84 ウミウシの葬列
「それで、王妃はどこに行くはずだった?何故あんた方がそれを知ることになったんだ?」
「妹がそれを知ったのは、ある事件がきっかけでした。たまたま国王夫妻が隣国の王室の葬礼のため、急遽訪問が決まったのですが、その隣国の国教が問題だったのです。」
ラトリア教、別名〝聖なるウミウシの教え〟は、かなりユニークな宗教である。
主神は〝姿なきもの〟と呼ばれる存在で、文字通りどのような姿形をしているかは不可知とされ、その言葉を伝えるのが海の底に棲むとされる〝形あるもの〟だ。
この〝形あるもの〟は様々に姿を変えるのだが、その一つがまさに〝ウミウシ〟であるとされている。
ただしラトリア教のウミウシは、ラトリア海のみに生息し、習性も特異だ。大きさはほぼ人間に匹敵し、深い海底に棲む。
光も届かず、生命の希薄なその場所で、この種は貪欲な捕食者に進化した。一属一種で、他に類のない特異な生物である。時に自分の数十倍もある生き物を捕食するらしいが、個体数が少なく生息環境も超高圧のため、未だ生態は未知の部分が多い。
建国神話では、王家は、このウミウシが変身したひとりの女を始祖とするとされている。
それ故に、王が死ぬと、その亡骸は海に返さなければならないのだと言う。
昔は実際に、遺体を海底に送ったらしいが、現在ではその風習は形だけを残している。
葬儀の喪主は、王家の始祖が初めて上陸したとされる海岸で、腰まで海に浸かり汲み上げた海水を、故人の密閉された棺に振りかける。その際、会葬者は、素足を海水に浸す必要があるのだ。
「私は王宮詰めのため宮殿に残ったのですが、妹は、王妃様付きとして隣国に行き、葬儀の行われた海岸まて随行しました。当日は晴天に恵まれ、穏やかに儀式が執り行われたのですが、会葬者が順番に足を海水に浸していた時、突然大きな波が押し寄せたのです。何人かが足元を掬われ、倒れました。国王ご夫妻も倒れたはずみでびしょ濡れになったのですが、喪主と他の会葬者数名、それに棺に入った遺体までが、強い引き波に攫われて、沖へと流されてしまいました。それは大変な騒ぎが起きたそうです。」
確かに大事件である。
会葬者は、いずれも地位ある人物だったはずで、そこに外国の貴賓まで含まれていたのならば、影響は計り知れない。
「なんとも人騒がせな葬式だな。」
ルドは力強く頷いた。表情は苦々しい。
「全くです。海は潜在的に危険です。今どきウミウシの建国神話など、そんなわけのわからない話を大真面目に信奉するなどと。」
警備担当としては、とても見過ごせない愚行であろう。
「突発的な大波の原因は、海底火山だったそうです。結果的に、人命は失われませんでしたが、そのあとがまた厄介でした。」
「何があった?」
「隔離です。」
「はあ?何でまた?」
「詳しくは⛅️。しかし、その場にいて海水を飲み込んだ可能性のあるもの全員が隔離対象となったのです。それはかなり厳重な隔離で、外部への直接の通信すら規制されました。それで、妃殿下の通信端末も妹がお預かりすることとなりました。隔離中、シレニア地方の貸しコテージから、契約を確認するメールが届き、妹が妃殿下の計画を知る発端となったのです。」
王妃にとっては思いもよらないことだったはずだ。
よほど特殊な状況下でなければ、個人のウェアラブル端末を他者に預けることなどあり得ないのだから。
「少し良いかの?」
突然、カミラが口を開いた。
「何かご存知なんすか、博士?」
エドの言葉に、ルドが反応した。
「はかせ?」
「ああ、そのことか。このお人はな、侍女じゃねえ。盟主正妃殿下の主治医だ。」
産婦人科が専門とは言う必要がない。
というか、言わないほうが良い。
カミラは、いつのまにか取り出したあの日記帳のページをパラパラとめくり、ある箇所で手を止めた。
「ルドとやら。この図に見覚えはないかの?」
日記帳を反対向けにして、ルドの前に押す。開かれたページには、相変わらず文字には見えない文字が書きなぐられていた。
だが、カミラが細く白い指先で示したのは、ページの中ほどに書かれた絵だった。
それは意味不明の落書きのようなフォルムを持つ、細長い楕円形の何かである。
ペイズリー柄の変形したものというか、ゾウリムシの図を少し歪めて、意味不明な突起物を無数に生やした落書きというか。
だが、エドは知っている。
カミラはとんでもない悪筆だが、こと図に関しては完璧だ。
この子供の落書きのような図は、実物を極めて正確に現したものに違いない。
〝だとすると。まさかまさか、こんなキテレツで気味の悪い生きモンが実在してやがるってか?〟
エドの疑問とは裏腹に、図を見たルドはアッサリ頷いた。
「例のウミウシですね。妹のくれた土産物のパッケージにあった写真そっくりです。」
〝コイツが人間サイズ?あり得ね〜わ!〟
改めてじっくりと図をながめる。
どう見たって、5歳児の落書きだ。全体が歪み、変形していて、生き物らしい整合性を甚だしく欠いている。
気色悪いことこの上ない。
「何故これをご存知なんすか、博士?」
「ウミガシワ。」
「あっ!ああ。そういうことか…!」
エドは頷いた。
ウミガシワは、特定の地域にのみ生息する、海洋生物である。それからは特殊な毒が得られるのだが、そもそもウミガシワは外来種なのだ。
通常の意味の外来種ではなく、この世界の外からやって来た。問題はそれが魔界からもたらされた種であることだ。
つまり、この奇妙なウミウシモドキもまた、カミラの故郷である世界からやってきた魔獣であるらしい。
「コレが、その地で何と呼ばれているかは知らぬが、我らは〝ジルデス⚡︎ガレアナ〟と呼んでおる。こちらの言葉では〝毒の器〟と訳せようかの。」
「毒?」
「毒ばかりとは限らぬが…。」
カミラは、図の一部、おそらく皮膚が半透明の部分から透けて見える、花のような器官を指した。
「コレは、様々な化学物質のみならず、ウイルスや細菌のようなものまでを、体内のこの器官で合成することができる。いわば自立型の生体工房じゃの。個体進化のためのシミュレーションを絶えず行う結果であるとも言われておるの。」
「てことはソイツ、何を作ってばら撒くかわかんねーってわけっすか?」
「察しが良いのう、エド。更にいえば、個体進化の目的のひとつは、魔獣からより高位存在への進化であるとも言われておるの。」
「まっ、魔獣?これは魔獣だったのですか!」
ルドにもようやく話の一部が見えて来たらしい。
「そうじゃ。たまたまその海の環境に適応して生き延びた個体が居ったのであろうの。しかし…。」
「どうしたんすか、博士?」
「うむ。その国の建国神話、あながち的外れではなかったかもしれぬと思うての。ルドよ、そなた葬儀で死者は出なかった、と先ほど言うたの?」
「はい、その通りです。」
「しかし、厳重な隔離が行われた。外交問題化のリスクをとってまで?」
「あ、はい。」
「ふむ。では、棺に納められていた遺体は回収されたのかの?」
ルドは、ハッとした様子だ。
「わ、私はそれについて何か口にしたでしょうか?」
カミラの視線を受けて、エドは代わって答える。
「いや、安心しろ。おまえさんはそのことについちゃなにも言ってねえぜ。で、博士、それじゃ隔離と遺体流出にはどんな関係があるんです?」
「被葬者が直系王族ならば、建国神話は単なる神話ではなかったはず。」
「ふ〜ん。ルド、被葬者は?」
「あ、ラトリアの国王陛下です。」
「なるほとの。ジルデス⚡︎ガレアナは奇妙な生き物での。その死体は大量の海水に浸されると、生き残った細胞が自ら死んだ組織を捨てて、新たな個体となり、蘇るのじゃ。その際、様々な化学物質を生産するが、同時に新個体に凝集しそびれた細胞が既存の個体に寄生して、これを乗っ取ることがある。まあ、その辺りが隔離事情であろうの。」
「何つーか…、薄気味悪いハナシっすね?ラトリアの王族ってのが、つまりウミウシってことでしょ?」
「自覚はあるまい。しかし実際に隔離が行われた以上、伝承はまだ生きておる。何らかの証拠があるのじゃろう。」
一同は頷いた。
まあ他国の王がウミウシでも、大した問題ではない。
「それで。話を戻そう。シレニアの貸しコテージ?そこが王妃の行き先か?」
ルドは頷いた。
「偽名で、シレニアまでの客船の個室も予約されていまして。王妃様が消えたその夜の便でした。私と妹は悩みはしましたが、それが妃殿下のお望みならばと、知らないふりをすることにしたのです。」
しかし、王妃は未だそのコテージに到着していなかった。
ウミウシてか苦手な方は、すみません。
つい趣味に走ってしまいましたm(_ _)m。
これに懲りずに次回もよろしくお願いします。




