83 告白
「私は、王宮詰めで内務省所属の、要人警護官ルド・エミネフスカと申します。元は陸軍特殊部隊に所属しておりましたが、最近まで王妃殿下の身辺警護を拝命しておりました。」
男は、堰を切ったように話し出した。
年齢は20代後半だろう。銅色の短髪と、灰色がかった青い目の持ち主で、ピンと伸びた背筋がいかにも王宮詰め警護官らしい。
比較的整った容貌と、上背のある姿は、制服を着せても見栄えがしそうだ。
「王妃殿下の行き先を知っているとは?」
「あっ、言い直します!王妃様が、どこに行こうとされていたかは知っておりましたが、どうやらその場所には行かれていない様子なので…。」
「と、いうことは、王妃殿下は自分の意思で出て行った。そういうことか?」
「そうであります!」
「だが、その場所には到着していない?」
「はい!本来ならとっくに着いておられたはずですが、それが…。」
王宮警護官、ルドは口籠もった。濃い眉がぐっと中央に寄り、眉間に深い縦じわが刻まれている。
ひどく心配そうな様子だ。
「場所を変えよう。アンタ、時間はあるか?」
「ハイ!必要ならば案内役を続けるよう仰せつかっていますので。」
「なるほど。」
エドの視線を受けて、カイが頷いた。
一行が移動した先は、巨大な複合商業施設の中にあるレストランである。
レストランといえば聞こえはいいが、凡そ上品で静かな環境とは言い難い場所だ。
テーブルとテーブルの間は狭くて、子供が駆け回り、かなり大きな声を上げなければ、ひとつのテーブルを囲んでいても会話が成立しない。
要は大衆的フードコートの一角である。
だが。
カイがシールドを展開した瞬間、5人がテーブルを囲むボックス席は、静寂に包まれた。
ルドはギョッとした顔で、自分の耳に手をやり、周囲を見回した。
周りの人々は皆、何ごともなく食べ、話し、あるいは席を立ったり座ったりの営みを繰り返しているのに、当然聞こえるはずの音が一切しないのだ。
まるで周囲の全てが薄っぺらい動画にでもなったか、あるいは自分が突発性の難聴に見舞われでもしたか?
思わず身じろぐと、衣擦れの音がやけにはっきりと聞こえる。難聴ではない。
「これ…は…?」
「彼は盟主最側近だと言っただろう。」
それで説明は全てという調子でエドが言うが、実際はなんの説明にもなっいない。
しかし、ルドは頷いた。
「そうなんですね…。アンドロイドじゃなかったんだ…。」
思わずそう言ってしまってから、彼は慌てて打ち消しにかかる。
「いえあの。変な意味じゃなくて、その。つ、作りものみたいな顔だなと…。」
自分から墓穴を掘りにいくタイプらしい。
作りものといえばその通りだから、カイは全く気にしていないのだが。
エドもムダな説明の手間が省けたから、言うことはない。
「で?詳しく話してくれるか?」
ルドの話のあらましはこうだった。
王妃ティーは、王宮暮らしを嫌っていたのだという。
理由は誰にもわからないが、彼女の憂いは日増しに募り、腹心の侍女に、もはや一刻もここにいたくない、出ていきたいと漏らすまでになっていたらしい。
具体的にいつ、どうやってについては、全く語らなかった王妃だったが、その切羽詰まった様子は尋常てなかったらしい。
悩んだ侍女は、兄に打ち明けた。
その兄がつまり、ルドなのだ。
妹からその話を聞かされたルドは仰天した。何故なら、ルドはシンデレラストーリーを心から信じていたから。
国王は、護衛官の前でも、王妃に対して非常に細やかな心遣いを見せ、王妃もまた愛情を込めてこれに応えていた。
しかし、ルドの妹はシンデレラストーリーを真っ向から否定した。
国王は、王妃を愛してなどいないと。
「妹はその、お二人が一度もベッドを共にされたことはない、と。」
「そりゃどういうことだ?」
「寝室を共にされたことはありますが、その場合でもベッドは別々だったと。」
「羨ましい…。」
突然、そう呟いたのはミミ・ローゼンシュタルツである。
「はい?」
豆鉄砲を食らったハトさながら、ルドの顔の真んに「?」が大書きされていた。
「お、おい?」とエド。
ミミこと千絵が言わんとした意味は、なんとなくわかる。
あの男が妻を見る目は、時にエドでさえゾクリとするほど凶悪だ。が、しかし、誰がアイツに口出し出来る?
「ミミさん。あの。何とぞ。」
と、カイ。
作りものめいた顔が引き攣っている。何故か悲壮感のある表情だ。
「おいたわしや。」
と、カミラ。
出てもいない涙を拭うマネまでしている。芸が細かい。
当の本人は、口に出したつもりはなかったようだ。真っ赤になって、目を伏せ呟いた。
「あ…。ごめんなさい。続けてくださる、エミネフスカさん?」
「あ、はい。」
結婚当初から、国王夫妻は完璧な芝居を続けていたが、ルドの妹は最初からある種の違和感を感じていた。
あまりにも出来すぎていたのだと、彼女は兄に語った。まだ若く恋愛経験も乏しくはあったが、子供の頃から「大人の事情」に振り回されてきたからわかったのだ、と。
「私たちは早くに両親を亡くして、親戚中から厄介者扱いされて育ちました。妹は、私よりずっとしっかりしていて、何より人の表情を読むことに長けていました。妹の言葉は寝耳に水でしたが、私にとっては説得力があったんです。国王夫妻が2人きりの時には、会話らしい会話もなかったと聞いて、思い当たることがありましたから。」
兄妹の見解が正しかったことを、エド達は知っていたが、今は軽く頷くだけにとどめ、先を促した。
「それで?」
やがて、王妃は王宮を去ることに決めたらしいという。
ルドの妹は、そのタイミングではじめて、慌てて兄に相談した。
ルドの妹である侍女は、王妃ティーの入宮の時からそのお付きとして、生活をともにしてきた。
だから、結婚式から初夜、その後と、間近で王妃を見てきたのである。王妃にとって、最も近しい人物の1人であった。
王妃は、その彼女にすら気取られることなく、着々と準備を進めていたという。
しかしそんなことが可能だろうか、とエドは内心首を傾げた。
王宮という場所は昨今、世相を反映して自動化が進み、昔のように多くの生身の人間を必要とはしない。
AIがあれば、事務系の人員は僅かで事足りるし、衣食住やイベント、建物の維持管理なら、用途別に特化したAI搭載型ロボットもある。
かなり贅沢に最新機器を投入したところで、人件費よりは安く済むことも自動化推進の追い風となったのだ。
人は少ないが逆に言えば、宮殿には至る所に〝目〟と〝メモリ〟があるのだ。AIは、人の日々の営みを、プログラム以外では評価しないが、記録はする。
それは、ディープラーニングに必須だからだ。
王妃の〝誘拐〟後、それらの記録は精査されたはずだ。
ことに外部への通話記録などは、誰のものであろうと、洗いざらい調べられただろう。
そこに手がかりを残さず1人で王宮脱出を準備する?
〝共犯者がいる。いや、共犯というべきじゃねえよな、まだ。協力者か〟
それが当然の帰結であった。
誰なのかはわからない。
目的も不明である。
ただその人物は、ティー王妃よりも身軽に動け、監視機器に痕跡を残さずに彼女と接触出来る立場にある。
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