショジョ中のはずだ。が、無論千絵は超肉食系捕食者リュウの妻である。

 罷り間違っても処女なんぞではない。

 

「それが何?」

 と、以前コータローは言った。

「龍一は気に食わないけど、死にたくないから逆らう気はないし。千絵が僕の聖女さまなのは間違いないからね♡」


「宜しいですか、お妃さま。知恵ある獣に名をつけるのは、従属の誓いを得ること。それを獣が受け入れたならば、かの暴れ馬の如く命名者に従いましょう。あのユニコーンは本来、極めて凶暴かつ危険な個体でございます。それ故の個体称号かと。」

「あら、そうだったのね。」

 こともなげに千絵は頷いた。

「あなたはどう?私が名前を付けていいかしら?」

「お、お妃さま!?お待ちください。」

 逆にカミラが慌て出す。

「龍一さまが何と仰いますか。まずはご確認あそばしませ。」

「龍ちゃんなら大丈夫。私が何を拾って来たって、昔から文句言わないもん。」

〝ナ、ナニを拾ってきたんだ、今まで?〟 と、興味がないこともないエドであるが、深く追及しない方が精神衛生上よさそうだ。たぶん。

「姫、あなたのネーミングセンスはどうかと思いますけど?」

 なぜかウンザリ顔のカイである。

「あら。コータロー本人が気に入ったって言ってるからいいんじゃない?」

「いやその…。以前、猫又にタマとか名付けましたよね。ウマはコータローだし。あまりにベタって言うか。」

 なぜにそれがベタなのかはエドには全くわからない。が、カイのウンザリした表情を見るに、サンクチュアリの言語においてはかなりダサいネーミングのようだ。

「カイの意見は聞いてないわ。ね?あなたはどうしたい?名付けていいかしら?」

 〝さらまんでる〟は、頷いた。

 瞳孔がまんまるに広がり、それを縁取る金の虹彩が輝いている。

 巻いていた尾はほどかれて、左右にブンブン振られていた。尻尾が風を切る音までがはっきり聞こえるほどだ。

「めっちゃ嬉しそうだぜ…。」

 エドは思わず呟いた。

「それじゃ、決まりよね。あなたの名前は、〝ポチ〟よ。どうかしら?」

 〝さらまんでる〟改め〝ポチ〟が、こくこくと頷いた。

 尻尾はいまや先端が視認できないほどの高速で振られている。

「やっぱりそうきましたか。」

 なぜか諦めとともに、カイが呟いた。

「わかってましたとも。わかってたのに止められなくてごめんね、ポチ。」

 当のポチはカイにも他の誰にも目もくれず、ひたすら千絵を見つめている。

「コータローんときもこうだったよな。」

「ああ。あの駄馬。あいつはコータローでいいんですけどね。」

 確かに、コータローの権能の一つは、すべての言語を自在に操る能力である。

 つまりその名が、その言語を使用する文化圏においてどのような意味を持つかについては、精通しているはずだった。

 その当人に文句がないなら、側からとやかく言っても仕方なかろう。

「ま、いいんじゃね?ちーと馴染みがない発音じゃあるが、呼びやすいし、何より短いしさ。」

「そうですね。」

「ん?どうしたんすか、博士?」

 カミラの真っ白い顔が、心なしか青ざめて見える。

「命名は、従属契約と妾は申したの?」

「ええ。」

「〝呪縛〟は、強制じゃ。縛られる側の意思は関係ない。」

「はあ。」

「名付けを伴う従属契約は、名付けられる側の同意を要する、強力な契約。これは、呪縛を断ち切る可能性がある。」

「はあ?でも、博士の呪縛ってなぁ、伝説級、って?」

「左様。しかしながら、お妃さまはただいまご懐妊のお身体。神族皇家直系のお子を宿されておる。つまり…。」

「つ、つまり?」

「妾の呪縛は、たった今解除された。」

いつもおいでいただく皆さま、ただただ感謝しかありません。

たまたまお付き合いくださったあなた、心からの感謝を。

次回もよければお付き合いくださいませ。

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