68 それなりの因縁はあるらしい
「しかし、全部見て回るだけで、かなりかかりそうですね…。ギミックとか、気になる場所があるんなら、もっと範囲を絞れないっすかねえ、博士?」
「何じゃ、早くも弱音かえ?」
「効率!これじゃ全部見ない内に日が暮れますって。オレら、観光で来たわけじゃないんでしょ。」
〝確認したいことがあるっつったのは博士だよな。本人にしてみりゃ、観光と大差ないだろうが〟
と、エドはため息を飲み込んだ。
そもそも、ここに来たがったのはカミラである。ネットの記事がきっかけだった。
〝呪われた館〟
そのキャッチコピーから感じられるようなおどろおどろしい雰囲気はないが、ここがそんな名前で呼ばれるには、それなりのワケがあった。
「もうとっくに解決した事件でしょうに。博士、何だって今更?」
その点を確かめるのを、すっかり忘れていたのだ。
それこそ今更なのだが、呪われた館と聞いてから、カミラの意図どころではなかったのである。
人外の知人・友人が多数ありながら、エドはその界隈が非常に苦手だ。
特に、幽霊だとか呪いだとか、普通の武器ではどうにもならない辺りのあれこれが、である。
今までは、幸いにしてそんなものとあまり関わりにならないで来れたが、最近、幽霊と接近遭遇した。
リスベットという名の少女の幽霊は、エドには生身の人間としか感じられなかった。腕に抱いた確かな重みと質感、息遣いや表情まてがあまりに現実的だったから。
挙げ句、彼女から感謝の言葉まで貰ってしまった。
ならば、苦手意識が多少軽減しそうなものであるが、これがさにあらず。
怖いものは、怖い。
やっぱり、とにかく、怖いのだ。
それなのに…。
「何を考えておるのじゃ、エドよ?」
「あ〜まあ、あれやこれや?」
「ふむ。しかし、人の気配はないの。」
「…ですね。」
正確に言えば、交通ポイントから2人を追跡してきたらしい者を除けば、てある。
何ものかはわからないが、いまのところその追跡者から脅威は感じない。
近くには、それ以外の赤外線反応はなかった。
カミラが感知しているのは赤外線ではないらしいが、意見は同じだ。
「しかし…。」
ふと、カミラが呟く。
「やはり妾の印象は正しかったようじゃ。」
エドはドキリとした。
「正確な位置はわからぬ。気配はあまりにも弱っているが、しかし…。」
「か、勘弁して下さいよ〜。」
まさか、幽霊!?
来るんじゃなかった、とエドは青ざめた。
後の祭りである。
そもそもあれはは3日前だった。
カミラは、エドのオフィスのソファに座って、携帯型ビューワーでネットを眺めていた。
やや俯き加減の白い顔。波打ちながらソファの座面にまで届く、濃い青藍色の髪と、紫紺のゴシックドレス。
先端がスクエアカットになった、古風なエナメルのローヒールに、白のニーハイソックスと、動かなければ精巧な美少女の等身大フィギュアそのものだ。
淡い桜色の唇は小さく愛らしいが、長いまつ毛の陰の、紫紺の瞳と相まって、どこか凄みのある雰囲気を醸し出している。
この姿を目にするだけで、まるで一幅の名画を鑑賞するかのような感銘を受ける者もいるだろう。
が、エドにしてみれば、ただカミラがおとなしくしていてくれればそれで良い。
彼女が何かに興味を持つと、結局死にそうな目に遭わされるのが常だからである。
「案ずるな。死んだなら妾が生き返らせてつかわすほどに。」
ニコリともしないでカミラは言う。しかもそれは掛け値なしの真実だ。
だが、はいそうですか、と安心する者がどこにいる?
ケガの痛みも死の苦痛も、自分持ちだ。
幸いにして、まだ死んだことはないから、その苦痛は未知数だが、重傷ならなんども経験している。繰り返して慣れられるというものではない。
痛いものは痛いのだ。
「ふむ?」
あの時、カミラが、ソファの上で小さく呟いた。
「どうかしました?」
「いや…、しかし、それでは矛盾する…」
「?」
エドは書類仕事から目を上げて、別のスクリーンを立ち上げ、カミラの見ているサイトにリンクした。
「はあ?の、呪いの館、ですか?」
「いや…、少し趣きが違うようではあるがの、しかし、完全に的外れとも言えぬ。」
「はあ?意味わかんねー。」
「確かめねばならぬ。妾は早急にここに行きたい。」
また始まった。
「嫌です!呪いだとか、冗談はやめてくれっ!」
以後、エドの必死の抵抗虚しく、いま彼らはここにいる。
館は、かつて凄惨な事件の現場てあった、と記事は伝えていた。
元は旧家の本宅であったその館で、かつて、一家5人が殺害された。30年以上前の話である。
犯人は、その邸宅で虐待されていた使用人の若者だったという。
しかし、彼は行方不明となり、犯人は逮捕されないまま現在に至る。
殺害方法は凄惨なものだった。夥しい血が流され、その中には年端もいかない赤子のものもあったという。
殺されたのは当主夫妻とその長男夫妻、そして当主の孫にあたる、1歳半の女の子だった。
一家の遺体を発見したのは、住み込みの使用人だ。
いつもなら朝食の席に揃うはずの一家が、誰1人として現れないことを不審に思った執事が最初に見たのは、一部が乾きかけた血痕だ。
それは足跡。
男ものの靴のあとだった。
「何故今更ここに来たか、か。それはの、矛盾があったからじゃ。」
「ハイ。」
それは聞いた。だが、わけが分からない。
「つまりその殺人事件は、少なくとも30年以上前のことであろう?殺害されたのは、5人であったの?その後ここはほぼ無人となったと書かれておった。」
「ええ。」
「だが、妾が感じた気配は、その事件の被害者よりも多い。強い怨念、恐怖、苦痛、憎悪、そうしたネガティブな感情の焦点がここにはいくつか存在している。」
「他にも犠牲者がいたってことですか?」
旧い屋敷だから、ここで死んだものが他にいてもおかしくはないが。
「それらの気配がまだ新しいのじゃ。」
「ええっ?」
「ごく最近のものもある。その一家殺害事件とは、切り離して考えた方がよいであろうの。」
エドの表情が引き締まる。
幽霊云々は管轄外だが、殺人事件ならば守備範囲だ。
最近の、となると…。
「博士。新しい気配って奴、幾つありますか?」
カミラのいう〝気配〟は恐らく、リスベットの同類。
つまりは、意図せぬ非業の死にみまわれた、さまよえるものだ。
〝幽霊〟なんて言葉は金輪際使いたくないエドは、この際〝気配〟で押し通すことにした。
どう言い換えたところで本質は変わらないのだが。
カミラは、少しの間、俯いてじっと動かなかった。やがて目を上げ、何か動くものを追うかのように視線を巡らせる。
エドはゾクリとした。
「新しいものは、3体。」
「た、体とか言わないで下さいよ〜。」
カミラはエドの泣きごとを無視して続ける。
「それ以外に…。」
「そ、それ以外?」
「生存者がいるようじゃ。しかし、危険な状態ゆえ急ぐぞ、エド。」
「…!!」
カミラの両足が、床から浮き上がった。
そのまま、滑るように大階段を登る。
エドは、全力疾走でカミラを追った。
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