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エドと博士のはみ出し日記  作者: WR-140


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81/85

81 呪具

「しかし、千絵さま!」

 カミラが珍しく声を荒らげた。

「なんでしょうか博士?」

 千絵は涼しい顔だ。

「危険がないとは言えませぬぞ。御身やお子達に何かあっては…。」

 千絵ことブリュンヒルデ妃は、現在双子を妊娠中である。

 プレス発表はまだされていない。通常の妊娠とは勝手が違うため、妊娠期間もかなり長くなりそうなのだ。

 カミラの見立てでは、すでに25週をすぎているはずだが、いまのところ妊娠の兆候は表に現れていなかった。

「大丈夫よ。皇家のガーディアンと、世界一の名医が一緒なら。」

 にっこり笑って、彼女はエドに向き直った。

「じゃあね。約束通り、ここは払っておくわ。とっても美味しかった!」

「おう。悪りぃな。次回はオレのオゴリってことで。」

「了解。楽しみにしてる。」


 きっかり30分後。

 エド・カリス上席特別捜査官のオフィスのドアがノックされた。

 入ってきたのは、紺地に銀線と白のパイピングをあしらった近衞の制服姿の少尉。

 それに…。

「えっ?まさか千絵ちゃんか…!」

 長身のカイの後ろから、ひょこっと顔を出したのは、見慣れない人物だった。

 性別は、女性である。年齢や身長は千絵と変わらないだろう。ほっそりした小柄な体型だから、体重も変わらないはずだ。

 だが、それ以外があまりに違う。

 カミラがうーむ、と唸った。

「魔具ですか、お妃さま?しかしそれにしては、魔力がほとんど感じられませぬが?」

「やあだ、つまんない!2人ともなんで私ってわかっちゃうかな…。」

「大丈夫ですよ。わかるのはこの方たちくらいなもんですから。あと龍一さま。」

 と、カイ。

「カイだっでわかってた。」

「え、そりゃまあ、ボクはドラゴンなんで、魔法とか呪術は効かないですから。」

「ああ、呪具の類かの。」

 とカミラ。納得の表情である。

「ご明察ですわ、博士。」

 千絵(?)が頷いた。肩の辺りまでの髪が揺れる。黒ではなく、色はカイによく似たプラチナブロンド。

 ただしカイのようなストレートではなくて、軽いクセがある。

 本来切れ長で、〝神秘の黒〟と形容されている大きな目は、丸くてやや目尻が下がったターコイズブルーに変わっていた。

 美しいというより愛くるしい印象だ。

 本来は繊細に整った、冷たい印象のある顔立ちだが、今は柔らかなラインで構成された愛嬌のある顔に見える。

 変装レベルどころではなく、これではまるで別人だが、何故かエドには初めから彼女だとわかっていた。

 外見を変える魔具や呪具の性能はピンキリだ。そして最低のものですら、価格はとんでもなく高い。

 値段が性能そのものを反映するならば、彼女がいま身につけている呪具は、最新鋭の宇宙空母に匹敵する値がつくだろう。

「宝物庫から?」

「ううん。叔父様のコレクション。」

「あ〜。でもよ〜、あの人にそんなモン要るか?」

 叔父様とは、現在の神皇の弟で盟主の実の叔父である、第7代盟主〝黒の宮〟こと、タナトス・レヴァイアサンだ。

 歴史にその名が残るほどの、超天才魔法使いでもある。

 彼には変身呪具など無用だ。

「それはそうなんだけど。でもこれって、呪われてて。」

「はあ?呪具なんだから、そりゃ当たり前なんじゃ?」

 千絵は首を傾げた。いつもの動作だ。

「えーっと。これにはたしかに呪いが込められているから呪具なのね。で、更にそれが呪われてて、あれこれ重なって結果的に〝付喪神〟になっちゃってるわけね。」

「あ〜?ワケわかんねーわ。なんでそうなる?」

 エドにはさっぱりだ。

 全人類の過半数が、非常に弱いながらも魔力かそれに類した力を持つとされているが、エドにはその手の能力は一切ない。

「なるほど付喪神ですか。それで。」

 逆にカミラは納得したらしい。

 エドには相変わらずちんぷんかんぷんだが。

「ただの呪具如きならば、レヴィ様が興味を持たれるはずも有りませぬな。」

「そうなの!これよ。」

 千絵はクスクス笑って、左手首のブレスレットを示した。

 素材は金属や樹脂とも、石、あるいは角や骨なのかもわからない。

「継ぎ目がねえが?」

「当たり前じゃ。付喪神ならば、持ち主に応じて姿・形・材質・サイズなどいくらでも変えられよう。しかし、呪力すら感じられぬとは面妖じゃ。」

「え…?」

 エドは再度目を凝らすが、それは飾りひとつない、鈍い光沢を帯びた細身の輪っかにしか見えなかった。

 色はターコイズブルーである。今の彼女の目の色だ。手首にピッタリ吸い付くように収まっているが…。

 カミラが何も感じ取れないとなると、これは多分、とんでもない逸品である。

 強力な呪具にもかかわらず、隠蔽の能力まて兼ね備えていることになるからだ。

 そのような特殊な呪具は極めて稀少だ。


「博士。強力な付喪神っての、相当危ない奴がいるんじゃないっすか?」

「そうよの。」

「だ、大丈夫なんすか、これ?」

「強力な付喪神ではあろうの。しかしレヴィさまがお妃さまに渡されたならば、危険はなかろうよ。」

「あ〜。」

 確かにそうかもしれない。

 黒の宮は、義理の姪を実の娘のように可愛がっている。

 千絵の方でも彼によく懐いていて、しばしば夫である龍一の嫉妬を招くほどだ。

〝まあ、リュウはサイコパスだからな〜〟

 と、エドは内心思っている。

 リュウはバランス感覚に優れた、己に厳しくストイックな為政者である。だが、それは妻が絡まない場合の話だ。

 こと彼女が関係したら最後。

 彼はあまりにも危険な偏執狂になる。

 その執着の異常さには、いろいろと理由がありそうだが、だからと言ってリュウの態度を変えさせるのは、不可能だろう。

 異常なのは本人が1番わかっているはずだから。なんとか手が打てるならば、真っ先にリュウ自身が動いていただろう。

 たとえそれが、彼自身の生命を終わらせることになったとしても。


 打ち合わせは簡単に行われた。

 先ずカイは、本来の身分と名を名乗ること。カミラは何故か、〝月の宮の女官〟シチュエーションが気に入ったとかで、今回もそのパターンで行くようだ。


 千絵には、ラグナロクによって〝内宮付き女官〟の身分証が発行された。

 形式上、その身分を持つ女官は100名以上いるが、実際には誰1人実務は行っていない。名誉職のようなものだから、決まった俸給もない。

 かつて、宮殿の維持のために膨大な人力を必要とした時代の名残りなのだ。

 〝宮廷〟や、〝後宮〟が存在していたのは、すでに200年以上前のことになる。

 しかし、今でも〝内宮女官〟の任にあたる者は、招集に応じて必要な職務をこなす義務を負う。一生に一度も招集されないのが普通であるが、仮に招集がかかればそれは大変な名誉とされていた。

 後宮がない今、唯一の盟主妃であるブリュンヒルデが招集権を持つのだが、応じた内宮女官は、彼女から直接任務を伝えられるからである。


 最後に、エド・カリス。

 小細工は抜きで、女官方の身辺警護のため臨時に司法省から出向中の、特別捜査官ということになった。

 潜入捜査の経験は多々あるが、エドとしてはあまりやりたくない。他人の身分を詐称するのは、なんとも居心地が悪い。

 だから、本名のままで良いのは気楽だ。


 以上の打ち合わせを終えて、一行は出発する運びとなった。

〝ゲート〟を使用するから、本来なら往復10日のところがほぼ一瞬で済む。そこは助かるものの、〝ゲート酔い〟を起こしやすい体質のエドは、いささか気が重い。

〝ま、これも仕事か…。〟

 以前、アリス=ラグナロクに連邦中引き摺り回されて、体内時計がズタボロになった時のことを思えばまだマシだ。

 以上で、〝出張〟準備は整った。


お付き合いありがとうございます!

次回もどうそお越し下さいませ。

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