第7話 辻と村山
「「……」」
部屋に充満する気まずい空気が白奈と一花を包む。二人にとって初めての喧嘩はひとまず終わりを迎えることになった。先に口を開いたのは二人のどちらでもなかった。
ぐぅ~っという音と共に、二人はまだ夕食を済ませていないことを思い出した。
「一花ちゃんもお腹空いてるみたいだし、ご飯いこっか」
「え? あたしのお腹の音じゃないんだけど?」
そんな冗談を交え、これで本当に終わりだと暗に示した白奈はベッドから出る。
「ご飯食べ終わったら、ボロボロになっちゃった靴を買って、その後は明日に向けての作戦会議だからね」
「……うん」
一花ものそのそと体を起こしながら答える。ただ、白奈はその浮かない返事に少しムッとする。
「もう!」
一花のほっぺに白奈は両手を当て、むぎゅっと潰す。もちもちですべすべだ。
「むぇ? ひろな?」
一花は何をされているのか分からず混乱している。
「私は『ずっと話さなくていい』って言ったんじゃない。『待つけど絶対に話せ』っていったの。……だから、今話せないことはもう気にしなくていいの! ほら行くよ!」
そう言い放った白奈は一花の柔らかい頬から手を離して、代わりに手を握る。少し振り払われる恐怖が湧き上がったが、あえて気にしないことにした。一花も握られた手に普段よりも力を込め返してくれる。
ぎこちなさの少し残る二人は、食欲の赴くまま食堂に向かって歩き出した。
◇ ◇ ◇
夕飯と新しい靴を手に入れた二人は再び部屋に戻って来た。普段より遅めの夕食で少し眠くなってきたところだが、二人は本来喧嘩なんてしている場合ではなかったのだ。
「よし、明日の相手の予習をするよ」
「うん。よろしく白奈」
お腹いっぱいになったからなのか少し落ち着く時間が取れたからなのか、いつもの調子に戻り始めている一花に安心感を覚えながら、白奈は明日の相手について共有した。
相手は村山葵と辻紫のペアであること。村山が地面を操り壁などを作り、辻が放つ空気弾からの逃げ道を無くす戦法をこれまで使用していたこと。辻の能力は空気を操ることで空を飛ぶ三次元的な戦い方もできること。そして何より――
「問題は、あの二人は小学校からのペアってこと」
相性というものを一旦フラットにした場合、ペアの期間の差がそのまま戦力差になるというのは人類が原因は不明ながらも経験則的に理解してきた能力の法則の一つだった。そして、彼女たちの数年というペア歴と白奈と一花の数週間では時間の差はもはや比べるまでもない。
「当然、優勝候補の二人に勝つには作戦は必要になってくると思う。そこで、一花ちゃんならどうする?」
「えっ? う~ん」
完全に白奈参謀の話を聞くモードだった一花は、急に自分の考える番が回ってきてその脳みそをフル回転させる。
「あ! 壁の子の方を先に狙うっていうのはどう?」
「ちなみにどういった理由で?」
「え? 理由かぁ……う~ん。機動力が低そうっていうのが第一だけど、あとは土の壁くらいなら多分あたしが壊せるから?」
一花がうんうん唸りながら描いた攻略法を言葉にする。
「私も村山さんを狙うっていうのは賛成」
「ちなみにどういった理由で?」
さっきの白奈の言葉を一花がまるっと返す。一花の砕け始めた態度に白奈も思わず笑みがこぼれる。
「それはね、村山さんは本気で戦えないから」
「え? どういうこと?」
白奈の結論を理解できない様子の一花はそのまんまるな目をさらに丸くしてぽかんと口を開けている。
「地面を操るっていう能力は、やっぱり規格外に強くてそのうえペアの歴も長い。一人が起こせる能力の規模なら、村山さんが一年生で一番だって結論でもおかしくないくらい」
「じゃあ、やっぱり――」
「ただ、地面を操るっていうのは地面を新しく作っている訳じゃないと思うんだ。周囲の土、泥、砂を操ってるってこと。だとしたら無闇矢鱈に能力は使えない。周りが滅茶苦茶になっちゃうから。だから会場っていう狭い場所なら、最大出力が披露されることはないんじゃないかな? それでも十分強いんだろうけどね。そこで一花ちゃんにやってほしいことが――」
「え?」
白奈の提案に思わず一花が聞き返す。聞こえなかったからではなく、理解できなかったから。
「ふふっ、だから――」
白奈はいたずらっぽく微笑みながら繰り返す。
「村山さんが作る壁を壊さないで戦ってほしいの」
◇ ◇ ◇
三回戦の朝。
朝のアラームで目を覚ました白奈と一花はいつも通り身支度を済ませる。最初に顔を洗う。歯を磨くのは食堂で朝食を取った後。次は、食堂に向かうために、制服に腕を通す。別にパジャマの生徒もちらほらいるけど、こっちの方が気合が入るからと二人はそうしている。
制服のスカートは、内側にショートパンツが縫い付けられた作りになっていて、一部の層からは「戦闘に特化させるならパンツスタイルにするべきだ」って声が上がっているみたいだけど、白奈はこの方がかわいいからせめて在学中は変わらないでほしいと密かに祈っている。
「「いただきます」」
二人揃って朝食を食べ始める。食堂の朝食はかなり豪華で、今日はパンにサラダ、おまけに岐阜名産のハムを使ったハムエッグまである。しっかり食べておかないと訓練についていく体力が足りなくなるので、戦闘職志望の生徒で少なめに朝食をとる生徒はほとんどいない。
もくもくと朝食を頬張っている二人に、背後から聞きなれない声が掛かった。
「中野と河合やな」
呼ばれて二人が食事の手を止めて振り返ると、そこには今日の対戦相手である辻とその後ろに村山が立っていた。
「いっしょええか?」
辻に言われ顔を見合わせる白奈と一花だが、別に断る理由もないので――
「いいよっ!」
と一花が代表して答えた。
「ほらいったろわーちゃん? そんな気ぃの悪いやつらちゃうって」
「……うん。えっ、えっと、初めまして。私は村山葵で、こっちは紫ちゃん」
「辻紫。よろしゅうな」
そう言って辻から差し出された手を一花が受け取る。
(幼馴染って聞いてたけど、方言が強いのは片方だけなんだ?)
そんなことを考えながら白奈はそのまま辻と村山を観察する。
二人はことごとく対照的に見えた。背は辻が低く村山は高い。髪は辻が短く村山は長い。辻は制服を着崩しており、村山はきっちり着ている。辻は白奈たちに声を掛けてくるくらい積極的だし、反対に村山はまだ辻の後ろにいるくらいには消極的だ。
じろじろ相手を見ている白奈を余所に、今度は一花が自己紹介を返す。
「あたしは河合一花で、こっちが中野白奈……ってもう知ってるみたいだけど、よろしくっ!」
(まさか今日の対戦相手と同席することになるとは)
食事を終え、少し雑談をする空気になってしまった四人だったが、正直うかつなことを話してしまわないようにして囲む卓は白奈にとって居心地が悪かった。探る視線を相手ペアの二人に向けると村山と視線がぶつかった。どうやら村山も白奈と同じ感想らしく、気まずそうに会釈を返してきており、白奈は若干のシンパシーを感じ取った。
気まずい二人の空気感を察知したのか、辻が口を開く。
「なんやわーちゃん、楽しないんか?」
「えっ? う~ん。まぁ紫ちゃんほどは楽しめてないかも……」
「か~っ、ごめんな二人とも、わーちゃんこう見えてめっちゃ人見知りやねん」
「見たまんまだよ」
二人のじゃれ合いを見ながらふと気になってしまったのは、「わーちゃん」というあだ名。村山の名である葵だから「あーちゃん」と言っているのを白奈が聞き間違えてしまったのかと最初思っていたが、やっぱり何度聞いても「あ」ではなく「わ」と言っている。
「あっ……そういう」
「ん? 白奈どないしたん?」
白奈のぼそっとしたつぶやきを辻が拾った。
(あっ、もう呼び捨てなんだ)
そう思った白奈だったが、心の声を漏らしてしまったのも自分だったので、大人しく白状する。
「なんで『わーちゃん』なんだろって考えてたけど。ワサビだからだったんだって」
白奈の発言に少し空気がひりつく。一瞬の緊張感を経て、辻が口角を上げて答える。
「ほ~ん、白奈。ようわかったな……その通りや」
「えっ? 白奈どういうこと?」
一花が白奈に解説を求めると同時に、辻が席を立つ。
「わーちゃん、もう十分や。いこか?」
「えっ? うん。分かった」
辻の言葉に、肩身が狭そうにしていた村山が待ってましたとばかりに席を立つ。
「白奈っ。一花っ。今日のバトル。楽しみにしとるで。あぁあと白奈。あだ名の由来は言っといてええで。別に減るもんちゃうし。ほな」
「えっ……うん」
「じゃあ、またお二人とも」
「うん。負けないからねっ!」
そうして辻、村山ペアは食堂を後にする。ひらひらと手を振る辻の姿が見えなくなった後、白奈に一花が問いかける。
「あたしたちも戻ろっか?」
「そうだね」
自室に戻った二人。改めて一花が先ほどの疑問を問い直す。
「そういえば、なんで『わーちゃん』だったの?」
「あぁ、別に大した由来があるわけでもなかったよ。『村山葵』って漢字で書いたときに『山葵』で『ワサビ』って読むからってだけ」
「なるほど」
「ただ――」
大した話でもないので一花の関心としてもその程度なんだけど、ちょっとした問題は残ってしまった。
「辻さんには作戦立ててるのが私ってあたり付けられたみたいだったね」
「えっ? あそこで話を打ち切ったのもそういうこと?」
「多分……まぁ私たちの戦法はそもそも知ってるだろうし、距離が離れない私たちのどっちが作戦担当なのか知ってもあまり変わらないだろうけど、迂闊だったな」
「ふふっ、こっちも収穫あったんじゃない?」
「えっ?」
どうやら落ち込み気味の白奈を慰めるための方便ではないようで――
「それに気付いたのが紫ちゃんだったんなら、あっちのペアで指揮をとるのも紫ちゃんなんじゃない?」
「確かに……」
「それに――」
一花は繋がれた手をぐっと引き、白奈を自身の胸元に寄せて囁く。
「勝つのはあたしたちだよ」
一花の鼓舞に白奈は頷きながら繋いだ手を握り返す。
「そうだね。そのためにも今日は、村山さんにたくさん壁を作ってもらわなきゃ」




