74 ジェイミー・オード
つまり。
アントン・ヤヌスは、自分自身の若さと生命を保つために、他者の生命と生命力を差し出したのだ。
拷問の果ての殺害という、極めて野蛮な方法で。
鎮静剤で再度眠りに落ちたゾーイの傍で、リュウは淡々と説明した。
初めはとても信じられない様子だったワッツである。
しかし、彼女がまだ赤ん坊だった時、家族の全てが殺害された事件の詳細が、エドの口から説明されると、ただ疑っているだけではどうしようもないことを認識したらしい。
「あんたはその日、熱を出していた。記録によれば、感染症の疑いがあったため、母屋ではなく、別棟に隔離されていて、難を逃れた。」
「おおまかなことは聞いていましたが、そうだったんですね…。」
「犯人とされていた住み込みの使用人も、おそらくは被害者だっただろうな。ハント、というか、ヤヌスは動機をはぐらかしていたが、あの屋敷自体が目的だった可能性がある。」
「どういうことでしょう?」
エドは、地下室と通路の詳細を伝えた。 おそらくは遥かな昔、砦からの脱出経路として造られた地下構造物の上に、ワッツ一族の館が建てられたと思われること。
市街地から近いにもかかわらず、孤立したその立地条件。
交通ポイントもあるから、移動は短距離で済む。
つまり。
「儀式だかなんだか、絶対知られたくないあれこれを行うには、願ってもない物件だったろうな。」
「そんな…!」
「地下への通路の一部は、館を手に入れてから拵えたんだろうし、実際、地下室には他の犠牲者の痕跡もあった。1人や2人じゃなさそうな感じだ。」
痕跡、は婉曲表現である。
エドとカミラが発見したものは、むしろ〝残骸〟に近い。
ワッツは青ざめたまま、どこを見るでもなく呆然としていた。
が、ふとエドに目を転じる。
「あの。小鳥がいましたよね?あれは?」
「幽霊、だそうだ。オレにはわからんが、そういうモンもあるらしい。なあ、リュウ?」
「なんで俺に振る。守備範囲外だ。」
「エ?ああ…。」
そういえば、とエドは思い出した。
以前の事件で、リュウはリスベット(の幽霊)から頼み事をされていたが、普通なら幽霊などという弱い存在は、リュウには近寄れないらしい。
そんなことをすれば消し飛んでしまう。
今回カミラも言っていた。
幽霊は、肉体という鎧がない状態で、そのままでは消滅を待つしかないのだと。
リスベットは、エドの生気を借りることで、リュウに話しかけられたらしい。借りるものと借りられるものとの間には、相性の問題があり、誰でもいいわけではないという。
なら今回、クーは?
あの男の子、ジェイミー・オードの生気を借りていたのだろうか。
そういえば、ジェイミーとクーはどこに行ったのだろう?
地元警察が到着した頃、慌しさに紛れている間に、いつの間にかいなくなっていた。地元の子だから、家に帰ったのだろうと、特に気に留めてはいなかったのだ。
どっちにしても、カミラがクーについて話した時の反応からして、このワッツという女は、ありのままの事実を受け入れるにはアタマがかたすぎるだろう。
「まあ、信じるもの信じないもあんた次第だが。」
「幽霊なんて…。」
「だよな。オレもそう思ってた。…て、調書はほとんど終わったから、一旦お帰りいただいて大丈夫だ。必要なら、来た時と同じ手段でお送りするが?」
同じ手段とは、ラグナロク管理の〝ゲート〟である。
「あ、いいえ。もう暫くゾーイに付いているつもりです。ホテルも予約できたし。帰りは自分で。」
「了解した。できたらゆっくり休んでください。又お聞きしたいことがあるかもしれないから、そん時はよろしく。」
ワッツは頷いたが、そのあと、ひどく言いにくそうに「あの、特別捜査官…」と切り出した。
「何か?」
「私…、よく考えたらまだあなたにお礼を言えていなかったわ。ごめんなさい。それで、あの、ありがとうございました、本当に。ハグしていいですか?」
「あ〜。うん。これが仕事なんでね。でも、良かったですよ、間に合って。」
ぎこちないハグのあと、ふとワッツが呟いた。
「あの子。ジェイミー・オードって言うんですよね?」
「ああ。」
「その名前、聞き覚えがある気がして。ずっと引っかかっていたんですけど…。」
「地元の子だしね。」
「いえ、そんなじゃなくて。たしかあの絵本、〝ジュルバインの黄金竜〟に出て来た名前じゃなかったかと。そんな偶然、あるもんなんですね。」
エドは、一瞬言葉に詰まった。
2人の会話を聞いていたリュウが、携帯インカムを取り出して装着する。
「ルイ。今少し大丈夫か?」
相手の言葉は聞こえないが、通話相手は間違いなくルイ・デュボア大佐だろう。
盟主近衞、飛竜遊撃隊の指揮官にして、黒猫少尉の上官なのだが、その正体は巨大な金色のドラゴンだ。
つまりは、伝説にいう、黄金竜本人である。
「ルイ。ジェイミー・オードについて教えてくれ。」
それだけ言って、あとは相手の言葉に耳を傾けていたが、やがて頷き、通話を終えた。
「ど、どうかしたのか、リュウ?」
突然始まった、背筋のザワザワが気になるエドである。
これは悪い予感、というか本能の警告というのか。
リュウはインカムをしまいながら呟く。
「大したことじゃない。偶然なのか必然なのか決めかねているだけだ。」
「んな、何もったいぶってんだよ?博士じゃあるまいし?」
「俺も医学博士だが?まあそれは置いといてだ。エド、その少年の外見について教えてくれ。」
難しい顔(と、エドにはわかる表情)で、リュウは何ごとか考えているらしい。
「10歳くらいで痩せ型、身長は130センチ程度。髪は赤みのあるブロンズ色、目は灰色で大きい。ハッキリした顔立ち。わりと目を引く感じの、可愛らしい子だ。あ、左の額、生え際のあたりに、三角形の赤いアザみたいなモンがあったっけな。」
エドの説明に、ワッツも頷く。
「形が変わってたわ。小さな逆三角形を二つ積み重ねたみたいな。」
「なるほど。するとルイの言った通りか。」
「エッ?あの子、黄金竜の旦那の知り合いってことかい?」
「ああ。少なくとも、名前と外見は一致しているな。だが、その子供はもうこの世にいないはずだ。」
「えっ!」
「…はっ?」
エドとワッツが時差でハモる。
「ルイが、つまり黄金竜がジュルバインの地を訪れたのは、凡そ250年前だそうだ。ルイはその地で、ジェイミー・オード少年と出会い、物語のような冒険をして、別れた。少年がその後どうなったかはわからないそうだが、彼は人間だ。今まで生きているはずもないだろう。」
「そんなバカな…!じ、じゃああの子がその、幽霊だったって?」
「とも言い切れん。実在のジェイミーか、それとも物語の登場人物なのか。」
リュウは、ゴーグルを外して微笑んだ。
「どちらでもよかろう。」
「…。」
「あっ!」
「どうしました、ミズ・ワッツ?」
「あっ、あのう…、先生?」
「はい。」
「リマノ宮殿の上級医療技官の…リュウ・カンバラ先生、で合ってます?」
「そうですが。」
「ブリュンヒルデ正妃殿下のお兄さまでいらっしゃる…?」
リュウとエドは顔を見合わせた。
エドはニヤっと笑い、リュウは無表情であるが。
「彼女は妹ではない。私の妻です。」
「そうそう。おめーのヨメだよな確かに。犯罪的だが。」
ひひひ、と笑って、リュウに睨まれたが、エドは痛くも痒くもない。本気で怒らせたら瞬殺されかねないが、この程度で怒る男でないことは知っている。
ワッツは絶句した。
ただ呆然として、リュウの人間離れした顔を見つめている。まあリュウが誰だか知って、正面切って見つめる度胸は大したものではあるが。
「つまり、黄金竜のダンナはこいつの知り合いだ。しかし、ジェイミーは…。」
そう。
一体何なのか?
お付き合い頂きありがとうございます。
事件はまだ終わりません。
次回もよろしく♡




