85 幻のシンデレラ
王妃ティーの〝誘拐〟後。
ルドは、外事警察の友人を通じて、王妃が予約した船室が使用されなかったことを知った。
せめて、王妃が無事その便に乗れたことを確認するまでが、最後の忠誠だと感じていたルドは、更にあのコテージに予約客が到着したか否かを調べた。
結果は空振りだった。
宇宙客船の船室も貸しコテージも、どちらもキャンセルされてはいなかったが、客は現れなかったのである。
支払いは事前に済んでいたから、資金の流れを追うこともできず、他に追跡手段もないままルドは悶々と日を過ごした。
一縷の望みは、貸しコテージに王妃が到着することだったが、1週間から10日が過ぎてもその気配はなかったのである。
「コテージは、いつまで借りられてる?メイドとかは?」
「期間は1年間です。辺鄙な場所で、家事サービス付きの物件だそうです。借り手が到着次第、家事サービス開始のための連絡があるのが普通ですが、王妃様はご自分の身の周りのことはお出来になるので、これはあてになりません。」
そのため、ルドは一縷の望みをかけて、再度外事警察の友人の手を借りた。
結果は、まだも空振りだった。
「そんな時、国王陛下が内密に連邦に王妃捜索を依頼なさったことを知りました。」
「それで全て話そうと思ったわけか。」
ルドは頷き、立ち上がった。
「どうか、どうかお願いします!王妃様を見つけてください!」
必死の表情で深く腰を折り、ルドは訴えた。
「さて。」
ルドが去り、身内だけが残ったところでエドは3人を順に見た。
「オレが思うに、博士も少尉も、それに千絵ちゃんもなんか言いたいことがありそうだよな?誰から行く?」
「じゃ、ボクからで。」
と、カイ。
「王妃ティーなんですが。経歴に奇妙な空白があります。」
「は?」
3人の意外そうな視線に一つ頷き、彼は続ける。
この件で集められるだけの情報を集め、それらを精査する過程において、カイが奇妙なブランクを発見したのは少し前だ。
「彼女の経歴は、この国では非常に良く知られています。まるで自分たちの親戚とか同級生のことみたいにね。その情報の大半は、今回のシンデレラストーリーからロイヤルウエディングを通じて、大衆に流布したわけですが、詳細に追跡してみたところ、時系列に沿う全ての点が一本に繋がってはいないようなのです。」
「具体的には?」
「たとえば学校。この国には10年の義務教育制度がありますが、みなさんご存知の通り、ここは激戦地の一つでしたよね?」
「そうね。」
と、千絵が頷いた。
彼女の公式訪問は、戦争のため命を失った人々の慰霊碑の完成式典に参加するのが目的だ。
それとは別に個人的な慰霊に訪れたかったのもまた事実である。
「戦争は4年前に終わりました。しかしこの地方は、それ以前の15年にわたって、内戦と他国の侵攻とで混乱を極めていました。子供たちは皆、数回は戦火を逃れて地下の学校に再編されたり、疎開したりで、つまり落ち着いた生活を送れてはいなかったはずです。」
「就学記録の改竄がし易いな。」
「仰る通り。入学や卒業には確かにティルテュ・ゴトフリーの記録があるようですが、精査するとそれらは妙に細切れです。まるで何者かがあとから記録を付け足したみたいにね。」
地下の学校の学生⚡︎生徒と教員は、地上のそれとは違う区切り、違う人数や構成で教育を行うことを強いられた。
教員の多くが戦争に駆り出されたり、子供たちを守るために、様々な場所を転々としたりなどしたから、平和な時代の学校とは違って記録は細切れのツギハギだ。
だがそれが普通だから、大した問題ではない、はずである。
本来なら。
「つまり少尉、おまえさんが言いたいのは、シンデレラは何者だったのか、ってコトだよな?」
「その通りです。もっと言えば、ティルテュ・ゴトフリーとその父親である飲んだくれのボリス・ゴトフリーは、実在したのでしょうか?」
「は?いくら何でもそりゃ無理だろ?近所の人間だとか、雇い主だとかよ、しがらみなんてもんは…」
「ボクが人間について不思議に思うのは、その思い込みの強さと、脳のサボり癖です。つまりはそれが曖昧だった記憶が、いとも容易く真実に化けるメカニズムの正体ですよね。」
例えばあるシンデレラストーリーが、華々しく取り上げられたとする。
その登場人物について、いつごろどのあたりに住んでいた、どのような外見の、何歳くらいの、とディテールが積み重ねられた場合、ああそう言えばあの娘のことか、そうかもしれない、いや、そうに違いないはずだ。名前が少し違うようだが、いや、それは自分の勘違いだったかも。
確かに、そうとも確かに彼女こそがティルテュ・ゴトフリーだった。
間違いない。
あの地下で一緒に机を並べたあの子。
そうだ。そんな名前だった。髪の色とか目の色は曖昧にしか覚えてないが。
うん、確かだ。飲んだくれの父親だか叔父だかがいると聞いた。随分綺麗になって見違えた。名簿の名と違うようだが、あの頃の記録なんで当てになるわけがないだろう?
「いとも容易く記憶のすり替えや捏造が起こりますよね。ボクらとは脳の構造が違うからでしょうけと。」
「あ〜。それな〜。確かに。」
言われてみれば、ドラゴンであるカイの情報容量も処理速度も、人間とはあまりにもかけ離れている。数百年は生きる生き物なのに、誕生以来いつの時点の記憶も鮮明かつ正確のようた。
だが、人間ならそんなことには耐えられないだろうな、とエドは思う。
いつまでも変わらず鮮明な、別離と喪失、絶望、後悔の記憶。
忘却と曖昧さは、むしろ人生の恩恵だ。
「少尉の言いたいことはわかった。作られたシンデレラストーリーは、登場人物までが作りものだった可能性があるってことだよな。次は、千絵ちゃん?」
「はい。誘拐とかとは、あんまり関係ないかも知れないんだけど。」
「ん?この際何でもどうぞ。」
「あの人。ルド・エミネフスカさんね、王妃様のことを女性として愛してる。それだけのことなんだけど。」
「あー。だろうな。そうでもなきゃあ、あそこまで悲壮感出さねえだろ。で、あの男、ウソは言ってないんだな?」
「そう。なんだけど…。」
彼女は、珍しく口籠った。
「ウソはないわ。でもあの人、何かを隠してる。意図的かはわからない。私たちから隠してるってよりまるで、何かから無理やり自分の目を背けようとしてるみたい。ごめんなさい、いい加減よね。」
雲を掴むような話である。
が、彼女がそう感じたのなら、それは正しいだろう。
「では、妾の番じゃ。少尉、今ここに国王夫妻の結婚式の映像が出せるかの?」
「了解です。」
すぐさま立ち上げられた仮想スクリーンに、該当の動画が映し出された。
この国の大聖堂で行われたロイヤルウエディングである。古式ゆかしい優雅なベールを、長く垂らした王妃ティーの姿は確かに華やかで美しく、国王と並んでも全く見劣りがしない。
「ここじゃ。停めてたも。」
「ハイ。」
ティーの上半身が大写しになっている。
「これじゃ。」
カミラが示したのは、王妃の首元に輝く赤い宝石だった。
「盟主妃殿下、何か感じられはしませぬか?」
「え?…綺麗な赤ね。でも、ルビーでもガーネットでもなくて、これはダイヤモンドね。私にわかるのはそれくらい。」
カミラは頷いた。
「映像となると、妃殿下のお力は限定的になりましょうの。もしも直接ご覧になられたなら、映像とは違うものが見えたやもしれませぬが。」
わけがわからん、とエドは首を捻った。
カミラはよくこういうものの言い方をする。後になって、なるほど、と腑に落ちることがほとんどだが、その時はわからない。
「このダイヤモンド。アーティファクト級の魔具です。」
「えっ?どんな効果があるんすか、博士?」
「メタモルフォーゼ。つまり、お妃様がいまお使いのものと類似の効果じゃの。そしてそれは呪具ではなく、魔具じゃ。それならば妾は映像でも鑑別できる。」
「んじゃ、ティー王妃のこの姿はニセモノってことっすか?」
「そうなるの。魔具は発動中ゆえ。」
「経歴もニセモノ、外見もそうなら、まるで幻だぜ…。」
一瞬、場は沈黙に支配された。
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