契約――運命への契機
彼女の始まり。
世界の分岐点。
部屋の中を風が渦巻いていた。
明らかに自然には起こり得ないであろう風が容赦なく吹き荒れ、彼らを襲う。
『あなた…』
『分かっている。どうにかしないと』
一組の男女が渦巻く風の外にいた。二人が見ているのは、風の中心にいる幼い子供。
彼らの血を分けた愛しい我が娘。
『ラナ!』
父親が子供の名前を叫んで手を伸ばすが、子供は風に柔らかな黒髪を乱されながらうずくまったまま動かない。
否、動けない。
何があったのか彼は知らないが、突然娘がうずくまり動かなくなったのだ。風でつくられた、まるで繭のような中で子供は風に身をゆだねて意識を沈めているよう。
『あなた!』
母親が一際大きな風に危険を感じ、父親の腕を掴んで数歩引き戻したと同時に、ぱたりと風が止んだ。
何もなかったかのように唐突に風の止んだ部屋の中で、ゆっくりと起き上がった子供が顔を上げたその目の前に一振りの剣。
全体的に白に近い鋼の細い片刃の剣。鍔のない切っ先がゆるく婉曲している以外は真っ直ぐで、柄には細かな装飾。柄尻には鈴と青い石を銀糸で連ねた飾り紐があった。
子供の両親は、その剣を見て息を呑んだ。あまりにも美しいそれは芸術品のようで、ただの芸術品にはない機能美を併せ持っていた。
『――…わたくしを喚んだのは貴女?』
空気を震わせるようにして女の声がした。子供の口が小さく動き、何かを言葉にする。
音にはならない、小さな声で。
“フェアシーデン”
と。
『それがわたくしの名?小さな主』
そうして名を与えられた剣が一瞬ぶれたかと思うと、一人の女が立っていた。
剣の色を反映したような、銀髪に青の瞳。簡素な造りの首まで覆う袖無しのワンピースと二の腕の腕輪から広がる袖には細かな刺繍が施され、結い上げてもなお長い髪と、足に結いつけられた鈴が、動くたびに涼しげに音を立てた。
『名前は?』
『ラナはラナだよ?ラナ・デュラン!』
『ラナ・デュラン。ね』
そっと女はラナの頬を撫で、とても嬉しそうに笑。
その女の様子は、騎士が王に跪くそれよりも厳かに、ラナに跪く。
さながら娘を我が神とでも言いたげなほどの信愛を含み、我が愛しい娘と言いたげなほどの親愛を含み、我が伴侶と言いたげなほどの情愛を含み、我が主という敬愛を含んだ声音で言葉を紡ぐ。
『契約致しましょう。わたくしの名はフェアシーデン。紛争の調停者を内包する奏星刀。主を鞘とし、主の刃となりましょう』
そう言って溶けた。
まるで水面に沈むかのように、ラナの体へと女である剣が収まる。
『ラナ』
二人は娘に近付き、父親が抱き上げた。心配そうな表情で母親がラナに声をかける。
『怪我はない?』
『ねぇ、みた?ふぇあしーでん!』
興奮した様子で聞くラナに二人は穏やかに笑い返す。
これだけ興奮して話すのだから元気なんだと両親は穏やかに娘の頭を撫でた。
『えぇ、見たわ』
『フェアシーデンはきれいだねぇ』
(フェンでいいわ。ラナ)
ラナに、フェアシーデンの声が聞こえた。
『フォルセティ……紛争の調停者。か…』
『ラナと、フェンは、なかよし!』
無邪気に笑うラナに、父親が頭を撫でながら聞いた。
『そうだな、仲良しだ。ラナ、ラナはその力でどうしたい?』
ラナは目をぱちぱちさせたかと思うと、子供らしい無邪気な笑顔で元気よく言った。
『おとーさんとおかーさんをまもるの!フェンはせーぎのみかたなんだから!』




