76 メディウォリの夜
「よう!千絵ちゃん。」
「エド?どうしてここに?」
「博士がどうしてもこのライブに来たいってね。ねえ、博士?」
エドの後ろからカミラがひょっこり顔を出した。ひどく古風なベルベットのロングドレスは濃い紫。その暗い色調が、彼女には良く似合う。
優雅に一礼して、カミラは目を上げた。
「体調はいかがですか、お妃さま?」
「大丈夫です、博士。」
「くれぐれもご無理はなさいませんよう。」
「はい。ありがとうございます。」
ここは、アイドルグループ〝メディウォリのホームグラウンドともいうべきライブホールである。
世界各国から、彼らと会うためだけに訪れるファンは、日々記録を更新している状態だ。
通称〝メディウォリ便〟と呼ばれる定期便が、ハブ宙港である巨大ターミナル〝リマノ衛星港〟から直通で、この地の宇宙港へと観客をピストン輸送している。
リマノ衛星港は、人工衛星だ。
星間航路を結ぶ巨大貨物船や貨客船を受け入れる、連邦首都惑星の表玄関である。
その管制はラグナロクの管轄だ。
「でも、意外だったわ。」
「何が?」
「だって、センターのゾーイはまだ復帰できないんでしょ。コンサート、キャンセルかなって、すっごく残念だったの。」
「今夜は特別公演だそうだ。なんせファーストレディご臨席だからなあ。」
「あはは、やめてよエド。あなたにまでそんなこと言われたくないわ。」
ここはホール内の第一貴賓室。
いくつかある貴賓控え室の一つである。
豪華な内装は、世界各国からの王族や政治家、富豪、著名文化人、貴族など様々な人々を迎えるためにしつらえられたものだ。
紺色と焦茶を基調に、アイボリーと金のアクセントがあしらわれ、全体にシックな色使いではあるが、エドの好みからすると、やや豪華すぎる。
〝金色とか要らなくね?〟
人の好みは様々だが、エド的には、〝月の宮〟の、見方によっては殺風景なほどの簡素さが気に入っているのだ。
「お茶をどうぞ。」
「よう、少尉も来てたのか。」
「ええ。これは公式訪問ですから、ボクの管轄です。」
茶器を置きながら、カイが淡々と言う。
白と金を基調とした、近衞の略礼装姿である。
相変わらずの無表情だが、少し嬉しそうなのがエドにはわかる。
つまり、ユニコーンのコータローや、ヘビ型の化け物たちの出る幕ではないと言いたいのだろう。
その時、ドアがノックされた。
「どうぞ。」
とカイ。
相手が誰だろうが気にしてもいない。
重装備の一個師団が来たところで、無力化するのは容易いからだ。
ちなみに今日は連邦ファーストレディの臨席とあって、このホール周辺は実際に軍が出動するという、厳戒態勢が敷かれている。
「失礼します。」
コーネリア・ワッツに付き添われ、ゾーイが現れた。
まだ杖が必要な様子であるが、自分で歩くことはできるようだ。
「正妃殿下にご挨拶申し上げます。」
彼はそう言って深くお辞儀した。
スリムだが均整のとれた長身、少し掠れた柔らかな声、整いまくった顔立ちは、どこから見てもザ・アイドルである。
僅か5日前、性別すら定かでない状態で発見されたとは、とても思えない回復ぶりだった。
エドは少なからずホッとした。
今日ステージに立つのはムリでも、復帰できるのはそんなに先のことではなかろうと思われる。
あのような酷い状態に陥った犯罪被害者の回復を見る機会は、そんなに多くない。
「顔を上げて下さい、ゾーイ。私に礼をされる必要はありません。」
と、千絵。
〝いや、今日は妃殿下、だったよな。〟
エドは改めて彼女を見た。
〝さすがにキレーだ〟
と、素直に感嘆する。
衣装は白と紫。これ以上ないほどシンプルなワンピースに、短いチュニックタイプの上着。
白は神皇家の色、紫は彼女の夫であるリュウこと紫の宮の色だ。同じ紫の刺繍が、少尉の礼服にもあしらわれている。
ふと見ると、ゾーイは入り口で固まってしまっていた。初めて間近で連邦ファーストレディを見たわけで、まあムリからぬ反応ではある。
映像で見る彼女と実物には、かなりのギャップがあるのだ。迫力ある映像と異なり、実際の彼女は華奢で小柄、まるで妖精のように柔らかて優しい雰囲気の持ち主である。
だが、どちらの彼女も圧倒的に美しい。
ワッツに促されて、ゾーイはようやく我に返ったようだ。頬が少し紅潮しているのが初々しい。
〝オレにもこんな頃があったよなぁ〟
などと考える自分が、どこかうら寂しいエドだった。
〝オレもトシかねエ〟
「では、これで失礼致します。妃殿下におかれましては、どうぞメディウォリのパフォーマンスをお楽しみ下さい。」
表敬訪問の終わりを告げたワッツと共に、ゾーイは貴賓室を辞去して行った。
去り際、ワッツがエドに寄越した意味深な目配せは、幸い誰にも見咎められることはなかった。
コンサートの行われるホールは、既に満席である。
全席指定。
ゾーイの負傷について、その詳細は完全に伏せられている。
稽古中の事故、とのみ発表され、その経緯や負傷の程度について報道されることはなかった。
次のアルバムとツアー準備のため、メディウォリは3週間の公演休止に入ったばかりで、今日限りの特別公演のみが予定されていたため、チケットは発売数秒で完売済みである。
今回、ゾーイはパフォーマンス自体には参加せず、ダンスコーチの1人が代役を務めることが決まっている。
だが、会場で挨拶は行うと報道されていたから、ゾーイの姿を一目見たさに詰めかけたファンも多く、会場はとんでもない熱気に包まれていたのである。
開幕に先立って、ゾーイがひとり舞台に現れるや否や、凄まじい歓声が上がった。
彼の元気な姿を見られただけでも十分に来た甲斐があったと、涙ぐむファンも多い。泣き崩れる者の姿もチラホラ見える。
熱気と喧騒。
狂気。
「こりゃ真相が報道されたら、暴動が起きかねんな…。」
エドの呟きに、カイが頷く。
「伏せたのは陛下のご判断です。それに、ゾーイ側は、最初から事実を伏せることを希望していましたからね。メンバーにも話してはいないでしょう。」
普通ならここまで事実を伏せるなど不可能なはずだ。それが可能だったのは、彼の身柄の保護に関わったのがエド、カミラ、アリス、リュウとワッツだったという特殊な事情による。
仮にリュウ以外の医師が主治医であったなら、隠蔽は不可能だった。
守秘義務があるのは当然で、それがいくら厳重に守られたとしても、最低限の患者情報は病院内のデータベースで共有されてしまう。
そうなると、最低でも数十人が閲覧可能な状態になってしまうのだ。仮名カルテとすることは可能でも、ゾーイの顔はあまりに有名である。
被害者の人格に対する配慮とか、犯罪捜査のため必要なら、データ共有をなしにする手続きはある。
だが、そのためには院内の個人情報保護委員会の裁定を待たねばならず、それが決定されるまでに、その点情報が漏れる可能性が極めて高かった。
その点、リュウならばいくらでも融通が効く。データ管理はそもそもラグナロクが大元なのだ。
つまり連邦の情報という情報を掌握するAIは、リュウの意向に従う。だから、情報漏洩の危険はなかった。
場内の照明が落とされ、代わって貴賓席にスポットライトが当たった。
巨大なホールの全周と、天井に近い場所に、ただ1人盟主妃の姿が映し出される。
「こんばんは、皆様。ここで共にメディウォリのパフォーマンスを拝見できますこと、大変嬉しく光栄に存じます。」
彼女が短い挨拶を笑顔で締めくくると、一旦情報が全て落とされた。
期待と緊張に満ちた沈黙が場を支配する。
刹那。
「♪W ooon…!!
男とも女とめつかない、澄んだ高音から一気に華やかな低音域に駆け降りるアカペラて、ライブの幕が上がった。
後に〝奇跡のパフォーマンス〟と呼ばれた、一夜限りのスーパーライブは、メインボーカルゾーイの不在にも関わらず、永らくファンの間では伝説として語り伝えられたという。
お付き合いいただいた皆さまに感謝です。
どうか次回もよろしく!




