67 なんか普通の屋敷だが
結局。
「なるほど。ここか。」
「みたいですね。」
鉄の柵に囲まれた敷地。門は閉じている。柵越しに透かし見れば、門からは50メートルばかりの石畳の道が延びていて、その先が館の正面玄関だった。
かなり宏壮な屋敷である。
3階建て、左右対称で、玄関の上、2階部分にはバルコニーがあり、屋根は青銅の色である。
煙出しや煙突が設けられた、古めかしい作りではあるが、まだ筑後100年程度しか経ってはいない。
立入許可の申請時に、ラグナロクが確認したところによれば、現在の持ち主は海外在住で、館は無人である。
アイドルグループのファンクラブは、私有地への立ち入り許可を得ることなど眼中になかったらしく、強引に押し入ったのだ。
あとで問題になったからか、今は門扉にしっかりした錠が取り付けられていた。
とはいえ、その気になれば柵を乗り越えるとかして、侵入は難しくないだろう。
カミラならば、この程度の錠、素手で引きちぎりそうではあるが。
エドは、おとなしく預かってきた鍵を錠前に差し込んだ。
「開きました。行きましょう、博士。」
「ふむ。」
カミラは、なぜか錠を眺めていた。
特に珍しい物ではなくて、ありふれた市販品である。不法侵入対策で最近付けられたものだ。造りはしっかりしていて、信頼性は高そうだが、それだけだ。
「どうかしましたか?」
「…いや。大したことではない。」
「?」
歩き始めたカミラの後を追う前に、エドは門扉を閉めた。内側からは鍵がかからないし、カンヌキを通すための輪っかが付いてはいたが、肝心のカンヌキがないからロックのしようがない。
その間にもカミラはスタスタと進んでいく。が、エドはわずかな違和感に首を傾げた。
〝あ、そうか。博士、歩いてるな〟
人目がない場所では、彼女は歩くというよりも、浮かんだまま移動することが多い。その方が楽なのだ。
体が不自由なわけではなくて、労力の問題なのだろう。その気になれば今日みたいに、かなり勾配のキツイ山道も、平地と同じように歩けはする。
つまり、尾行者の存在があったからか?
もしくは、単なる気まぐれか?
彼女の場合どっちもありそうだから、気にしても仕方がない。
2人が館に向けて歩き出した後、茂みがカサッと音を立てた。
そこから上半身を出したのは、10歳ばかりの男の子。その肩には、一羽の薄緑の小鳥がとまっている。
少年はしばらくの間、2人の後ろ姿を見送っていたが、彼らが館の中に入るのを見届けると、茂みから全身を現した。
クルル、と、肩の小鳥が鳴いた。
「うん。わかってる。でも、君の欲しい本どこにあるんだろう?ここには本がいっぱいありそうだしね。」
小鳥は黙って首を傾げた。少年は少し不安そうだ。
「僕に見つけられるかなあ?とにかく、探さないと。」
少年は意を決したように門扉を押した。
開いた隙間から体を滑り込ませ、またキチンと閉め直す。勝手に入ることに、いささかの後ろめたさを感じている様子だ。
最初は躊躇いがちに、それから足早に少年は駆け出した。
館の玄関に向かって。
「でけえなぁ。」
エドは、無駄に広いエントリーホールで呆れた声を上げた。
3階まで吹き抜けになっているから、天井はかなり高い。シンとした空間に、声がよく響く。
「放ったらかしかと思うたが、定期的に清掃されているようじゃの。」
「ハイ。アリスによると、半年に一度、メンテナンスを入れてるみたいですね。」
どこも崩れたり、汚れたりはしていないことに、エドは少しホッとした。
〝無人の廊下を、夜な夜な血まみれの赤ん坊が這っている〟だとか、〝泣き叫ぶ女の声がどこからともなく聞こえる〟など、
定番で陳腐ながらも、噂はかなりおどろおどろしい。
しかし明るいホールからは、そんな気配は微塵も感じられない。
「手入れされているなら、施錠もされていたのではないか?ファンクラブの者らはどうやって入ったのじゃ?」
「調書では、不法侵入者は、鍵が壊れていたと供述したそうです。が、それは少しでも罪を軽くしようとしたウソの可能性があります。」
「なるほどの。」
カミラはいつのまにか例の日記帳を手にしていた。小さく繊細な手では持ち上げるのも一苦労に見えるが、まるで小さなメモ用紙を手のひらに乗せた如く、軽々と。
開いたページを何げなく見て、エドは少し驚いた。
「それ、見取り図っすか?」
「左様じゃ。」
「器用なもんですね、博士。」
「何を言うておる。そなたもこのくらいはできようが。」
話しながら、カミラはサラサラと鉛筆を走らせていた。フリーハンドとは思えないほど完璧な直線だ。
酔っ払ったミミズの這いあとみたいな筆跡とはエライ違いだ、とエドは思ったが、カミラに気取られる前に慌てて思考を切り替える。
彼女の全方位知覚は、壁程度の厚みなどものともしないらしい。
「オレにゃムリです。にしても、たしかに広いなあ。」
カミラの〝公式〟宿舎である離宮は、庭園こそ広いが建物自体はさほど大きくない。連邦の所有ではなく、皇族の個人資産だからかもしれない。
対して、ここは建物自体が大きく、部屋数は100近いと見えた。
造りは単純だ。
吹き抜けのホールを中心にして、左右の翼それぞれの中央に廊下があり、その両側に部屋がある。
各階の廊下の突き当たりには階段が設置されていて、エントランスホールの大階段を含め3箇所から登り降りできる造りだ。
カミラは、見取り図にも何やら文字を書き加えていたが、こちらは一文字たりとも読めなかった。
魔界の言語だから読めないのは当たり前なのだが、それ以前にあまりの悪筆で、文字と認識することすら難しい。
何せその言語を識っている、アリス=ラグナロクが、判読不能を認めているのだ。
漫然と眺めていたエドは、見取り図のある部分に注目した。
「博士、そこは?」
「ふむ。問題は、入り口じゃ。ギミックのようなものがあちこちにあるが、鍵か何かが必要であろうよ。」
エドは頷いた。カミラの意図するところがわかったからた。
「それとの。この館のあちこちに、一種の〝魔除け〟が施されて…、待ちやエド、その目つきは何ぞ?」
「エ、だって、〝魔〟除け、っすよね?なんともないんてすか、博士?」
カミラは呆れたようにため息をついた。
「そなた、妾を何と心得おるのじゃ?このようなもの、末端の民にすら効果あるまい。」
つまりカミラ基準に依れば、最底辺の魔族すら退け得ない程度の、ごく弱いものということだ。
「門の錠にも施されておった。何ものかの出入りを阻止する目的であろうの。まあ、開錠時は効果がないが。」
奇妙な話である。
空き巣犯の侵入を阻止するならまだわかるが、そんな弱い魔除けが何の役に立つ?
まあ、魔族は末端のもの、つまり、何ら力のない落ちこぼれでも、人間が単独で相手取るには極めて危険な存在である。
第一魔族など、そこら辺においそれといるはずはないのだ。
単に野生化した魔獣の類いを避けるための、魔除けなのかも知れない。
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