第9話 財閥
「おめでと~!」
「おめでとう。これで実地研修の権利は獲得したな」
観戦席に上がった白奈と一花を待ち受けていたのは、玲と清子だった。
「清子ちゃん。玲ちゃん。ありがと」
「いや~二人とも、見事なジャイアントキリングだ! ウチったら感動感動で、およよ」
「本当にすごかった。河合もよく耐えきった」
「うんっ! でももうぼろぼろ、今日はもう動きたくないかも」
「ところで……」
そう言って清子が一花に視線を送る。
「もう、白奈には謝ったのかな?」
途端に空気が凍り付く。
「おい! 清子」
玲は慌てて制止するが、清子はその質問を取り下げることはなかった。昨日この場所で白奈の手を振り払ったその瞬間は二人も目撃しており、その後の白奈も動揺をまるで隠せていなかった様子もまた知っていた。清子としては、二人の折り合いの付け方を確認しておきたかったのだ。
「……うん。謝った。でもまだ終わってない。白奈には我慢してもらってる」
「それで? 白奈はいいの?」
「……いいわけない、けど、ちゃんと約束したから」
清子は二人の表情を交互に見比べ、この話が一応の決着を迎えていたことを把握した。
「そっか、余計な水を差しちゃったみたいだ。ごめんね」
清子が謝りこの話は終了となったが少々気まずい空気が残る。その責任を取るように清子が次の話題を提供する。
「準決勝の相手、もう知ってる?」
清子の質問に白奈が答える。
「うん。結果は見てないけど、くる方は分かってる」
「そのような評価を頂けているとは、嬉しい限りですわ」
後方から掛けられる声に昨日の苦い記憶が呼び起こされたが、声の主は昨日とは違っていた。声の主を知っているのか清子がため息を吐く。四人が振り返るとそこには、明日の対戦相手の二人が立っていた。
「……四谷、さん」
白奈が相手の苗字を呟く。二人の内、声を掛けてきた方。まるで日本人形のように直線的に整えられた髪に整った姿勢の華奢な女の子。四谷真琴は、一年で知らない人はまずいない人物だった。
「えっ? 四谷ってあの?」
訂正。一花は知らないみたいだった。白奈は驚きの表情を一花に向けながら首を縦に振る。
「へぇ~。あっ! じゃあ清子とも仲いいの?」
一花の無邪気な疑問に清子の笑顔が固まった。四谷が現れた時点で清子の笑顔はかなり固かったが、今明確に固まった。
四谷といえば、誰もが知る「四大財閥」の一角、四谷財閥のことで、造船、金融、工業、重工業の方面で日本に多大な影響力を持つ名家だ。
そして清子の家、長谷川財閥はその四大財閥を含めた「十大財閥」と呼ぶときに挙げられる名家の一つであり、四大財閥との間には少し格の差がある。とされているらしいが雲の上の話なので白奈にはいまいちピンと来ていない。
長谷川財閥の主な産業は自動車、工業、重工業と四谷財閥と被るところが多い。そのため、長年にわたる競合は二〇三〇年現在も続いている。
つまりは家単位で仲が悪い。
「旧知の仲ではありますが、別段親しくはありませんよ。そうでしょう清子さん?」
四谷はそう言って清子に視線を投げかける。その様子はあまり仲の悪いようには見えないが、清子は四谷の回答を補強しようと情報を付け加える。
「そうだね。真琴ちゃんとことウチじゃ教育方針も違うから」
教育方針と仲の悪いことの因果が分からない白奈だったが、二つの名家の間の歴史を紐解くのが怖かったのでいったんしまい込むことにした。
「そういうことです。それに、今日の目的は清子さんではなく、貴方たちです」
四谷の視線が改めて白奈と一花に注がれる。二人を見つめながら四谷は言葉を続けた。
「実地研修の権利が手に入った今、貴方たちは優勝まで目指しているのですか?」
「もちろん」
四谷の問いに白奈は即答した。四谷はやや面食らったような表情を一瞬したが、白奈と一花のそれぞれを見て何か理解したかのように小さく頷いた。
「そうですか。分かりました。どのみち四谷のものとして負けるつもりはありませんので、その点お忘れなきよう。グレースさん、行きますわよ」
その合図で四谷とその隣にいた金髪の少女、グレース・レイエスが踵を返して歩き出す。本来なら一番最初に目につくのは、外国人留学生であるレイエスのはずだが、四谷の圧倒的な空気感と一言も発さなかったレイエスの気配の薄さで、終始四谷を中心に話が進んでいた。
二人が完全に視界から消え、一花がポツリと呟いた。
「なんか、情報が多かった」
「そ、そうだね」
嵐が過ぎ、一度冷静になった白奈にある疑問が浮かんだ。
「そういえば一花ちゃん。なんで四谷さんのこと知らなかったの? 清子ちゃんのことは知ってたのに」
一花は清子と初対面のとき、清子を知っている素振りだった。だからてっきり家が有名だから知っているものかと思っていたが、四谷という名前は知っていても真琴自身のことは知らないようだった。
「財閥令嬢が二人も入学した」というのは一年だけでなく、この学校全体の一大事件として入学初期には騒がれた話題だった。
能力者の系統も発生確率も遺伝しないことが発覚したのは歴史の教科書に載るほど前のことで、もはや一般常識となっている現代において、財閥の令嬢に能力が発現しただけでもビッグニュースだった。しかもそれが二つの家でしかも同学年だというのだから入学初期はその話題で大いに盛り上がったものだった。
だから白奈は当然一花も知っているものだろうと思っていた。答えを求める白奈の視線を心地よく感じなかったのか、一花は少し視線を逸らしながら答える。
「あんまり信じてもらえないかもしれないけど、興味なかったから」
「え?」
意外な回答に白奈が目を見開いていると、少しばつが悪そうに補足する。
「清子のことを知ってたのは、入学してすぐはペアが見つかってなかったから調べたってだけ。あたしが知らないってことは多分四谷さんはすぐあの子とペアになったんでしょ?」
「そう、だね」
なるほど一応筋は通る。でも本当にあるんだろうか? この学校に通っていて、これほど大きな話題に興味を持たないなんてことが。もし本当なら、これよりも一花の関心を引くものがあるはずだ。そこまで考えて白奈は振り出しに戻ったことに気付いた。
(そっか、一花ちゃんの追っている人)
一花のばつが悪そうな態度の正体に気付き、白奈の表情が曇る。その答えに白奈がたどり着いたことを察した一花も、何も言えなくなった。お互いが前には進めていても、並んで立つ距離は以前よりも開いているような気がしてしまう。
「それでさ! 真琴ちゃんたちには勝てそう?」
「そうだ。四谷は家の名前だけじゃなく能力も有名だからな」
気を利かせた清子が助け舟を出し、玲もそれに乗っかった。
(そうだった。次に向けて作戦を考えないと)
四谷の能力。瞬間移動とでも言うべきその能力は新人戦でも猛威を振るっていた。これまでの対戦は一瞬で決着がついており、四谷のペアであるレイエスはこれまで一度も能力を使わないままといった圧倒的な内容だった。四谷自身もこうなることが予想できていたようで、ペア結成からこれまでレイエスには授業中を含め一度も能力を使わせず徹底した情報管理を行っていた。
ただ一瞬で決着した試合からでも多少は情報を得ることができた。瞬間移動は完全に動かない場合は発動できないようだった。能力を使うとき四谷は足を動かしていた。一歩で相手との距離を詰め、さらにもう一歩で相手と遠くに移動しそのまま拘束したり、もう一歩で相手だけおきざりにしたりして場を荒らしている。そう白奈には見えた。
つまりは平面。二次元的にしか瞬間移動しないのではないかというのが最初に考えた仮説だった。もしこれが正しいとすると、最初の一歩の踏み出しで一花が勝れば、レイエスの能力を引きずり出すところまではいけると白奈は考えていた。
「……ろな、白奈!」
話の流れから能力考察の深海に沈んでいた白奈を一花がサルベージする。
「あっ! ごめん、考え事してた。何の話だっけ?」
「大した話じゃないよ。疲れてるだろうから、ここで解散しよっかって清子たちが言ってくれてるってだけ」
「そっか。そうしよっか。二人とも、気を遣ってくれてありがと」
「気にしないでいい。中野も河合もぼろぼろだ。まずは自分たちのことを優先してくれ」
「そうそう! あと二回勝てば優勝なんだからちゃんと休んで明日からまた気合い入れろ~」
「じゃあ、また明日っ!」
「また明日」
一花と白奈は清子と玲に別れの挨拶をして部屋に戻った。
◇ ◇ ◇
「なんか一花って玲みたいなところあるよね。家柄とか気にしてないみたいだったし」
白奈と一花が去ったあとの観戦席。清子と玲が思い出話に花を咲かせていた。
「河合とわたしはちょっと違う気がするけどな、当時のわたしはもっと失礼だったよ。河合は清子を知ったあとちゃんと家のことまでたどり着いていたみたいだけど、あのときのわたしは能力以外興味なかった。清子の家どころか清子自身にも興味がなかったから」
そう言って玲は後悔しているかのように拳を握りしめていた。
清子はその握られた拳に自身の手を重ねてゆっくりと開かせる。
「あのときのウチにはそれが嬉しかったんだからいいんだって、いっつも言ってるじゃん」
開いた玲の手に清子は自身の指を絡ませながら言葉を続ける。
「家柄しか見ない周りに比べて、ウチの能力しか見てない玲は、ある意味ウチ自身のことを見てくれてたってことなんだから。それに――」
清子は玲の耳元に顔を寄せて甘く囁く。
「今はほら、ウチの全部を見てくれてるでしょ?」
「……」
真っ赤になった玲を見て、嬉しそうに微笑んだ清子は繋がれた手を軽く引きながら席を立つ。
「ウチらも部屋戻ろっか」
「……そう、だな」
玲はどくどくと脈打つ自身の速い鼓動に鎮静能力が使えないことを呪いつつ二人の部屋に歩みを進めた。




