66 呪われた館って冗談だろ?
〝呪われた館〟篇開始します。
「イヤダイヤダイヤダ、い・や・だ〜っ!!」
朝の司法省、エド・カリスの執務室に、大声が響き渡る。
「おだまりなさいなエド。」
「左様じゃ。茶が不味くなるわ。」
カミラとアリスは、エドには目もくれずに、そう切り捨てた。2人は優雅にティータイム中である。
だが、エドも黙ってはいられないのだ。
「これは人権蹂躙だ!パワハラだ!断固拒否する!」
「愚か者、また聞いた風な御託を。」
「あなたには学習能力がないのかしら?そろそろ拒否権などないことを悟ってもよい頃じゃない?」
アリスの流し目が痛い。
しかし。
「や、やめてやるぜっ!こんな職場!」
「どうぞご勝手に。ただし、博士が満足された後にしてちょうだい。」
「いまだっ!今すぐ…」
「無理ね。ねえ、忘れたのかしら?あなた、誓約書を書いたわね?」
「せ、せいやくしょ!?」
初耳だった。
「いや、そんなはず…」
「あ〜ら、そう?」
カサッという軽い音と共に、エドの目の前に一枚の紙が突き出された。
「うっ?」
「あなたの字よね?」
「い、今どき自筆の誓約書なんぞ…。」
言葉が尻すぼみになる。
「ああら。よくごらんなさいな、坊や。今どきだろうが、これは有効よ。」
有効だ。確かに。だが、エドにはこんなもの書いた記憶がない。
「ま、まさかあの時…?」
た〜っぷりの蒸留酒に浸した、絶品のスイーツ、サバラン。
何食わぬ顔でそれを差し出したアリス。
3個目を食べたまでは記憶していたが、それ以降の意識はブラックアウトしていた。
「お、オレは心神喪失状態でこれを書いたんだっ!いや書かされた、そうに違いない!だから無効だこんなモン!」
その忌々しい紙切れにつかみかかろうとしたが、それはサッと目の前から消え、エドはたたらを踏んだ。
憐れむようなアリスの視線が、更にさらに痛い。
勝利を確信しながら、茶番に付き合ってやっていると言わんばかりの視線が。
「お聞きなさいなエドガー・カリス。あなたがこれを書いた時の証拠画像もあってよ?誰がどう見ても、あなたが正気だったとしか見えない画像が、ね?」
「なっ…!?」
生成画像だ。間違いない、だが…。
ラグナロクがでっち上げた画像ならば、それをニセと証明する方法はない。
「誓約書によればあなたは、今回の任務の途中で職務を放棄した場合、一生連邦に無給で奉仕しなければならないわねえ。ありがたいことに、衣食住は連邦持ちよ♡」
「そっ、それ、ムショに入れられるのとどう違うんだよっ!どこの世界にそんな奴隷契約を進んで結ぶ物好きがっ?」
「ここにおるようじゃの。」
「そのようですわね、博士。」
「うっ…。」
エドは膝から床に崩れ落ちた。
完敗だった。
今回も、彼には勝ち目などなかったのだ。わかっちゃいたが…。
「だ、だからって…、呪いの館って、あんまりじゃね?オレそっち方面ダメなの知ってるじゃないか、アリスよぅ…。」
エドの力ない抗議に耳を貸すものはなかった。
「で、ここで間違いないかの?」
「ハイハイ。ナビによりゃあね。」
「何を不貞腐れておる。見苦しい。」
「不貞腐れちゃいませんて。絶望してるだけっす。」
「大袈裟な。たかがお化け屋敷ではないか。人生が終わるわけでなし。」
エドとカミラが歩いているのは、結構急な山道だった。
連邦首都惑星リマノから、通常の交通手段で3時間あまり。つまり、連邦の中では中央寄りだから、本来都会の筈なのだ。
それなのに、あたりは鬱蒼と茂った木々のせいで昼なお薄暗く、どこかしら荒涼とした趣きがある。
「ろくに道路が管理されてないですね。何でこんなとこにポイントがあるんだか。」
2人は今、丘の中腹にある公共交通ポイントからここまで山道を登ってきたのだ。
公共交通ポイントとは、この惑星の交通インフラの要である。
誰でも一定料金を払えば、ポイントからポイントへと瞬時に移動することが出来るのだ。
だから本来、ポイントは、多くの人が利用する場所に設置されている。
だが、この丘には何もない。
いま2人が目指している建物以外は。
その建物も、ポイント辺りからは屋根の一部らしきものが僅かに遠望できたのだが、繁り過ぎた木々のせいで、ここからでは全く見えない。
丘の麓3方向は市街地で、残り一方向には宇宙港があるにもかかわらず、これでは辺境のド田舎そのものである。
「ポイントの設置には莫大な投資が必要だし、維持費もバカになんねえはずっす。この岡のてっぺんにゃ、むかーし山城があったらしいんですが、今じゃ城跡も残っちゃねえし。」
「なるほど。それは奇妙じゃの。」
「この都市自体は、古都として割と有名なんです。経済規模としちゃ大したことはないんですけど、観光地として国際的に知られた場所ですね。あと、アイドルグループの本拠地としても有名です。」
「ああ、確か〝メディウォリ〟だったか。イケメン男性グループじゃの。盟主妃殿下もファンであられるとか。」
「よくご存知で。」
暇に任せてネットばっか見てるだけのことはありますね、との言葉を、エドはどうにか飲み込んだ。
ただでさえ気が重いのに、この上カミラの機嫌を損ねたら、何が起こるかわからない。
「それゆえの宇宙港か。」
そんなわけあるかい!とエドは突っ込みたいところだが、そうとも言い切れない情報を思い出した。
「宇宙港自体は、メディウォリ以前からありました。しかし大幅に増便したのは、確かに彼らの人気も関係してるみたいです。」
「さもあろう。生身の人間だけのアイドルグループが、社会現象をひき起こすとはの。この地の経済にとっては宝にも等しかろう。」
確かに。
観光地としてどうにかこうにか露命を繋いできた、古い都市である。めぼしい産業もなく、都市の中心部は、古い街並みが残る風致地区だから、再開発のしようもないのだ。
商業や金融のハブとなる大都市は他にあり、今更それらにとって代わるなど無理な相談だった。
そのまま忘れ去られようとしていた古都に、だった一つの男性アイドルグループが、新しい生命を吹き込んだのだ。
正に救世主である。
「この館の噂はの、外星からそのグループの公演を見に来た観光客から広がったらしいのじゃ。」
「そうなんですか。でも、そいつらわざわざこんな山道まで来たわけっすよね?物好きもいたもんだ。」
若く体力のある者でも、この登りはかなりきついだろう。
「ファンクラブのイベントで、廃墟の探検企画があったらしい。その場所が、まさにいま我らが向かっている館なのじゃ。」
「あー。お祭りのノリかよ。」
軽く返しながら、実はエドは別のことに神経を集中していた。
〝動物か?〟
木々の中だ。
まるでこちらを追跡するかのような。いや、明らかに追跡している気配がある。
当然カミラならばとっくに気付いているだろう。確認するまでもない。
今のところ、殺意や敵意はないから、どうでもいいと思っているかもしれない。
〝殺意があっても同じか〟
そのような些細なことを気にするカミラではなかろう。
この世界では、本来の能力の数パーセントしか発揮できないらしいが、それでもエドごときなら瞬殺される。
しかし、彼女の安全を守るのは、連邦公務員たるエドの職務である。自分より遥かに強い相手のボディガードなんて、矛盾もいいところだが。
いずれにしても、追跡者はプロではない。目的は不明だが、脅威になり得るものとは思えないから、エドは当座その存在を無視することにした。
お付き合い頂き誠にありがとうございます。
引き続きよろしくお願いします。




