第10話 告白と権利
ばたんっ
自室の扉を閉めたと同時に玄関に立っていた一花が膝から部屋に倒れ込む。
「うわぁ!」
手を繋いでいた白奈も引っ張られる形で倒れ込みそうになったが、片膝だけついて屈み込んで一花の様子を確認する。
「いっ、一花ちゃん大丈夫?」
やはり壁に衝突したり、能力を使い攻撃を避け続けたことが相当負担になったのだろうか? 内心かなり焦っているが一花に心配をかけないようにと冷静を装って声を掛ける。
「保健室で診てもらう?」
保健室。関能高校は日本唯一の能力者学校であり、生徒はそのまま未来の怪物への対抗資源となる。そのためこの学校の保健室には全国で見ても最高峰の医療系能力者が保健室の先生として常駐している。
ただ――
「あーーーーーっ! 疲れたっ! 今日はもう動きたくないっ!」
一花は意外と元気そうだった。
「へっ?」
頑張って着込んだ冷静が実を結ばず、間抜けな声が白奈から洩れる。
「白奈もっ! ほらっ!」
床に寝そべったままの一花に催促され、白奈も床に寝そべる。靴を履いたままの足を二人して玄関に放り出したままで互いに向かい合う。
「ねぇ、白奈」
やはり体力がないのか、しおらしい声で名前を呼ばれ白奈は狼狽えつつ返事をする。
「……どうしたの?」
「ちょっとだけ、目、瞑ってくれる?」
「えっ!」
一花の台詞にまさかを想像して心臓が大きく脈打つ。
「……分かった」
脳内会議の結果、今の一花がそんなことするはずないという結論に達したので、大人しく同意して白奈は目を閉じる。ただ、もしかしたらを考え続けてしまう脳みそのせいで心臓はばくばくと落ち着かなかった。
「白奈に仮ペアを申し込んだ多くの人はみんな『白奈の能力を受ければ一人で勝てるようになる』って思って近づいたと思う」
「……ん? うん」
(私は今いったい何の話をされているんだ?)
そう思う白奈だったがひとまず一花の話の行く末を見守ることにした。そして、一花の話は実際にその通りだった。白奈によって強くなった能力で大きくなった気持ちのまま白奈に「使えないヤツ」という烙印を勝手に押して去った相手は今までごまんといた。そのせいで下がりに下がった自己評価は今もまだ白奈の足を引っ張っている。
「白状するけど、あたしもそうだった。『全部あたしが一人でやってやる』って気持ちで白奈に声を掛けた。他の人たちと違って、あたしの能力なら白奈を背負えるって。模擬戦なんてその成功体験だった」
「じゃあ……」
あたしたちやれるよっ――
模擬戦での一花の言葉が頭をよぎる。
(じゃあ、あの言葉は嘘だったの?)
その言葉が白奈の口から出るよりも前に一花が言葉をかぶせる。
「ただ、白奈の魅力が能力だけじゃないって気が付いたのも模擬戦だった。あたしは相手の能力もちょっと知ってたけど知らないふりしてた」
確かに言われてみればそうだった。あの模擬戦をセッティングした一花が知らないはずがない。「あの子たちの能力を知らないと」って言ってたのはペアとしての方針を示した訳ではなく、審査員としての台詞だったってことだ。
「白奈の力を見たかったから相手のことは何も教えなかった。最悪あたしが一人で能力試せればいいやって思ってたってのも……正直ある。でもね? 白奈は聞いてた以上にちゃんと考えて戦う子だった。『中野は能力だけで何もできない』って話は全然間違いだった」
ここまで聞いても白奈には一花が最終的に何を言いたいのかが分からず、目を閉じている分表情が見えないため不安な気持ちが募っていく。
「えっと……つまり何が言いたいかっていうと」
一花が小さく息を吐く音すらこの距離だと白奈の耳に届いた。
「ここまでこられたのは白奈のおかげだった。ありがとう。これでまた一歩近づけた」
何に一歩近づいたのかは聞いても答えられないんだろう。白奈は徐々に一花が言いたいことと言いたくないことの分別が付き始めていた。
「ううん。私こそ一花ちゃんがいなかったらここまで勝ち進めてない。なんなら新人戦にすら参加できてなかったかも。こちらこそありがとう」
「……うん。それでね、さっき四谷さんに『優勝を目指しているか?』って聞かれたとき、あたし答えられなかった。ここまでこれちゃったから満足してた。負けてもいいとは思ってないけど、勝てなくても今日負けるよりきっと悔しくない」
「……」
確かに一花の言い分も理解できる。新人戦の主な目的は優勝よりベスト4に入って実地研修の権利を獲得すること。であれば今は明確な節目となる瞬間だった。
「それでも、白奈は『もちろん』って言ってくれた。それが嬉しくて、でもあたしは緩んじゃってて悔しくて……だからっ!」
おそらくここからが本題なんだろうと思い白奈は次の言葉を待っていたが、なかなか次がやってこない。それに繋いでいる手もなんかもじもじしている。
「えっと……その、白奈に――――て」
「えっ? 何一花ちゃん?」
息が聞こえるくらいの距離なのに、一花の声は小さすぎてなんて言ったのか白奈にはまるで聞き取れなかった。
「っ~! だっ、だから、白奈に叱って欲しいのっ!」
「えぇ?」
想像の斜め上の告白に白奈は閉じていた目を思わず見開いてしまった。
「あっ、ちょっ」
開かれた白奈の視界の先には、顔を真っ赤にした一花が白奈が目を開けたことに慌てて視線をあちこちに泳がせていた。
「ちょ、ちょっと待って一花ちゃん。全然分かんない」
「だっ、だからっ! 気合入れて欲しくて」
気合を入れたい。その一花の言い分は白奈にもすっと理解できた。ただ、それは叱って達成する必要があるのだろうか? 気持ちを入れ直す手段は何も叱られることだけではない。なんなら叱られることは気合を入れ直すきっかけとしてはランクが低いとさえ思ってしまう。
「いつもみたいにぎゅっとするとかじゃダメなの?」
ここでいうぎゅっとはお互いの手だったり体だったり。それに――
「今私が叱ろうとしたら絶対余計なことに飛び火する、と思う」
白奈は正直に打ち明けることにした。一花を鼓舞するためだけに叱れるほど白奈は器用じゃない。今はまだその時じゃないと抱えている不満が一緒に飛び出さないという保証はなかった。
白奈の苦い表情を見た一花は、体をよじってもともと一人分も開いていなかった二人の距離をさらに縮める。
「いいよっ」
一花の綺麗な目が真っ直ぐ白奈を見つめている。
「っ……」
白奈は言葉を発せずに固唾を飲む。一花の目に映る自分が見えるほどの、一花の長い睫毛を一本一本数えられるほどの超至近距離。
(あっ、えっと、そうだ、許可もらったんだった)
白奈は緊張と興奮で開いた口をかすかに震わせながら、朦朧とし始めた頭で再び目をゆっくり閉じる。
コンコン
誰かが部屋をノックした音で白奈のぼんやりとした思考は現実に引き戻された。
(いっ、今私何しようとしてた?)
大急ぎで床から飛び起きてドアスコープを覗くと、そこには佐伯先生が立っていた。
「お、お疲れ様です。先生。どうされたんですか?」
「あぁ、まずは上位四ペアおめでとう。……ところで、後ろに転がってる河合は大丈夫そうか?」
そう言って先生は白奈の後ろで床に寝転がったままの一花に視線を送る。
「大丈夫で~す」
「……ならいい。今日は確認に来たんだ」
「確認ですか?」
「あぁ。お前たちは今日、実地研修の権利を獲得した。研修なんて言っているが、引率がいるだけの怪物退治だ。下手をすれば命を落とすことだってある。戦闘職志望はいずれ通る道だが、新人戦で勝たなかった奴らは年度末からで、それまで多くの訓練を積んでから挑む。ペア歴だってそっちの方が長いからな」
そこで話を区切った先生は、一花に視線を向ける。
「河合。立てるか?」
「うぅ、分かりました……よっと」
一花は重い体を持ち上げて白奈の隣に立つ。
「よし。じゃあ確認だ。実地研修。参加するか」
「「はいっ」」
「……分かった。お前らの意志はひとまず私が受け取った。あとはこれだ」
佐伯先生は脇に抱えていたバインダーから二枚の紙を取り出して二人に手渡した。
「これは実地研修の同意書だ。今月中に私に持ってこい。今は興奮して行く気になってるが、気持ちが変わることだってありえる。ゆっくり二人で話し合ってから答えを出せ。それじゃあ、改めておめでとう。明日も頑張れよ」
「「はい!」」
佐伯先生が立ち去り二人の間に静寂が訪れる。元より白奈に一花を叱るモチベーションは存在していなかったが、先生の来訪で完全に冷めた。いや目が覚めたと言ってもいいかもしれない。先生が来てくれなかったら、とんでもないことをしでかしていたかもしれなかったのだから。
「一花ちゃん。やっぱり私は一花ちゃんを叱るなんてできない。一花ちゃんのためにも、私たちのためにも今日を到達点じゃなくて通過点にしないといけない。だから――」
白奈はいつものように一花の手を取り力を込める。
「優勝目指そうね。それが次の私たちの通過点になるように」
「うん」
「……ところで、なんで褒めてとかじゃなくて叱って欲しいだったの?」
白奈の疑問に一花は恥ずかしそうにポツリと答えた。
「その……昨日」
「うん」
「怒ってて強引だった白奈が」
「うん」
「……かっこよかったから」
「……え?」
「白奈はあたしのやることを断ったりはしないけど、別に受け身ってわけじゃない。思ってることはちゃんと言ってくれるし、あたしのこと大事に思ってくれてる。だから昨日の夜、白奈は怒って当然で、実際ホントに怒ってたのにあたしのために歩み寄って強引に手を引いてくれたのが、すごくかっこよかった」
「……だから私に叱って欲しかった、と」
「うん」
一花は顔を赤くしながら小さく頷く。その様子がまるで――
「……なんか妹みたい」
「えっ?」
「なんか今の一花ちゃんは妹みたいだなって」
「……そう、かな?」
「うん。でもやっぱり叱ったりはできない。そのかわり、たまには私が一花ちゃんを引っ張って導くよ!」
白奈はそう言って一花に微笑みかけて見せる。
「だから、まずはお風呂入ってきて。それから明日の作戦を立てよう」
「分かった」
白奈は繋がれていた手を解いて一花を脱衣所へ送り出す。一花が脱衣所に吸い込まれ、白奈も一度部屋で休憩しようとしたそのとき――
「白奈っ!」
大きな声で一花に名前を呼ばれて、脱衣所の方へ視線を送るとドアの隙間から顔だけ覗かせた一花と目が合った。
「何? 一花ちゃん」
既に制服を脱いでしまっているのだろう。斜めに出された頭の少し下、素肌をさらけ出した肩が目に入りかすかに心臓が跳ねる。
「ありがとっ!」
「……何が?」
「いろいろだよっ! いろいろ」
先ほどまでのしおらしい一花はどこかへ行ってしまって、普段の元気な一花がそこにいる。白奈としてもこっちの方が安心する。
「うん。分かったから、早くお風呂済ませてきてね。待ってるから」
白奈は優しく頷きながら一花の入浴を促すと、これまたとびきりの笑顔で一花が頷く。
「うん!」
勢いよく脱衣所のドアは閉められすぐにシャワーの音がかすかに聞こえてきた。
(今日だけでいろんな一花ちゃんを見られた気がする)
白奈はそんなことを考えながら明日に向けての作戦を練るのだった。




