71 殺人犯はここにいる
訪問者は2人いるようだ。
門を入るあたりからは、エドにも人数だけはわかった。
マシンアイに内蔵されたマイクを向けてみると、どうやら男女2人であるようだ。
門から少し入ったあたりで立ち止まって会話をしている。
会話の内容まではよく聞き取れないが、お世辞にも和やかな様子とは言えない。
女の声が一方的にまくしたてるのを、男が軽くいなしているが、苛立ちは隠しきれていないようだった。
カミラには会話の全てが聞き取れているのだろう。
「博士?どうかしたんすか?」
カミラの口元に、ある種の笑みが浮かぶのを、エドは訝しく思った。
〝ン?ヤベェ。何かヤベェ気がする、コレ…〟
本人は甚だ不本意だが、こういう予感はよく当たるのだ。
「獲物じゃ。妾の指示通りに動いてたも、エド。」
「了解。」
拒否する選択肢は、ない。
とりあえずエドとジェイミー少年については、カミラの同行者とすることで話はついた。
クーもカミラが引き受けた。
「妾に任せるが良い。」
彼女の手が触れた瞬間、クーの姿が忽然と消えたことに、ジェイミーはひどく驚いた様子だが、再びカミラの手にとまる、元気なクーの姿を見て安心したらしい。
次にクーの姿が消えても、危機感はないようだった。
子供の順応は早い。エドはいまだに日記帳の収納先が気になって仕方ないのだが。
訪問者は玄関からホールに入ったが、まだ会話中だ。
「いいかげんに落ち着きたまえ、ワッツ次長。」
と、いささかうんざりしたらしい男の声がはっきりと聞こえた。
「私は落ち着いています!」
ややヒステリックに答えたのは女の声である。凡そ落ち着いているとはいい難い声音だ。
2人は廊下を歩きながら、徐々に近付いて来る。
やがて図書室のドアが開いた。
入り口には男女2人。少し驚いた様子で立ち止まった。
「だ、誰?」
「待ちなさい、ワッツ次長。」
女性の鋭い問いかけを、男性が制止して前に出た。満面の笑顔だ。
「リマノからこられた方々ですね?」
「そうですわ。」
平然と答えたのは、カミラだった。
「初めまして。私は〝月の宮〟から参りました、カミラ・ヴォルティス。この2人は私の連れです。それで、あなた方は?」
〝どうなってんだ!?〟
色々とツッコミたいエドである。
カミラがフツーに話せるのと、芝居が犯罪的に達者なのは知っていたが、ここで何故〝月の宮〟が出てくる?
カミラは、一言も嘘は言っていない。彼女の公式宿舎はまさにその〝月の宮〟である。
そういえば、どういう名目で立ち入り許可を取り付けたか、エドはまだ聞いていなかった。
男は愛想よく入ってきて、カミラにネームカードを差し出した。
「初めまして。ウィルベリー・ハントと申します。門の錠が開いていたので、いらしているのではないかと思ってましたよ。私はこの館の所有者である、リトベリー・ヤヌス氏が会長を務めるヤヌス社の、不動産部門を統括しております。こちらは、同じく当社芸能部門の次長で、コーネリア・ワッツ。」
男は腰をかがめもの柔らかに挨拶して、カミラと握手した。一方ワッツという女は、呆れたような表情で、不信感を隠そうともしない。
無理もなかった。
カミラの外見は、どう見たってローティーンの子供だ。むしろ、全く動じない男の方が異常ではある。
しかしこのご時世だ。
大戦からこちら、再生医療は目覚ましい進歩を遂げている。時間と金をかけ科学的な手段に訴えるが、あるいは腕のいい魔法医師に出会えれば、人の外観はどうとでもなるのだ。
つまりは、子供に見えるものが子供とは限らない。あり得ない外見に、いちいち驚いていては、それなりの会社の重役はつとまらないだろう。
カミラがハントという男と、社交辞令を交換している間に、エドはじっくりと2人を観察した。
2人とも隙のないビジネススーツ姿。
髪型は最新流行ではないが、きちんと整えられていて、服装によく調和している。
痩せ型で中背。習慣的にジムに通っていそうな体型。
つまり、都会の会社員によくいるタイプである。女性の方はかなり緊張感を漂わせているが、男性の態度には余裕があった。
データベースに照会してみたが、どちらも前科や前歴はなさそうである。
見たところ2人とも、エドと大して年齢は違わない。
男の方がエドよりすこし年上だろうが、それでもまだ40位か。女性は30代になったところかもしれない。
外見は当てにならないとはいえ、この若さでそれぞれの地位にあるならば、可能性は二つ。
それなりの実力者か、もしくは強力なコネの持ち主か、である。
〝両方ってセンもないじゃねえが、女に関しちゃそれはねえかな。〟
カミラに向けたあの表情。
よく言えば正直だが、これではヤヌス社のようなそれなりの大企業で、頭角を現すのは難しいだろう。ヤヌス社はこの地で創業してかれこれ200年以上となるが、現在の総責任者である会長は海外在住だ。
すでにかなりの高齢のため、本社の重役達が実際の経営に関与しているらしい。
「なるほど、ではこちらが護衛の方でいらっしゃる?」
と、男がエドに手を差し出した。エドは簡単に姓名だけを告げて握手に応じる。
「それで、こちらは?」
と、男はジェイミーに目を転じた。
カミラがにこやかに説明する。
「私の遠縁の子ですわ。この近くに住んでおりますの。たまたま私と同行したいとわがままを申しまして。ほら、ご挨拶なさい、ジェイミー。」
「あ、どうも。」
エドが驚くほど自然な振る舞いで、ジェイミーはぺこりと頭を下げた。
全く悪びれる様子はない。
これだから子供は恐ろしい、とエドは思う。ジェイミーは、自分が不法侵入者という犯罪者であることを、大して自覚していないのかも知れない。
「素晴らしい図書室ですわね。」
カミラが愛想よく微笑んで続ける。
「妃殿下がお気に召すでしょう。書物を好まれます故。」
「それは有難い仰せですね。君もそう思わないか、ワッツ次長?」
ハントはにこやかにワッツを振り向いたが、そこで〝おや?〟と言うように動きが止まった。
「どうしたね、ワッツ君?気分でも?」
「いいえ。何でもありません。」
が、その答えに反して、彼女の顔色はひどく青ざめていた。
「そ、それより。ハント本部長、妃殿下がこの都市にお見えになるというのは…。」
ハントの表情が険しくなった。咎める視線でワッツを見据える。
「何を今更?決定事項であることは既に伝えたはずだ。妃殿下のお席を押さえてくれたのは君だろう。この館もレプリカではあるが、システィルナ様式をよく伝える建築物として、ご訪問先の候補だから、こうして女官の方が下見に来られたわけだしな。」
「あ…。」
ワッツは、罠に掛かった動物のようにハントを、そしてカミラ一行を見た。
〝あ〜、博士が月の宮の女官って触れ込みか、ナルホドな〜。〟
と、エドはようやく合点がいった。
〝だが、ワッツは何で酷く嫌がってるように見えるんだ?普通、妃殿下のご訪問となれば、両手を挙げて歓迎しそうなもんなのにな?〟
訪問の招請に必死な都市は多い。月の宮の門前には、嘆願者の列ができることもあるのだ。
ラグナロクはその訪問予定に便乗して、立ち入り許可を取ったのだろう。それならば、断わる個人も企業もまずないはずだ。
〝問答無用の力技ってヤツな〜〟
エド的には何となくモヤっとするが、ま、世の中そんなふうに回ってるんだろうと考えることにした。
「少し休まれては?本当にご気分が悪そうですわ。」
カミラに促されるまま、ワッツは椅子に座った。
「困ったな。大丈夫かね、ワッツ次長?」
「だ、大丈夫です…。」
「とてもそうは見えないが…。まあいい。それで君の探しものはどこにあるのかね?」
「この図書室にあるはずです。私の探しものではなく、ゾーイの探しものですけど。」
ハントが一瞬固まったように見えた。
「…タイトルは?」
「ジュルバインの黄金竜。」
偶然?
いや、この場合必然か。
エドは、カミラの無表情に目をやり、次いでジェイミーを見た。ジェイミーの顔に現れたのは、ただ驚きである。
それはそうだろう。エドのカンは、これが偶然の一致ではないと主張していたが、なぜそうなのか皆目わからないのだ。
再度、カミラを伺う。彼女の無表情はそのまま、エドを見もしないのだが。
『大体のことはわかった。』
突然の内緒話である。その声に、ある種の悦びが混じっているのを、エドは聞き取った。
『アリス。聞いておろう?』
『ええ、博士。』
『通報を。ここに殺人犯がいる、とな。』
『了解。』
会話はそれだけだ。エドには一言の解説もなかったが、まあ成り行きに任せるしかないのはいつものことてある。
しかし、殺人犯?誰が?誰を?
何の根拠で?
ありがとうございます!
次回もどうぞお付き合いくださいませ。




