79 疑惑のシンデレラ
ティー・ゴトフリーがその屋敷に勤めて2年余りになる頃のこと。
1人の客がひっそりと屋敷を訪れた。
屋敷の女主とは旧知だという青年は、3日間滞在する予定だった。
名はルキオン。
見目よく長身で、穏やかな物腰の中に、若さに似合わない、堂々たる威厳を感じさせる人物である。
彼こそ、当時まだ王太子だった現国王カタローニ3世である。
そして接客係りを命じられたのは、二十歳になったばかりのティーだった。
「それで、2人は恋に落ちたとな?」
「エエ、相手が王太子サマとも知らぬ間に、とかって、まあそういうハナシじゃあるんですがね。」
「何やら含みがある言い方じゃの?」
「職業柄、何でも疑ってかかっちまうのが性分で。例えばそう、ティーがルキオンの正体に気付いていなかったって触れ込みが、そもそもムリかなと。」
綺麗になった骨を、皿にキチンと並べながら、千絵が首を傾げた。
「なんで?興味がなかったら分からなくても仕方なくない?私、自国の皇太子の顔なんか覚えてないよ?」
カイが頷いた。
「カリス捜査官、正常性バイアス的な影響もあるのでは。身近に王子様が現れるなど、普通は思いもよらないでしょう?」
「うん。そりゃ普通そうだろな。けど、この王子様、当時色々とウワサのあった御仁でさ。廃嫡される瀬戸際だって話もあったんだ。」
「それはそうでしたね。たしか男性が好きだの性的不能だのと、かなり賑やかでした。また一方では、変態プレーを好む危ない男で、夜毎お忍びで娼婦を漁り、相手は1人では満足できないなんて噂も。」
「さすが情報将校だね〜。よく覚えてるぜ。つまりそういう疑惑のせいで、一時はルキオンを廃して、次男を立太子しようなんて動きがあった。専制君主でなくたって、一国の国王の座には利権が絡むから、それぞれの王子を擁する勢力間の小競り合いも起きた。それに巻き込まれて、死人まで出たし、連日報道は加熱して…」
その時、エドの視界の端で、カミラが食べ終えた皿を横にずらした。
〝おっ?コレはアレか!?〟と緊張しつつ見守る内に、彼女の前には例の日記帳が〝出現〟したのだったが。
〝みっ、見えねえっ!?〟
まさに目の前で起きたことにも関わらず、ピンクの日記帳はある瞬間、どこからともなく忽然と〝出現〟したのだ。
〝あ〜、やっぱりな…〟
エドは今では慣れっこになった、謎の敗北感に、今日もあっさりと屈服した。
「つまりエドよ、その王子は連日のように世間を騒がせていたということじゃの。」
「その通り。一時はマスコミで彼の顔を見ない日がなかったらしいです。なのに気付かないとかって、絶対にないとは言い切れないが、不自然じゃないっすか?」
「うーん…。」
「あと決定的なのが。ティーの雇い主である女主人は、かつてルキオンの乳母だったってコトです。」
「元乳母の屋敷に現れた、有名な顔の男ということじゃの。確かに気付かないわけがないか。しかし、雇い主の前歴を知らなかった可能性はあるの。」
それはそうだ。
それに、世間にはスキャンダルに興味がない人間だっているだろう。その辺りはエドも考えてはいた。
「でも相手が誰か、気付いてるか気付いてないかなんて、何か問題がある?恋愛は自由でしょ?」
カミラが首を左右に振る。
「いやいやお妃様、王太子と知りながらとなると、打算なしの恋愛は難しいでしょう。このケースならば、最初からあわよくば、と狙いを定めての就職だったと考える者も居りましょう。」
エドとカイが同意し、カイが考え考え言葉を継いだ。
「姫様は、最初から龍一さま唯一のご家族でしたから、打算などあり得ませんが、世間一般では当然、疑惑を持つシチュエーションです。」
「わあ。カイが人間みたいなこと言ってる!」
千絵に棒読み口調で煽られても、彼はは眉ひとつ動かさなかった。
「お褒めに与りましてどうも。」
「褒めてないけど?」
「ハラスメントは、受けた側がそう感じるかどうか、でしょう?ひょっとして今のはパワハラのおつもりでしたか?」
カイの、人形めいた白い顔には表情がない。
が、千絵は彼の感情を読むことができるから、表現形はどうでもいいはずだ。
しかし彼女が、つまらなそうにため息をついたところを見るに、カイは全く動じてはいなかったらしい。
「あーあ。いいなあ!レンアイかあ。私だって憧れるわよ。他人からなんて言われても構わない。シンデレラストーリーは好みじゃないけど、まともな相手と堅実なな恋愛がしたいな♡」
カイの白い顔に突如激震が走り、鉄壁の無表情に、稲妻の如き亀裂が生じた。
「そっ、それだけはおやめ下さい!!」
声まで裏返っている。
「なあに?何でカイがそこまで動揺するのよ?」
「世界が滅びます!ボクじゃ龍一さまを止められません。」
カミラがコクコクと頷いた。
「左様。お妃様、どうかそればかりは。」
憂いを帯びた表情である。
「千絵ちゃん、すまんがここは一つ。この通りだ。」
エドにまで頭を下げられて、千絵は絶句した。
悲壮な表情の3人を見回し、ため息と共に目を伏せる。
〝私って生け贄扱いよね…。これも全て、龍ちゃんがラスボスキャラのせい〟
しかも、彼らの認識が事実だけに、どうしようもなかった。それに彼女自身、他の誰かと恋に落ちる自分など想像もできない。
灼熱の氷。もしくは燃え盛る暗黒の太陽。それが龍一である。
ありのままをいうならば、執着系サイコパスそのものだ。ただ、そのサイコパスの力で人類は滅亡の淵から這い上がったが。
それを望んだのは彼女自身だった。
龍一が何ものか知りながら愛してしまった以上、どうしようもないことなのだった。それに、後悔したことなどない。
〝ホント自業自得。身から出たサビね。〟
年齢に似合わぬ達観もまた、彼の影響なのかもしれない。
「…で。そのティーって人に何か問題でもあったの?」
と、千絵は話題を転じた。
「それな。一つ目の話は、問題とまでは言えないんだが。いややっぱり問題か?」
「勿体ぶるでない、エドよ。何が起きたのじゃ?」
「ティー、つまり現在の王妃殿下の元恋人を名乗る男が現れて、婚約破棄の慰謝料を要求する裁判を起こしたんす。」
「え?かなりの問題じゃない、それ?」
カイが首を振った。
「そうでもないんですよ。確かに外聞はよくないですが、事実のあるなしに関わらずその手の訴訟沙汰は結構あります。」
「だな。ことレンアイだの結婚の約束だのは、当事者だけしか知らないことが多い。だから、言い掛かりがつけやすい。社交界じゃ割とありふれたハナシだ。」
カミラが首を傾げた。
「金銭目当てということかの?」
「まあ、大抵は。提訴で揺さぶって、示談に持ち込むのが目的でしょう。」
「ふむ。人間は面倒じゃの。」
「お国じゃそういうのはないんすか?」
「我らには、真実を見極める方法があるのじゃ。濃い魔力か偏在する我らの世界では、裁判に持ち込むまでもなく、過去に起こったことを追跡可能な場合が多い。空間が記憶する、と我らはいうの。」
「そりゃ便利ってか、オレらの仕事が要らんくなるっつーか。」
カミラは頷いた。
「しかし、偽装は可能じゃ。結局は力技が物をいうから、平等とは言えぬがの。」
つまり、魔力が強ければ、空間の記憶とやらも改変できるらしい。
「この世界ではその、空間の記憶ってのは追跡できるんすか?」
「大抵は不可能じゃの。そも、魔気が薄くては記憶が刻まれることがない。」
「あ〜。」
エドが失業する日は、まだ当分こないようだ。
お付き合い感謝です。
次回もよろしく!




