82 ラタリスカヤにて
「結構賑わっているのね。」
ラタリスカヤの首都、マーレント。
「小国とはいえ、交通のハブですからね。外来者が多いです。乗り継ぎの待ち時間に観光する客や、地下資源を主力商品とする物流の関係者、外資系企業の従業員だけでも数十万人が常時滞在しているでしょうね、〝ミミ〟。」
ミミ・ローゼンシュタルツ。
それが千絵の偽名だ。
彼女はそう呼ばれることに全く違和感を感じていない様子である。
俳優として子役時代から過ごしてきただけあり、演技は天性とも言えた。
「さて。待ち合わせ場所はどこじゃ?」
「あの建物みたいっすね。」
50メートルばかり先に、その店はあった。落ち着いた雰囲気の、カフェレストランと見える。
「キャンティア…間違いない。行きますか。」
店名を確認して、4人は店内に入った。
待ち合わせ相手の名を告げると、そのまま奥へ案内された。
テラス席を通り脱け、更にドア。
案内の男は、そのドアを入ったところで立ち止まり、もうひとつ奥のドアを指し示した。
恭しいとさえ形容出来るほど丁重な動作である。案内役自身は、その場で見張りに立つようだ。
〝この男、役人だが文官じゃねえな。軍人か?〟
そう感じたエドの直感は、恐らく正しいだろう。
一行が、プライベートと表記され、白く塗られた木製ドアを開けると、そこは窓のない、小さな部屋だ。
居心地が良さそうな室内は、白とペパーミントグリーンで統一され、大きめの丸テーブルの周りに椅子がいくつか配置されている。
かなり昔のカントリーキッチンの趣きである。
椅子には、既に2人の人物が座っていて、4人を迎えて立ち上がった。
長身の金髪の男と、中年の男。金髪の若い男は堂々たる風采だが、中年の方は背丈も横幅も遠く及ばない。
かなり神経質になっている様子だ。
リマノから来た4人に、素早く視線を走らせたが、誰とも目を合わそうとはしなかった。
〝こっちは文官か。えらくピリピリしてやがる。内務省の高官ってとこだろうが?〟
もともとこういう、落ち着きのない人物である可能性はあるが、エドには今の彼が強いストレス下にあるように見えた。
それも当たり前ではあるのだ。理由の一部は、金髪の男の存在たろう。
それは、エドたち一行にとって、予想外の人物だった。
そのうち非公式に会うことになるだろうとは思っていたのだが、まさか到着早々出迎えられるなど思ってもいなかったのだ。
だが、誰1人驚きを態度には出さなかった。
カイは、自然な動作で入り口で立ち止まり、優雅な近衞の敬礼を金髪の男に向けた。
「盟主近衞、飛竜遊撃隊隊士、カイ・エミリオ・バルトが、盟主代理としてご挨拶致します、カタローニⅢ世陛下。」
カミラとミミの2人も、いささかの躊躇もなく古風な礼法に則り優雅な礼をした。
エドは、内心少しばかり焦ったが、辛うじて表には出さず、通常通りの礼をとる。
若い金髪の男は答礼しつつ、興味深げに4人を順に見つめた。
「遠路遥々ご足労いただき、まことにありがたい。先ずはお掛け下さい。」
よく響く声だ。
全員が着席したところで、ラタリスカヤ国王、カタローニⅢ世は口を開いた。
「お願いします。妻を見つけていただきたいのです。」
王妃が行方不明になった経緯は、事前情報の通りだった。
言葉の端々に妻に対する愛と思いやりを滲ませつつ、カタローニⅢ世一行に訴えた、のだが。
この場合、相手が悪かったとしか言いようがない。
会見が終わり、カタローニⅢ世と付き添いの男が立ち去った後、エドはため息をついた。
「で?」
質問の相手は千絵である。
「うん。そうだね。なんかちょっと…がっかりしたかも?」
部屋には恐らく、カメラや盗聴器などが仕掛けられてはいるはずだが、少尉がいる限り何を話そうが何をしようが問題はない。
「がっかりって?」
「あの人、王妃を見つけて欲しいのはほんとみたいだけど、愛とか恋とかとは違うわね。」
カミラとカイが頷いた。2人ともエドと同じ印象を受けたようだ。
「あー。やっぱりな。」
巧みな芝居ではあった。
国王など辞めて役者になっても、食っては行けそうである。
「まぁいいや、よそのご家庭の事情なんざオレらに関係ねぇし。シンデレラストーリーが偽りだとしても、王妃を見つけたいってのがマジならよ?」
3人は頷いた。
「整理してみると、誘拐犯側からその後接触はない。〝ティティスの瞳〟は王室にないし、その行方もわからない。だな?」
「つまり、誘拐犯の動機は不明じゃの。」
とカミラ。
「誘拐かどうかも怪しいわね。」
ミミこと千絵の言葉に皆頷く。
シンデレラストーリーがまやかしならば、王妃ティーと夫であるカタローニⅢ世とは、一種の契約関係にあるのだろう。
双方が合意してか、あるいはどちらかが主導しての強制的なものかはわからないが。
どっちにしても、国王自らが連邦に王妃捜索を依頼する意思が確認できた以上は、出来る限りのことをするまでである。
ティーがすでに死亡している可能性も視野に動かねばならない。
「ボクは引き続き情報収集を。同行願いますよ、ミミ。」
「わかったわ。」
半分ため息混じりの返事である。
手分けした方が早いのはわかっていたし、カイの監視から自由になれるはずもないから。
「連絡は密に。オレと博士はこれから現場へ行く。」
「わかりました。ボクらはホテルで。」
「えー?もう少し見て回っちゃだめ?」
「…仕方ありませんね、それがお望みなら。」
〝ったく、主従揃って千絵ちゃんには甘いよな〜〟
「じゃ。」
エドは立ち上がった。カミラとともに部屋を後にする。
案内役の男はまだ同じ位置にいた。だが、何か良いたい様子である。
チラチラとエドを窺いつつ、かなりの躊躇があるようだ。口を開きかけてはそのまままた閉じる。そんな外見に似合わない動作を何度か繰り返しているのを見て、エドはため息をつきたくなった。
この男、最初の印象通り文官ではないはずだ。
だが、このためらいは尋常じゃない。
エドとカミラに続いて、残る2人も出てきたのだが、カイは素早く状況を見て取るとエドに目配せした。
内緒話OKの合図である。エドはかすかに頷いた。
「あんた、名前は?」
突然問いかけられた男は、一瞬固まる。
「大丈夫だ。何を話そうが、外にゃ絶対漏れない。監視機器なんぞ意味ねえよ。そうだよな、近衞騎士サンよ?」
カイが頷いた。
男はそれでもまだ躊躇う様子である。
「いいかい、彼はこう見えて、当代盟主陛下の最側近だ。有能なことは保証する。口が堅いこともな。こっちのレディ方についても同じだから、心配せずに話しちゃみねえか?」
全員の顔をぐるりと見て、彼はエドに視線を戻した。
真剣な表情だ。
極度の緊張状態でもある。が、彼は意を決したようにひとつ頷いた。
「私は、妃殿下の行き先を知っています。」
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