72 理由は他にある
それにしても、である。
小鳥と、ゾーイとやらの探し物が同じ児童書だ。
さっきの本は、クーが探しているものとは違うらしいが、それでも探していた場所はここだしタイトルは同じである。
やはりこれは偶然ではないのだろうが、意味はさっぱりわからない。
「しかし、ワッツ次長。これほどの数の本から探すのは大変だ。どのあたりにあるかわからないのかね?」
「さあ…。」
「ゾーイに直接探させれば良いだろうが?彼もワッツ一族の出だしな。」
どこか皮肉混じりの口調に、ワッツの唇の端グッと引き攣る。
「ゾーイは忙しいので。」
「それはそうだろう。妃殿下がご臨席になるとなれば、更に。まあ、彼の頼みとあれば仕方ない。探すとするか。」
カミラがふと目を伏せ、それからエド視線を寄越した。
〝了解〟と内心で呟いて、エドは本棚に戻していたあの本を取り出した。
「これじゃないですか?」
何食わぬ顔で、ワッツにそれを見せる。
「あ、はい。これだわ。どうもありがとうございます。」
「なぜこの本をお探しでしたの?」
不意にカミラが尋ねた。
ワッツは、手にした本をぼんやり眺めながら、独り言のように呟く。
「この館は以前、私の一族の所有でした。かなり前にここを離れたんですが、義理の甥が…。ゾーイは、私の育て親の孫で、先日急に紙の絵本版のこのお話を見たいと言い出しまして。私、その時はここにあったのを忘れてて。」
ハントが頷いて補足した。
「建物は我が社の所有ですが、家具調度品などは、まだワッツ家の所有なんです。次長は直系でしてね。さあ、目的は果たした。帰るか、次長。」
「少し待ちや。」
凛とした少女の声で、カミラが2人を制止した。いつのまにか、その白い指先に薄緑の小鳥がとまり、ビーズ玉の目でじっとワッツを見ている。
「何か?」
訝しげにハントが聞いたが、カミラは完全に彼を無視した。
「クーの探しものは、その本ではなくて、本を探しに来るコーネリア・フィリス・ワッツ、そなたであったか。」
優しい声。
ワッツが驚いた顔でカミラを見つめた。
「どうして私のミドルネームを?」
「クーが、いやクーデリカ・マリ・ワッツが教えてくれた。」
「!?」
ワッツの表情の変化は劇的だった。
驚愕。次いで強い不審。
「だ、誰に頼まれたの!?あなた、何もの?」
「ハイハイ、あのな、ちょっといいか、ワッツさん?」
エドの突然の介入に、ワッツは更に不審の目を向けた。
今にも噛みつきそうな様子である。
まあ無理もなかろう、とエドは思う。
人相風体、どこをとっても胡散臭さしかないことくらい、自覚しているのだ。
エドは、身分証を取り出した。所定のコードをオンにして、ワッツの前に差し出した。実はこれが正式な手順なのだ。
身分証の画面には、何も表示されてはいないのだが。
「あんたの端末で認証してくれ。」
「…?」
「オレらは殺人事件の捜査中だ。さあ。」
「何を言ってるの?あなた誰よ!?」
エドは、無言で身分証を示した。
ワッツは、身分証とエドを交互に見ながらも、黙って自分の携帯型情報端末を身分証に近づけた。
ピロン、と軽い音。
自身の端末画面を確認して、ワッツの表情が混乱そのものに変わる。
「えっ?あ、あなた、えっ!?」
「オレはエドガー・カリス。連邦司法省所属の上席特別捜査官だ。」
上席、とか自分で名乗るのは鬱陶しいが、実際それが正式な肩書きだからしょうがない。このワッツという女性はかなり〝正式な〟手続きにうるさそうなタイプであるから、順守するに越したことはない。
後から問題になったりしたら、もっと鬱陶しくなるだろう。
「あと、こちらのヴォルティス博士が仰ったことは、完全に真実だぜ。更に言うなら、オレは勅命により彼女に随行してる。だから、アンタらは今は黙って博士の言葉を聞いた方が良いだろうな。」
「ちょく…めい?」
まさか、というように、青ざめた顔でワッツはエドを凝視した。
連邦の上級公務員がその言葉を口にするなら、対象はただ1人である。
エドにとっては、勅命などというクソ面白くもないハナシではなくて、ダチのムチャ振りで、と言いたいところだが、まあ対外的には勅命としておくしかないだろう。
固まってしまったワッツ。
彼女とエドらを見ながら、困惑した様子のハント。
「これはどういうことですか?」
「アンタも少し黙ってて貰おうか。おっと、どこへ行くつもりだい?」
「ワッツ次長のプライバシーに関することなら、私が同席するのはまずい。彼女の直属の上司と顧問弁護士を呼びます。」
「いや、彼女には弁護士はいらねえよ。弁護士が必要なのは、アンタの方だ。」
ハントは、訳がわからないというようにエドを見た。
「はい?何ですかそれは?」
大した役者だな、とエドは感心した。
演技は完璧である。だが。
「先に謝っとかねーとな、ハント。3階の光学スクリーンはあんたの私物か?アレ、結構したろ?」
ハントの顔から、全ての表情が抜け落ちた。
視線は全く動かない。
〝コイツ…〟〟
エドはその瞬間、ハントが見かけ通りの無害な人間ではないことを悟った。
見かけより危険な相手である。だが。
〝この状況でコイツが取れる選択肢は多くないが、その中にコイツにとっての最悪手が含まれている〟
エドの正体を知ったら、相当腕に覚えがある犯罪者でも、出来る限り戦闘は避けようとするはずだ。
連邦司法省の特別捜査官とは、そのような存在である。
だから、後は一目散に逃げるか、もしくは人質を取り逃亡を図るかの2択だが。
〝最悪手を選びやがったか〟
「動くな!」
ハントの声が飛ぶ。
〝やれやれ〟と、エドは内心ため息を吐いた。〝まあ、そうなると思ったが。〟
ハントは、カミラを人質(?)にとったつもりらしい。背後からその細い首に腕を回して、強く締め付けている。
「あのな、ハント。それだけはやめとけ。命が惜しいなら、な。」
エドは、淡々とそう告げた。
「アンタ、オレが博士の護衛だと知って、博士がVIPだと判断したろ?そこまでは正しいんだが、博士には護衛なんぞいらねーよ。そのおひとはな、バケモンだ。」
「これ、エド。口が過ぎよう。」
ハントは、ギョッとしてカミラを見下ろした。彼の感覚では、カミラが声など出せるはずはない。それほど強く喉を締め上げているのだ。
だが、カミラの淡々とした声は全く掠れも動揺もなく続けた。
「ハントとやら、そなた何故に殺人を。」
質問ではない。
〝博士には答えがわかってるみてーだが〟
ワッツが驚愕の表情を浮かべた。
「な、何のこと!?本部長、これはいったいどういうことです?」
「聞いた通りだ、ワッツ。そうそう、お前の可愛いゾーイも、残念ながら妃殿下のご前でステージに立つことは不可能だ。なぜって、もう生きちゃいないからな。」
「なっ!?」
ワッツは、その場でフリーズした。
「そんなつもりはなかったが、あちこち身体が欠けてしまってねえ。まあ、ゾーイが生意気な口を聞いたせいだから仕方ないのだが。まだ死にたてだから、拾い集めるのはラクなはずだ。桶に入れるには、そうするしかないだろうな。」
「博士。ゾーイって?」
「なんじゃ、知らぬのか?例のアイドルグループのセンターじゃ。所属はヤヌス社芸能部門よの。」
「あ〜。」
死にたてというならば、保護したあの若者のことだろう。つまり彼は、死んではいない。
しかし、意識が戻るまでまだかなりかかるだろうし、更にリハビリとなると…。
ワッツの挙動が妙だった理由は、つまりそのゾーイの行方不明だったのた。
「何故…」
別人のように掠れた声で、ワッツが呟いた。今にも崩れ落ちそうだ。
「何故だって?」
ハントがせせら笑う。
「妃殿下がステージを観にくると、役員連中皆が舞い上がってたからに決まっているだろうが。馬鹿者どもが。」
「そんな理由て…」
「そんな理由だと?はは、お前らはいつもそうだ。あの時、お前を殺し損ねたのは誤算だった。双子の片割れは殺れたがな。」
ハントは哄笑しながら、ジリジリと出口へ後ずさる。逃亡するつもりのようだ。
「お前の祖父母と両親、双子の片割れを殺したのは私だよ、ワッツ。ゾーイと、それにあと何人かもな。ワッツ一族の奴らがみな死に絶えるまで続けてやるから楽しみにしているがいい。」
ワッツは蒼白な顔のまま、今にも倒れかねない。だが、一言ひとこと言葉を押し出すように再度、尋ねた。
「何故殺したの?」
「馬鹿か、お前。殺したかったからに決まっているだろうが?」
心底呆れた顔で、ハントはそう答えた。
〝いや。それだけが理由じゃねえな。〟
と何故がエドは直感した。
何か、そうしなければならない理由が、他にもある。
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