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エドと博士のはみ出し日記  作者: WR-140


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73 黒魔術

「言いたいことはそれだけかの?」

 カミラが言い放った。

 ハントの顔が、怒りにそまる。カミラの細い喉を潰そうとするかのように、腕に力がこもる。

「お前も死にたいのか?」

 掠れた声。

 だが、そこまでだった。

 突然、ハントの表情が歪んだ。

 口から声にならない悲鳴が溢れる。悲鳴は喉を塞ぎ、喘ぎだけが引き攣った唇から漏れた。

 カミラは、スルリとハントの腕から抜け出た。直接。

 バキッ!

 ハントの手首で鈍い音がした。カミラの細い首をへし折ろうとしていた腕がゆるむが、それはハント自身が意図した動きではないようだ。

 誰もハントに触れてはいない。

 痛みに霞む目が、驚愕に見開かれた。

 指が。

 1本ずつあらぬ方向に動き、やがて。

 パキン、パキン、パキン…。

「ぐわっ!!」

 くぐもった叫びは、人間の声より動物の吠える声に近い。誰1人男の体に触れてはいないのだが、5本の指の全ての関節が、ありえない向きに曲がり固定されていく。

 次いで、奇妙なオブジェのように変形した手が、真上へ挙がる。限界まで挙上された腕は、しかしそこで止まらず、更に上へ上へと上がっていく。

「ウワアアァ!?」

 ハントの悲鳴が響き渡った。

 まるで巨人に手首を掴まれてそのまま持ち上げられたかのように、ハントの足が床を離れ、更に上がっていく。

 苦痛と、驚愕。

 極限まで見開かれた目。

 自身の身に何が起こっているかわからないうちに、ハントの足は、エドの頭よりも高くなった。

 この間、カミラはハントの方を見ようともしなかった。

 見る価値すらない、とでもいうように。

 ただ、彼女の肩にとまった薄緑の小鳥は、ビーズ玉の目でしっかりとハントを見据えていた。


「博士、それ以上やると手首がちぎれちまいますけど?」

「なに大事ない。他者にはそれ以上のことを繰り返して来たのであろ。」

「はあ。そうなんでしょうね。」

 カミラはチラッとハントを見上げる。

 その汗と苦痛の涙に塗れた顔を。

「醜悪じゃの。」

 淡々と言い捨てた。

 その点はエドにも依存はないが、こんな目に遭わされたら、誰でもこういう顔つきにはなるだろう。

 遠くから、サイレンの音が聞こえる。

 ここに着くまではまだかなりかかりそうだ。

 到着まで、ハントが意識を保てるか疑問ではある。


「で、なんでおめーがここにいる?」

 数刻後、司法省病院の1号棟の病室。

 ドアがスライドするなり、エドが発した言葉がそれだった。

 患者が横たわるベッドの傍らには、ラフな私服に医療ゴーグル姿のリュウ。

「医者が病室にいておかしいか?」

「オメーが、って言ってんだろがこのタコ!ヒマか。」

「俺はこの患者の主治医なんだが?…ああ、そちらが関係者の方ですか。どうぞお入りください。」

 エドの後ろから、恐々室内を覗き込んだのは、コーネリア・ワッツである。

 その目は、医療用ベッドの上に釘付けだった。

「ゾーイ…。」

 呟きが漏れた。

 患者は眠っている。

 カミラとエドが彼を発見した時は、性別すら定かでない状態だったが、今は明らかに若い男性の姿に見える。

 欠損していた身体パーツは、概ねカミラによって修復されていたのだが、意識はまだ戻らない。

 ワッツは、差し出された椅子に機械的に腰掛け、ただ患者を見つめていた。

 うっすら涙ぐんでいる。

 患者のおおまかな現状はすでにカミラから説明済みだった。

 そのカミラは珍しく「疲れた」との言葉を残して、ひと足先に帰った。


「確かにイケメンだな。千絵ちゃん、ファンなんだって?」

「…なんだと?」

「え、知んねえの、おまえ?」

「初耳だ。」

「へ〜。そりゃまた。」

 明らかに動揺した(と、エドだけにはわかる)リュウの顔を覗き込み、ニヤリと口元が緩む。

「子供みてーなトシのアイドルに嫉妬かよ?ダセー。」

「悪いか。」

「悪くはねーけど。で?」と、エドはベッドの方にあこをしゃくった。

「意識はすぐにも戻るはずだ。ただ、その先は本人次第だな。」


「先生、あの、ゾーイはこの先…」

 ワッツの問いに、リュウは頷いた。

「生命に別条はありません。身体機能も徐々に回復するでしょう。ただ、しばらくは、ダンスパフォーマンスや歌唱は難しいでしょうね。」

「暫くって、具体的には?」

「患者さん次第ですが、まずは3ヶ月。身体のあちこちが欠損していたのを補綴した関係で、最初は強い違和感があります。まずは歩行するところからリハビリが必要でしょう。」

「か、身体が、欠損って、それ…」

 震える声に対してエドが答える。

「言葉そのまんまだ。義理の甥御さんは、よく頑張ったよ。生き延びたのは奇跡だ。」

 仮に死んでいても、死亡直後ならカミラによる蘇生は可能だったが、そこまで伝える必要はない。

「よかった…。生きててくれて…。」

 ワッツはそう呟いて、患者の手を握る。

 微かなうめき声と共に、うっすら患者の目が開いた。

「ゾーイ!せ、先生、意識が!」

「…コニー姉さん?」

 リュウがベッドサイドに歩み寄り、ゴーグルに表示されるバイタルの数値をチェックした。「失礼」と声を掛けて、彼の手首と頸部に、指先を触れる。

患者は強い混乱に見舞われている様子だ。更に、全身に振戦がおこり、痙攣の兆候が現れた。

 眼球が反転して、白目があらわになる。

 ワッツはあまりの急変になす術なく、椅子から立ち上がった姿勢て立ち尽くしている。

 リュウが口頭で薬剤投与の指示を与えると、すぐに医療アンドロイドが、必要な物品を揃えたカートを押して現れた。

 処置の後、リュウの許可を得て、エドが患者に話しかけるまで凡そ30分。

 その頃には、彼の様子はかなり落ちついていた。

 あくまで表面上は、であるが。


 肩書きと姓名を告げ、ここがどこか、何故いまここでベッドに寝かされる羽目になったかを簡単に説明する。

「そう…ですか。」

 と患者は頷いた。

「それで、君はゾーイ・ルカス・ワグナー、22歳、で間違いないか?」

「はい。」

「キミに危害を加えたのは、ヤヌス社の不動産事業本部長、ウィルベリー・ハントとして知られている人物、で間違いない?」

「はい。」

 そう答えたゾーイは、訝しげな視線をエドに向けた。

「として知られている、って…?」

「本名じゃない。」

「は?」

 ゾーイとワッツが、同時にそう聞き返した。エドは、2人に説明する。

「先ほど確認した。奴の本名は、アントン・ヤヌス。ヤヌス社の現会長だ。」


「どういうことですか、捜査官?」

 ワッツの顔は青ざめていた。

「だって、会長はとっくに100歳を超えた老人のはずてすよね?」

「そういうことだ。つまり、あー、そっち方面はオレよりセンセの方が詳しい。おい、リュウ。」

 医師は頷いた。

「老化防止と延命には様々な方法がありますが、アントン・ヤヌスが用いた方法は極めて古典的なものの一つです。一般には〝黒魔術〟と言われているものですね。」

「はい?それは、あのう、御伽話に出てくるあれでしょうか、先生?」

「御伽話なら良かったんですが。残念ながら、黒魔術は実在します。」

 ワッツが、猜疑心に満ちた表情を医師に向けた。

「揶揄ってるんですか?いくらなんだって、このご時世にそんな馬鹿な話はないでしょう?」

 医師は穏やかにワッツを見返した。

 エドは内心頷いた。

〝このアタマのカタそうな女じゃ、こうなると思ったぜ〟

 だからリュウに押しつけたのだ。

「魔法はご存じですね?」

「え?ええ、それはでも、不安定であまり大したことはできないでしょ。」

〝まあ、フツーはそうだわな〟

 とエドは思う。しかし、カミラやリュウ、魔法ではないが、ドラゴンの権能をもってすれば、とてつもない奇跡が可能だと知っている。

「魔法は、個人の資質によるところが大きく、結果は不安定です。一方で黒魔術とは、その行使に魔力はなくても良い。ただし、因果律に干渉するからには、等価交換の原則が適用される。つまり、ある結果を望むならば、それにふさわしい対価を差し出さねばならない。」

「対価…?」

「生命には生命を。そういうことです。」




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