77 反省会
「呪われた館」篇最終回です。
3度のアンコールの後、今夜のパフォーマーと、ゾーイが舞台に勢揃いしてのカーテンコールが終わっても、ファンの熱狂は凄まじかった。
この場から離れがたい観客たちは、紅潮した表情のまま、呆然として空っぽの舞台を眺めたり、周囲の人々の顔に、感動と熱狂を再確認したりと、一種のマヒから回復できないでいる。
それでも、盟主妃の退席が告げられ、観客を誘導するアナウンスが流されると、少しずつ席を立って、会場から出る人々の流れに合流していった。
今夜、この場に居合わせた奇跡を胸に。
だが、その頃楽屋では、定例の反省会が行われていた、
「3曲目のコーラスだ、セドゥル。それと、ステップのキメ。まだ甘い。」
「はいっ!コーチ!」
「曲の並びは確かにハードではある。だが、プロならやり抜け。君にはその力がある。」
「サー、イエッサー!自分には出来ます!」
コーチは頷いた。
広い楽屋中央のスペースに、今夜のパフォーマンスメンバーが揃っての反省会である。側の椅子にはゾーイの姿もある。
中央にコーチ、その前にゾーイ以外の4名が並んで、手を後ろに組み背筋を伸ばして立っていた。いつもなら、歌唱、ダンス、構成などの専門トレーナーがそれぞれいるが、今夜はコーチひとりである。
振付師はそもそもいない。
ゾーイとメンバーの合議で、振り付けを決めているからだ。ゾーイはことダンスに関して、稀有な才能の持ち主である。
激しいパフォーマンスの直後だから、ゾーイ以外は体力も限界のはずだが、誰1人姿勢を崩そうとしない。
アイドルグループとコーチというより、まるで軍隊の教練である。座ったゾーイを含めて、メンバーの顔は、皆真剣そのものだった。ただ、今夜のライブの興奮と熱狂が、皆の表情を彩っている。
今夜のパフォーマンスで、一つの限界を突破した、その意識がメディウォリのメンバーたちをより熱くしているのだ。
コーチの声は深く穏やかだが、指摘する内容は厳しい。
「次に、エル=タル。」
「はいっ!」
「リハーサルよりずっと良かった。ただ7曲目、センター入れ替えステップ。10日前のパフォーマンスと同じクセが出たな。わずがに左膝を庇うから、体幹がブレる。転倒に気をつけろ。できれば古傷は完治させた方が良い。必要なら、専門の医師を紹介しよう。」
「ありがとうございます!」
「次。」
こんな調子で、ゾーイを含む全員にダメ出しが行われた。
コーチは今夜、自身もゾーイの代わりにパフォーマンスを行っていたはずだが、指摘は細かく正確である。過去のライブの記録映像も、熱狂的なファンより丁寧に分析している。
だから、その指導には説得力があった。
更に実技を交えつつ質疑応答が続く。
ゾーイはまだまともに動けない。それが悔しくてたまらない様子だが、顔に出すのを必死にこらえている。他のメンバーのダンスのキレは圧巻だ。
その彼らをして瞠目せしめるのがコーチの実力だった。彼の実技を目の当たりにして、ゾーイは思わず椅子の肘掛けを握りしめた。
この振り付け、考えたのは確かに自分だ。だが、コーチの模範演技は、完全に別次元である。
ひとかどのダンサーであり、天才振付師を自認していた己が恥ずかしかった。
ゾーイのみならず誰もが己の至らなさに忸怩たる思いである。
だからと言うわけではないのだが、先ほどから部屋の片隅で反省会を見守っていた、4つの人影には、誰も気付かなかった。
「厳しいな。」
エドの呟きに、千絵が同意した。
「龍ちゃんは昔からああよ。完璧主義。」
「あー。千絵ちゃんとはそもそも親戚で、赤ん坊の頃からの付き合いだよな。」
「そ。私を育てたのが龍ちゃん。礼儀作法から言葉、料理に洗濯、連邦の歴史、制度、文化、科学、とにかく全部教えたのが龍ちゃんなの。」
「そりゃまたハードな…。」
エドは改めてしげしげと彼女を見た。
アイス・ドールだのクリスタル・スタチューだのと形容される、完璧な立ち居振る舞いの秘密がわかる気がする。
孤高の気品をたたえたファーストレディ。その彼女が、俳優としてあんなとんでもなくエロいシーンまで演じたなど、未だに信じていない者は多い。
〝相手役はリュウだから問題はないけど〟
「龍一さまのご指導に耐えるなと、お妃さまならではでありましょう。余人がついていけるとは思えませぬ。」
とカミラ。
エドもそこは同感である。
ここにいるメディウォリのメンバーたちは、まだ若いとはいえ連邦に社会現象とまで言われる旋風を巻き起こした、時代の寵児たちである。だから、リュウについていける。
並外れた才能と努力だけでは到達し得ない地位に、若くして達した怪物のようなメンバーたちなのだ。それだけに、プライドも高い。
〝だった5日でよくまあこのガキどもを手懐けたもんだ〟
それがエドの偽らざる感想である。
初めはちょっとしたリベンジのつもりだった。
ゾーイの負傷で、今夜のパフォーマンスが不可能になり、途方に暮れていたコーデリア・ワッツに、代役の心当たりがあると囁いたのはエドである。
最初、ワッツは全く相手にもしなかった。それどころか、エドの正気を疑ってきたのだが。
「アンタ、蛇神っての、観たことは?」
「あの映画?バーチャルのアバターモデルがカンバラ先生でしょ。」
「そうだが、違う。あの動画には一切、生成画像はない。」
「はあ?どういうこと?」
「アバターなんかじゃなくて、あれはリュウが全て自分で演じた。AIの関与も特殊効果もない。」
「あり得ないわよっ!ちょっと、どういうつもりですか!私を馬鹿にしてるの、捜査官!?」
「オレはアイツに貸しがある。まあ、いっぺん試してみてくれ。もしアンタのおメガネに叶うなら、特別公演は中止しなくて済むだろ。なんせあのビジュアルだぜ?」
そんなわけで、エドはサバランの一件をタテにして、リュウを引き摺り出した。
実際に、早送りの動画を一度観ただけで、完璧にダンスを再現してみせたリュウの実力の前に、ワッツはアッサリ陥落した。ワッツのみならずゾーイもである。
「師匠っ!一生ついて行きます!」
と、目を輝かせてのアツい全面降伏だった。
背格好もゾーイと似ていたから、あとはトントン拍子である。
「でもびっくりしたわ。最初の声でわかったけど。よく龍ちゃんがOKしたわね。」
「千絵ちゃんが楽しみにしてるライブだって言ったらチョロかったぜ。」
〝しかしこれじゃ復讐になんねー〟
という本音は、この際黙っていようと、エドは心に決めた。
〝ま、結果オーライってことだ。
チラッと横を見たら、カミラは例の日記帳にサラサラと鉛筆を走らせている。
「うわっ、スゲ〜。」
思わず感嘆の声が出た。
カミラが描いていたのは、クロッキーである。素晴らしい描線でリュウの動きが描き留められていく。
「博士、なんでそこまで描けるのに…。」
「…何が言いたいのじゃ、エドよ?」
「べ、別に。何でもねえっす、ハイ。」
完璧な図面、完璧な素描。
しかし、カミラの文字ときたら、暗号よりも読解不能である。
〝博士自身にも読めんのかねー、アレ?〟
疑問は尽きないが、本人に確認する度胸はないエドであった。
ずっと沈黙していたカイが、つと進み出た。
「お時間です、陛下。」
と呼びかけた相手は、当然リュウだ。
メンバーたちは、ギョッとしてカイを注視した。カイの背後に盟主妃の姿を見て更に固まってしまう。
「えっ、いつのまに?」
ゾーイが呟いた。
皆、今の今まで彼らの存在に気付かなかったのだから、当然だ。
〝あ〜、少尉のシールドかよ〟
遅まきながらエドは腑に落ちた。ドラゴンのシールドは融通無碍の上に超強力だ。
それはカイ限定かもしれないが。
「もうそんな時間か、少尉。」
「はい。妃殿下もお待ちかねです。」
実際このまま放っておいたら、反省会は朝まで続きかねない。
「済まない。妃には明日も訪問日程があるな。」
「御意。」
「ふむ。諸君、名残は惜しいが、ここまでとしよう。俺は帰らねばならない。」
「コーチ!」
「コーチ!またお会い出来ますか!?」
必死の面持ちの若者たちにとっては、リュウは尊敬する〝コーチ〟以外の何者でもないようだ。
千絵が動いた。
「リマノに来られたら、月の宮にいらしてね。歓迎します。あなた方の〝コーチ〟は、昼間は仕事場にいるけど、夜は必ず戻りますから。」
この上なく優雅な足取りで、リュウは妻に歩み寄り、その額にキスした。
「連絡は、ここにいるドラゴン騎士に。手配は彼がする。」
カイが頷いて一礼した。
「飛竜遊撃隊所属、陛下のドラゴン騎士カイ・エミリオ・バルトです。よろしく。」
「ドラゴン…騎士!?」
異口同音に小さな叫びが上がる。
瞬く間に、カイは若者たちに取り囲まれた。
杖を片手に上がったゾーイまでが加わる。
〝あ〜あ。これじゃいつお開きに出来るやら…〟
ドラゴン騎士。
伝説の存在。
〝さすがの盟主陛下もドラゴンのご威光には敵わねーな。〟
かくして平和に夜は更けるのだった。
ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
次回より「シンデレラストーリー」篇始まります。




