第8話 三回戦
「さてとっ、さっきぶりやな?」
「うんっ! 悪いけど負けないからね?」
「そらこっちのセリフや」
三回戦の会場。
辻紫と村山葵ペアと白奈と一花ペアが互いに向かい合う。
「目ぇ、離すなよ」
「それはこっちのセリフかもよ?」
辻と一花の煽り合いを横目で見ながら白奈は村山を見る。食堂のとき同様村山と目が合った。ただ、今回は先ほどの気まずそうな表情ではなくキリッとした目で頷かれ、彼女たちの気合いの一端を目の当たりにした白奈も背筋をただす。
場に静寂が訪れた。四人がそれぞれ神経を研ぎ澄ませて開始の合図を待っている。
「はじめ!」
審判の声と共に、白奈の視界が土の壁に遮られた。後ろに手を当てて分かったが、四方を囲われている。ただ、これは想定通り。一花には事前に「開幕は壁で隔離されるだろうから、それだけは壊していい」と伝えている。
ボンッ
どう壊したのか分からないが背後の壁が音を立てて砕け、白奈を囲んでいた四角の壁がコの字型になったかと思うと、制服の背中を一花に掴まれ壁からものすごい勢いで遠ざかった。
「ありがと、一花ちゃん」
「言ってた通りだったね」
「うん。考えててよかった」
白奈は開幕の行動をいくつか想定していた。遠距離での攻撃手段がない二人にとって開始直後が一番隙をさらすことになる。そのため最低でもいくつかのパターンは考慮して対応策も用意しておく必要があった。
白奈を救出し、もはやどちらも疑問に思わなくなったお姫様抱っこ状態に移行した二人。ここから一花には回避に専念してもらい、白奈は情報収集を行う必要がある。
そして厄介なのが――
「白奈を囲って終わりなんてことにはならんわな? 次いくで!」
見上げた先にいる辻。さらには――
「一花ちゃん、足元!」
「うん!」
白奈の掛け声で後ろへ飛び、飛び出してくる地面を間一髪で避けた一花。そう、上ばかり見ていると今度は下からの地面攻撃が避けられない。一花に両方任せきりという訳にもいかないので、回避のための観察は白奈も行う必要がある。
「ふぅ……あれをずっと避け続ければいいんだね?」
「うん。任せたよ」
「任されたっ!」
一花と短いやり取りを交わす白奈の耳にかすかに風の音が聞こえた直後、一花は左に飛び空気弾を避ける。耳は能力を使っている一花の方が鋭い。
「ふぅ、すごいいそが――」
「後ろっ!」
白奈の声で反射的に一花が後ろに飛ぶ。直後、元いた場所には地面から壁が飛び出してきており、その場に留まっていたのなら無防備な状態で空中に投げ出されていただろう。白奈が地面を注視していたおかげで攻撃に気付くことができた。
「ナイスッ!」
「うん」
白奈と一花はある決め事をしていた。それは、一花が攻撃を見落とした際の保険として、白奈が方向だけを叫んだ場合は絶対従いその方向に移動するというもの。そして、それをこの二人を相手にする上では多用することになりそうだった。
上からの空気弾と下からの地面隆起。常にどちらかがどちらかを警戒しておく必要があった。
「結構やるやん! 今までの相手やったら、もう決着ついとってもおかしないからな。どや? アタシら強いやろ?」
上から辻が楽しそうに話しかけてくる。空中にいる辻を捕まえるために飛ぶというのは無防備になるので絶対に取れない選択肢だということを辻も理解しているからだろう。
「強いよっ! でもまだ一発も当たってないけどねっ!」
「ははっ! そらそうやな。じゃあ、休憩はもうええ……なぁ!」
そう言って辻が右腕を大きく振るう。白奈の左耳に大きな風の音が聞こえる。当然一花にも聞こえてるだろう。ただ――
「白奈っ! しっかり掴まっててっ!」
音よりも目で見て分かる。あまりにも大きい風の壁が左から砂埃を巻き上げながら近づいてくる。あんなの避けようがない!
「ぐっ……」
風の壁にぶつかり一花が吹き飛ぶ。吹き飛んだ先には待ってましたと言わんばかりに土の壁が用意されていた。
「くっ!」
一花は吹き飛ばされながらも身をよじって背中から壁に激突する。
「かはっ、げほっごほっ」
白奈を守るために背中で壁の直撃を受けた一花が激しく咳き込む。一花の乱れた呼吸が両腕に抱えられている白奈にも伝わってくる。
「一花ちゃん!」
「だ、大丈夫大丈夫」
「……うん」
元気そうに振る舞う一花を信じ、白奈は情報を整理する。
これまでに、能力で壁を作らせたのは今回の攻撃を含めて四回。今回の壁が少し分厚く大きかったことを含めても、まだ沢山壁を作らせたとは言えない状態だった。
(一花ちゃん、持ちこたえてくれるかな……)
そんな不安が頭を過るが即座に首を横に振る。一花は白奈の作戦を信じている。一花の痛みを引き受けてあげられない以上、白奈も一花を真っ直ぐに信じる他ない。
「一花ちゃん。あの二人に狙いがバレるかもしれないけど、なるべくこの周辺だけで逃げ回ってほしい」
「ふぅ、了解」
呼吸を整えた一花に対し、またしても空中にいる辻が言葉を投げかけてくる。
「一発。いいのが入ったやろ? 感覚が鋭いと痛みも鋭いんとちゃうんか?」
「ご心配どうも。あたしの場合は体がそもそも頑丈だからこれくらいなんてことないけどねっ!」
「あっそ」
揺さぶられないことをつまらなく思ったのか辻は雑に話を切り上げ、手で銃を撃つようなポーズを取る。
「……じゃあもう休憩はいらんわ、なっ?」
今まで目視していなかったが、あれが空気弾を撃つルーティンなのだろう。直後、視認はできないがおそらく空気弾が発射されたであろう風を切る音が近づいてくる。一花はその音で位置を把握して再び避ける。
一花の苦しい時間はまだまだ続く。
「後ろっ! 右っ! 後ろっ!」
地面観察を担当している白奈の声だけが響いている。一花はもはや白奈の指示に返事を返す余裕もなくなっていた。
「もうそろそろええんちゃうか?」
呼吸が荒い一花に対し、ずっと空中にいながら攻撃を続けている辻はぴんぴんしている。彼女も能力を使い続けているはずなのに、一切疲れが見られない。
「へっ……まだまだ」
一花は小さく呟いて見せるが、その声は白奈しか拾えないうえにそろそろ限界が見えていることがありありと伝わってきた。
視界の端で壁が一つ消える。その数秒後、地面にわずかな攻撃の予兆が見えた。
「前っ!」
「あっ」
白奈の指示への反応が一瞬遅れた一花の片足が突き出てきた地面に引っかかって姿勢を崩す。白奈を守るように身を丸めながら転がり、適当な壁の裏になんとか避難し座り込んだ。
「ぐっ」
「一花ちゃん!」
「大丈夫っ!……まだ、いけるっ」
一花はもうずっと肩で息をしている状態だった。これが強がりであることくらい白奈でなくとも気付けるだろう。
「一花ちゃん。準備完了だよ」
「ほんと?」
「うん。次の地面からの攻撃で一気に仕掛ける。予測をもとにした賭けになっちゃったけど、合ってたみたい」
「じゃあ、もうひと踏ん張り頑張るよっ!」
「うん。まずは――」
白奈が周囲を改めて見回す。円形の会場のおよそ四分の一の範囲でだけ逃げ回っていたおかげで、この一帯は土の壁が乱立した状態になっていた。白奈は作戦のための指示を一花に出す。
「まずは、この壁地帯の端の方に移動しよう。次の攻撃は掛け声が何であっても後ろに回避してね。あとは、事前の作戦どおりに」
「了解」
一花は再び立ち上がり、壁の間を縫うように端まで移動した。中心からこの壁地帯を見たときの右端に着いたことで一花の方の準備も完了した。
(次の地面攻撃で決まる)
壁で上からの射線を切らないように陣取る一花のぼろぼろな様子を見て、辻は再び声を掛ける。今度は一花でなく白奈に対して。
「一花もうぼろぼろやないか。やめさせたってや。かわいそうやろ?」
「まっ、まだ負けてないでしょ!」
少しでも一花に呼吸を整えてもらうために、白奈は精一杯の大声で辻との会話に応じる。
「そら負けてないだけやろ? 勝ててないやん」
「耐えてればいつか!」
「ほんなら白奈が耐えてやればええんちゃうん?」
「っ……」
お前は一緒に戦ってないと言われているような気がして、これがただの煽りだと頭では分かっていても、思わず言葉が詰まってしまった。
「……まぁ、ええわ。そう長くはもたんやろ」
言い返せない白奈に呆れたのか、辻は会話を切り上げ再び空気弾を撃つポーズを取る。
放たれた空気弾を一花が避ける。一花の回避先の地面が盛り上がり始める。
(きたっ!)
白奈は辻にも聞こえるように回避指示を叫ぶ。
「左っ!」
直後に後ろに飛び退く一花。一瞬、壁によって辻の視界から二人が消える。その短い隙に一花は白奈を壁の裏に残し、一花の左手のまだ壁が作られていない領域を使って全速力で村山の元へ向かう。
「っ! わーちゃん!」
白奈の偽の指示に一瞬視線を奪われた辻が作戦に気付き村山の名前を呼び、一花の狙いが村山であることだけを伝え、自身は白奈確保に向かって空を蹴った。
「そこまで!」
辻が白奈の元に到達するより少し早く、一花が村山を確保した。目の前まで迫った辻が白奈に悔しそうな表情を向けながら口を開く。
「くっ、やるやん。でも、わーちゃんが壁出すの間に合ってたら負けてたんちゃうん?」
一花が村山を確保するまでの時間と、辻が白奈を確保するまでの時間はどちらが早いのか? 今回、白奈はこれをずっと考察していた。
相手に到達するまでの時間は一花の方が早い。ただ、確保となると話は別で、村山が自衛手段を持っていれば確保までの総合時間は辻に軍配が上がるだろうと考えた。ならば、村山の自衛手段を奪えば勝機が生まれる。
今回、白奈が考えたポイントはそこだった。
「村山が扱える壁にできる地面に制約が存在する」どうしても能力上不利だった白奈たちはこの仮定が合っているという前提で作戦を組んだ。
作戦の成功率を上げるため、一花には壁を破壊しないように指示した。壁を壊さないことで、壁として使えるリソースの確認を行う。地面の中から壁に使えるリソースが無くなった村山が次の攻撃をするには、既に攻撃に使った壁を解体する必要がある。そして、それは村山が自身を守るときにも言えることだ。
定期的に解体されていたのならこの作戦は破綻していたが、村山が能力に慣れていても戦闘には慣れていないようだった。壁の解体が始まったのがリソースが限界を迎えてからだということは、壁の解体から攻撃までのタイムラグで把握することができた。
白奈は今日の朝まで作戦担当は村山だと思っていた。しかし、朝の白奈の観察力に先に気付いたのが辻であったこともあり、辻の理解を一瞬遅らせることに成功すればさらに勝率が上がると考えた。だからこそ、戦闘中の回避指示も辻に聞こえるように声を張り続けた。
「村山さんが全力で能力を使えてたなら、私たちは勝てなかったよ」
辻の疑問に白奈は答えながら周囲の壁を見る。辻にはこれだけで伝わるだろうという信頼が既に白奈には生まれていた。
「……なるほど。偶然じゃないんやな……いい勉強になったわ」
回答を聞いて納得した辻から手が差し伸べられ、白奈はそれに応じる。
「ベスト4おめでとさん」
「うん。ありがとう」
握手を交わしたあと、辻が背を向け村山の元へ歩き出す。
「わーちゃん。反省会や!」
「ううっ。ごめん紫ちゃん」
「いんや、アタシらの負けや」
辻と村山が去り、会場には白奈と一花だけが残された。一花は限界を迎えており、決着後から会場に座り込んで動けないでいた。
白奈は一花に向かって駆けだす。ベスト4。実地研修の権利獲得。二人の最初の目標が達成された喜びを白奈は今すぐ一花と味わいたかった。
「一花ちゃん!」
「白奈っ」
白奈は一花に向かって飛びついた。白奈を受け止める余裕もない一花は地面に倒れ込む。
「あっごめん」
一花のダメージを思い出しすぐに体を起こそうとする白奈を一花が残った力で抱き返して止める。
「大丈夫だから、このままで……このままもうちょっと」
「……うん」
会場のど真ん中、ベスト4に駒を進めた二人はしばらくの間、二人だけの世界で勝利の喜びを噛みしめた。




