65 加護の奇跡
「ギャンブラー」最終話です。
「無事に来たようじゃの。」
カミラがポツリと呟いた。
「ドアを開けよ、エド。」
「?へいへい。」
エドは指示に従ってドアを開けた。立っていたのは、紛れもなくサトルだが。
「お?」
エドは、サトルの足元を見て、意外に感じた。
「え?なんで少尉?」
小さな黒猫は、「どーも。」と頭を下げて、トコトコ部屋に入ってきた。
その後を追うように、サトルもまた室内に入って、そこで初めてカミラに気付いたらしい。
兄によく似た白い肌が、パッと染まる。
「か、カミラさんっ!」
エドはサトルの真っ赤な顔を、見ないふりで、ドアを閉めた。
「よう、サトル。しっかし、よくまあ大人しくついて来たな、坊主。」
「だってよ、この猫、生身の猫なのに喋るんだぜ!?それも高性能AIなみの感じで!だから、捕まえて…」
「あ〜。やめとけ。」
「何で?アンタのかよ、オッサン?」
「ちげーわ。けど、彼にゃ飼い主がいるし、そもそも、オレやおまえの手にはおえん。あきらめろ。」
「そうじゃ。それが良い。」
「う…。カミラさんがそういうんなら。」
サトルはため息交じりにチラッとアダムに目をやった。
「…え!?」
二度見しつつ、兄に近づき、目をこすり更に凝視する。
「傷はっ!?」
「あー、うん。」
「何で!何で傷が消えたのさ、兄ちゃん!?」
「あー、まあ、色々あって…。」
アダムは、チラチラとカミラを見つつ言葉を濁した。ギャンブラーならばポーカーフェイスが身上のはずだが、動揺を隠しきれていない。
「ぜってーアトが残るって、心配したんだぜ!何遍言っても医者に行かないなんて言うから!」
アダムは困り果てた様子である。
サトルが相手たがらというより、もともと嘘をつくのが得意ではないようだ。
「妾じゃ、サトル。」
助け舟を出したのはカミラである。
「え…?」
「妾が治した。それだけのこと。」
「あ…。」
サトルは、カミラとアダムを交互に見た。治した、と言われても、それはとんでもない話である。
「まさか治癒魔法…?」
「そうじゃの。だから、内密にしておくれ、サトル。でなければ、妾をここに招いて下さった、盟主陛下と妃殿下にはご迷惑となろうほどに。」
「あ…。」
治癒魔法の存在はある程度知られているものの、本来これほどの効果があるはずはない。
せいぜいが傷の治りを早めたり、痕を目立たなくする程度で、アダムの首の傷のような、無理やり応急処置しただけの重傷となると話にならないのだ。
だからこんな能力者の存在が世に知られでもしたら、大変なことになる。
大病院で皮膚細胞を培養したパッチを作成し、それを傷口に移植すればかなりの効果があるが、予約待ち時間を入れたら移植には早くても10日はかかり、傷がほぼ消えるまでなら2~3ヶ月は必要だ。
それがこの短時間で?
実際に目にしたサトルでさえ信じられない。
「少尉、何であんたが?」
「頼まれたんですよ。〝手足〟を、手入れのために総動員するからって。」
つまり。
アリス=ラグナロクは、既に必要な捜索に着手しているのだ。
手足、とは、ラグナロクの端末を意味する。
それは、さまざまな機能と姿形をもつ、アンドロイドの軍団だ。中には、アリス同様、人間として要職に就いているものもいる。
「さすが仕事がはえーわ。」
「ですよねー。」
「でも、あんた忙しいんじゃ?」
「今日はね、ヘビとウマがいるので。」
ヘビとウマ。
共に、少尉と同じ盟主妃のガーディアンである。
黒猫少尉からウマと呼ばれているユニコーンの戦闘力は、ガーディアン中最弱だ。 が、それでさえ連邦軍一個師団を瞬時に壊滅させられるだろう。自分自身は無傷のままで。
「黒猫と白蛇と青いウマか…。字面だけならおとぎばなしなんだが…。」
黒猫のエメラルドみたいな目がキラリと光る。
「何か言いましたか、捜査官?」
「あ、イイエ。オレはあんたらに喧嘩売る度胸はねえってこと。」
「売られても買いませんけどね。」
「そりゃありがたい。」
「さてと。アダム・ジャグラー、あんたが殺害されたフリまでしたわけは?」
「それ、俺のせいなんだ、捜査官。」
と、サトル。
「兄ちゃんは、俺を逃がそうとしたんだけど、その途中で見ちまった。ある男が人身売買に関わってるのを。そいつが関係してる証拠と、そのルートまでね。」
「なるほどな。」
アリスが言っていた、空き巣野郎ダットンの上の上だろう。ならばソイツには権力も金も、人脈までが備わっている。ついでに、組織力も。
いかに富豪として知られたアダム・ジャグラーでも、所詮は個人だ。スケールが違うから、どう立ち向かおうと勝てる相手ではない。
「しかし、よくまあ思いっきり首を掻き切れたもんだ、ジャグラー?」
「あの時は必死でした。今思うと、正気じゃなかった。ただ、あの応急キットで救命するには、なるべく皮膚の薄いところの大きな動脈がいいと聞いていたので。」
「ああ。それはそうなんだが、あれは結構不良品が多いキットでね。まして、横流しされてたやつなら、出どこも怪しい。廃棄予定の不良品が大量に混じってる可能性が高いんだよ。よく助かったもんだぜ。アンタはホンモノの強運の持ち主だ。」
アダムとサトルが揃って青ざめた。
「不良品?知りませんでした…。」
「そうだったんだ…。」
「ま、結果オーライだぜ。まだまだ聞かなきゃならんことはあるんが、あんたらこれからどうするつもりだ?」
「その。私が生きていることを内密にしていただくことは?」
「その必要はないだろう?あんたの生死を執拗に確認しようとした奴らは、もはや何もできない。」
エドはざっくり事情を説明した。
兄弟は信じられないだろうが、時間が経てば納得するはずだ。
「…それならありがたいですが、理由はそのことだけではありません。もう、うんざりなんです、自分じゃない生き方は。」
「それは?」
「養子になったときから、私はジャグラーの鋳型に流し込まれた、ただの材料に過ぎませんでした。実の両親とは完全に切り離され、弟の存在を知ったのは、つい半年前です。養父は自分自身を信じられない人で、実子を持つことに大変な嫌悪感を持っていた。だから、彼の眼鏡に叶う遺伝情報を、彼の望む鋳型に流し込むことに、異常な執念を持っていました。彼の望む外見、ギャンブラーの太々しさ、他人を踏み躙り蹂躙して何ら痛痒を感じない態度。全ては、彼が理想としながら得られなかったものでした。」
「どうかしてんな、そいつ。」
「その通りです。私はただ彼の望むままに生きてきた。いや、生かされてきた。自分自身を忘れ、家族を忘れ…。もう、沢山なんですこんなことは。その義父も既に亡くなりました。彼に何らかの恩義があったとしても、私は充分義務を果たしたと思います。」
エドはすぐに答えることができなかった。
アダム・ジャグラーの失踪はセンセーショナルに報道されてきたが、その陰で、彼が率いてきた会社などの関係者がどれほど右往左往したかは想像に難くない。
強いカリスマをもつ経営者として、彼には人望があったと報道されていた。
彼は、自分でない生き方は、もうしたくないと言ったが、果たしてギャンブラーであるアダム・ジャグラーは単なる虚像だったのか?
エドにはそうは思えない。
彼の養父が、慎重に、執拗に自らの理想を具現化するために選んだのがアダムであったならば、世に知られたカリスマ経営者としての顔は、単なる虚像ではなかったのでは?
だが、それをどう伝えれば良いというのだろうか。
「で?」
数時間の後。
闇に沈む寝室に、密やかで滑らかなビロードの声が響く。
ベッドの上には声の主と、その腕に抱かれてスヤスヤと眠る1人の女。
ベッドサイドの小卓の上には、小さな黒猫の姿が、半ば闇に溶けていた。
「大公殿下が、アダム・ジャグラーを諭されました。責任というものについて。」
密やかな笑い声が上がる。
「なるほど。ならばその男、逆らえはしなかっただろうな。」
「御意。しかし何でああなるんですか?手のひら返しって感じでした。」
「俺も彼と何ら変わらない。惚れた女がそれを義務と言うなら、柄にもない責任を背負い込まざるを得ん。今みたいに。」
「冗談は大概にしてくださいね、ご主人様。あなた以外の誰に出来るんです、そのお仕事。」
「知らん。そんなんとうでもエエわ。」
「陛下。」
「結局、男はええカッコしいいうことや。あ、女もな。」
黒猫は小さくため息をついた。
これだから、人間は。
「それと黒いサイコロですけど。」
「ああ、話は聞いた。加護の呪文が刻まれていたそうだな。」
「ハイ。呪文は失効してますが。特別捜査官は、アダム・ジャグラーに返却しました。大公殿下によれば、その呪文はつい最近発動していたとか。」
「ほう?」
「加護の発動条件は〝無私の犠牲〟だったそうです。つまり自分ではない誰かのために命を賭けたときのみに発動すると。」
「…まさか、例の救命キットか?」
「大公殿下はそうだったのではないか、とお考えです。アダムは、自分が死ねばサトルが生き延びる確率が上がるはずだと考えたでしょうから。もしも止血が間に合わなければ、そのまま死体を放置するようにと、サトルには言い含めていたようです。」
「ふむ。加護が発動して、欠陥品を正常に作動させたか。それは奇跡だな。」
「御意。」
「ギルドに発注して依頼を受け、通行証を手に入れたんだよな。そうまでして取り戻したかったのか。」
「加護のおかげで助かったことは知らないでしょうけどね。」
柔らかな笑い声をあげ、連邦盟主は目を閉じる。
「なるほど。ギャンブラーは結局、賭けに勝ったのか。」
お付き合い頂きありがとうございます。
次回、呪いの館篇も宜しくお願いします。




