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エドと博士のはみ出し日記  作者: WR-140


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86/105

86 さらまんでる

「どうやって探す?」

 経歴も名前も外見も偽りのシンデレラ。

 メタモルフォーゼの権能を持つ魔具がアーティファクト・クラスであるならば、見た目の性別や年齢すらあてにはならない。

 ビッグデータから顔認証を行うような通常の手法は役に立たないのだ。

 だが、彼女は間違いなく生身の人間だ。

 彼女か彼か、あるいはそれ以外かはさておき、その存在まで架空なわけではない。

「博士。この魔具を追跡できませんかね?」

「追跡、とな?はて面妖な…。」

 カミラは静止した画像に映るレッドダイヤモンドをじっと見つめた。

「…いや、あながち不可能でもないかも知れぬ。エドよ、確かこの世界には、臭いによって特定の痕跡を嗅ぎ取ることができる生き物がおったの?」

 千絵がポンと手を打つ。

「犬、だよね?ここにも警察犬がいるなんて、ビックリしたけど。」

「軍用犬もいるぜ。奴らの嗅覚センサーは、ほんのわずかな分子の存在すら感知するから、機械的な方法より役にたつ場合があるんだ。だけと博士、犬じゃ魔具の追跡はムリっすよ。」

 カミラは鷹揚に頷いた。

「で、あろうの。」

 と、日記帳のページをめくる。

 エドはたった今気づいたのだが。

「博士?」

「何じゃ?」

「それ。一体何ページあるんすか?あと、確かにページを繰ってるように見えますけど、なんつーか、いっつも日記帳の真ん中あたりの同じとこをめくってるようにしか見えねえんですが?」

 そう言われてみれば、と、カイと千絵は顔を見合わせた。

 確かにその通り、と2人が頷く。

 カミラの細く真っ白な指先がどんなに素早く動いても、開かれた日記帳の左右のページは減りも増えもしないのである。

 ページは確かに動く。

 動いて、反対側に送られていく。

 それなのに?

「ページ数は妾にもわからぬが、必要なだけはあろうよ。ページを繰っても変化がないのも、それが必然だからじゃ。これには何千年分かの内容が書かれておるゆえ。」

 何千年。

 随分と簡単に言ってくれる、とエドは思う。

 またふと考える。

 日記帳があるということは、カミラの脳機能は、ドラゴンより人間に近いのかもしれない、と。

 根拠はないが、少尉には日記帳などという外部記憶ツールは必要なかろう。

 いずれにせよ確かなことは、カミラの日記帳は、かなり優れた魔具に違いない。


「おお。これじゃ。」

 カミラがページを繰る手を止めて呟いた。

 エドが覗き込んだそのページには。

「タツノオトシゴ?」

 に似た何かが描かれている。鉛筆で描かれた見事なクロッキーである。

「これはの。我らの言葉で、〝さらまんでる〟と呼ばれる魔獣の一種じゃ。」

 説明しつつ、カミラは図に触れた。

 一瞬で、クロッキーは鮮やかな彩色画に変わる。もはや絵ではなくて、写真にしか見えない。

「赤い。綺麗な色ね。」

 そのタツノオトシゴモドキは、真紅に彩られていた。

 まるで自らが光を放つかの如く、深く光沢を持つ赤だ。

 カミラが片手をすっと伸ばして、その絵にかざす。

 すると…。

「…おっ!?」

「わあ♡」

「実体化ですか。なんとも不思議な…。」

 確かに平面に描かれていたはずのタツノオトシゴモドキは、いまや完全に立体化していた。

 2次元から3次元へ。

 しかも。

「で、デカい。」

 思わずのけぞるエドである。日記帳に描かれていたのは、全長10センチ程度のサイズだったはずが、実体化とともに1メートルを超える大きさにまで膨れ上がったのだ。

「ねえ、カイ、タツノオトシゴってこんなだっけ?」

「地球産のものはもっと小さいし、魚類です。連邦の各地にも似たような魚類は生息してますが、これは魚ではなさそうですね。」

 サイズもさることながら、〝さらまんでる〟にはエラもヒレもなかった。

 頭部はタツノオトシゴより、むしろドラゴンを彷彿とさせる形状である。全体のフォルム、プックリした腹や、くるくる巻いた尻尾の辺りは確かにタツノオトシゴ的であるが。

「この種はの、熱を好むのじゃ。野生のものは火山の火口に棲むこともある。これはまだ子供じゃが。」

「これで?」

「ドラゴンの亜種、レッサードラゴンと呼ばれるものの一つゆえ、成体になると10メートルをこえる。が、分類としては小型魔獣じゃ。」

 カイが首を傾げた。

「ボクの亜種ですか?」

「そう言われておるがの。魔界においても真なるドラゴンを見たことがあるものは、わずかであろうよ。従って、解剖学的な根拠などは、ないに等しかろう。」

 エドはカイ本来の姿を知っている。目の前のコレにはあまり似ていない。

 無理やり共通点を探すことはできるが、それは意味がないだろう。


「で博士、この〝さらまんでる〟とやらが、今回の件にどう関わるんです?」

 エドは目の前にぷかぷか浮かぶ魔獣をしげしげ眺めた。真紅の体はウロコで覆われ、目は燃えるような金色だった。

 その目がいま、グリっと動いてエドを見たようだ。

「エドよ、あまり刺激せぬがよかろう。此奴は火を吹くゆえに。」

「は!?火、ですか。」

 エドは反射的に飛び退いた。

 過去の経験から、どうしても未だ火には弱いのだ。

「それもこやつらがドラゴンに近いと謂われる所以よのう。小型魔獣としてはかなり危険な種じゃ。むろんドラゴンブレスの破壊力には遠く及ばぬが。」

「いやその、コレ、博士の絵ですよね。ただの絵が火なんか吹けます?」

「そうであり、そうでなし。」

「はい?」

「絵はの、単なる魔力媒体じゃ。何というか、〝さらまんでる〟なる存在に妾が付けた追跡タグのようなもので、いま目の前に居る此奴は、そのタグにより召喚した個体じゃの。」

「召喚って…」

「妾が写生した個体は、すでに寿命で死んでおろうが、〝さらまんでる〟の名と属性概念がタグ付けされておるゆえ、その概念に近い別個体が召喚されたわけじゃ。」

「つ、つまりコイツはホンモノの魔獣?」

「いかにも。」

「なっ、何でそんな物騒なモンを?」

「お主が言い出したことであろうが?」

 カミラは少しご立腹の様子で続けた。

「この種はの、魔力感知に長けておるのじゃ。つまり〝犬〟のように特定の魔力を嗅ぎ出し追跡することができよう。まあ、多分。」

「多分って…?」

「未だかつて、そのような目的にコレを使用したものはおらぬであろうな。従って妾がパイオニアじゃ♡」

「じゃ♡じゃねえっ!」

 エドは思わずそう怒鳴った。カミラはきょとんとしている。

「これ。何を興奮しておる?」

「博士。今まで誰もやってないってのには、大抵ワケってもんがありますよね?」

「ああ。そのことが。そうとも、此奴らはの、さっきも言うたがかなり危険な種でのう。頑丈さはドラゴンに近く、破壊力は、高位の魔族に匹敵する。知能はかなり高い。しかも、狡猾で残忍。あ、ついでに言えば肉食種じゃ。凶暴な性質ゆえ魔獣とされておるが、知能からすれば立派に魔族じゃの♡」

「……。」

 エドは絶句した。冗談ごとではない。

 つまり、これは超災害級魔獣だ。

 だが、チラリと見れば千絵とカイは至って落ち着いている。

 魔族唯一の大公であるカミラはともかく、人間である千絵と、彼女の身の安全に命をかけているカイまでが淡々としているには、それなりのわけがありそうだ。

「なるほど。ボクの亜種かどうかはともかく、勝てない相手を知ってはいるんですね。」

 と、カイ。

 エドが驚いたことには、〝さらまんでる〟がこくこくと頷いたのである。

 心なしか、金色の目がより一層輝き、あろうことかまるで…

「犬か?」

 本来、糸のように細い、縦スリットめいた目が丸く大きくなり、心なしか潤んで見えるのだ。

 あまつさえ。

 くるくると巻いた尻尾が解けて、それをブンブンと左右に振っている?

「なっ、何なんだコイツ…」

「犬か。」

「犬ね。」

 

「さて。では、王妃ティーの、唯一の手がかりを追跡に向かうとするかの。」

 カミラの言葉に、エドを除く全員が頷いた。

お付き合い頂きありがとうございます。

次回もぜひよろしくお願いします。

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