第11話 準決勝
作戦はこうだ。
四谷真琴の瞬間移動で白奈が攫われるよりも早く一花が白奈を回収して距離を取る。能力のトリガーに見える一歩踏み出す動作はブラフの可能性があるので、四谷が足を地面に付ける前というよりは、いかに一花がスタートの合図への反応を素早く行えるかが肝だ。
幸い能力のおかげで反応速度は恐らく一花の方が上回っている。白奈の回収さえかなってしまえば、いよいよ未知の能力者グレース・レイエスの考察ができる。
要するに初動以外はアドリブで何とかするしかない。
今まで以上に相手の能力が分からない。平面でしか移動していないように見える四谷のこれまでの戦闘も、ただ単に決着が早すぎて底が見えていないと考える方が合理的で、結局は「瞬間移動っぽい」以外の情報は得られなかった。
「よろしくお願いいたしますわ。御二人とも」
一花の正面の四谷が軽く挨拶をする。
「うん。よろしくっ! 負けないからねっ!」
一花も普段通り――普段通り過ぎる。ほぼ初対面の財閥のご令嬢なのにまるで物怖じしていない。四谷も四谷で特に気にすることなく話を続ける。
「河合さんはちゃんと優勝する気になったんですね」
「……そんなに分かりやすかったんだ」
「えぇ、中野さんでなくとも気が付いたと思いますわ。貴方が一人でゴールしていたことくらい」
「まいったなぁ。でも、今は違うからねっ!」
「そのようですね。ですが四谷の人間として私も負けるつもりはありませんので、お忘れなきよう」
四谷の言葉を最後に会場に静寂が訪れる。
「はじめ!」
審判の合図と同時に白奈の隣から一花が消えた。いや白奈の目にそう見えただけできっと正確な情報ではない。ただ、その場に残されたのは四谷とレイエスと白奈の三人だけだった。
「っ!」
状況をまだ飲み込めていない白奈だったが、とりあえず自衛のために構えを取り四谷とレイエスを睨む。レイエスはこれまでの対戦と同様に動く様子はなく、代わりに四谷がゆっくりとした足取りで数歩こちらに歩み寄った。
「……少し、お話をして頂けますか?」
「……分かりました」
現状圧倒的に不利な白奈はおとなしく従い、情報整理に専念することにした。
「貴方が昨日打ち破ったペア。辻紫と村山葵のペアは私たちにとって相性の悪いペアでしたわ」
貴方と私たち。そう対比されたことを受け流せずに眉間に皺を寄せてしまう。
「私たち、ですけどね」
「それは失礼しました。ただ、昨日の試合は殆どが貴方の掌の上でしたわ。それは純粋に賞賛に値します」
「……どうも」
褒められる事自体に悪い気はしないが、この雑談自体がもう勝負がついていると四谷に言われているようで苦い表情を浮かべてしまう。
「その辻・村山ペアを打倒した貴方がたは逆に私との相性が悪い。その結果がこれですわ。……そろそろ思考も整理も終わりましたか?」
「え?」
「この現状、貴方はどう分析しましたか? という意味ですわ」
答え合わせをしてやろうということだろう。
「……まず、四谷さんの能力は単なる瞬間移動じゃない。今まで見せていた歩くという動作はトリガーではあるだろうけどブラフも兼ねている」
「えぇ」
「私はブラフでもいいように、開始の合図に一花ちゃんの上昇した反応速度で誰よりも早く反応して、四谷さんの能力で分断されるよりも前に合流する予定だった」
「ただ、河合さんは貴方にたどり着けなかった」
「……そうです。なぜなら、四谷さんの能力は対象に必ずしも自身を含める必要はないから。恐らく二点間を繋ぐ座標圧縮とかワープゲートみたいな能力。跨ぐっていう動作を挟んでいることと、体の一部だけ出したりしてないことからどちらかといえば座標圧縮の方が言葉としては近い、と思います」
白奈の回答を受け、四谷は上品に手を叩いて見せた。
「素晴らしい。素晴らしいですわ」
「……ありがとうございます」
「十分な分析力です。やはりあの二人を倒して見せたのも偶然じゃありませんね」
「……それで、一花ちゃんは今どこに?」
「安心してください。河合さんは今出られない待合室に閉じ込めているだけですから」
一花の声すら聞こえないのはそういうことだったのか。場外負けが存在しないからといってやりたい放題やってるな。
「動かずに自身を土の壁で守れる村山さんと空を飛ぶ辻さん。私と相性が悪いというのも納得でしょう?」
「そう、ですね。……それでお話は終わりですか?」
白奈はいつでも肉弾戦に移れるように脇を締め直して四谷を睨みつける。
「そんなに殺気立たないでください。私たちは実地研修を共にする仲間で、敵ではありませんわ」
「今は違うでしょ?」
精一杯すごみながら答える白奈に対し四谷は鼻で笑って返す。
「いえ違いませんわ。貴方はもう敵ではありませんから」
その発言がはったりでも誇張でもないことが悔しくて、白奈は奥歯を噛みしめる。四谷が自信満々にそう言い放ってしまえるだけの差が実際にこの場にはあった。
「ここから私が貴方と体術で戦うということもしませんわ。私たちの本来の敵相手に、その程度の自衛は意味を成しませんから」
「……」
「ただ、やはり貴方は十分評価に値しますわ。実地研修、楽しみにしております。次は横に並んで立ちましょう」
そう言って、四谷は後ろに飛んだ。
次の瞬間、背中を押され前に倒れそうになる。四谷が白奈の後ろに飛んだんだろう。倒れないようにと足を一歩前に出して踏ん張ろうとした瞬間、足元から地面が消えた。
(違う。境界を跨がされた!)
転移先は四谷の目の前。地面と平行にうつ伏せになるような状態で飛ばされていた。次に何が起こるのかをイメージする前に腕を掴まれ、自由落下するはずだった体に勢いを加えられる。
「くっ!」
地面に押さえ込まれ完全に身動きが取れない。
「そこまで!」
「白奈っ!」
審判の合図と同時に一花が目の前に現れる。
「河合さん。また実地研修で一緒に立てること、楽しみにしていますわ」
白奈の拘束を解いて立ち上がった四谷が握手を求めて手を差し出す。
一花は無言のまま手を取るしかなかった。
◇ ◇ ◇
自室に戻った白奈と一花。
玲と清子に軽く断りだけ入れ、二人は逃げるように観戦席を後にした。玄関の鍵を後ろ手に閉めながら、どちらからということもなく抱き合った。
反省という土俵にすら上がれないくらいの完敗。一花は終始試合から除外され、白奈もほんの数秒で拘束されるという決着。慰めるためではなく、無力感が滲んだ顔を見せないように、お互いが暗黙の了解的に相手を腕の中に収めただけだった。
先に堪え切れなくなったのは白奈。
「いっ、一花ちゃん。ごめ――」
「言わないでっ!」
潤みながらも荒げられた一花の声に驚いて白奈の肩が跳ねる。
「……どっちのせいとかじゃ、ないから」
いんや、アタシらの負けや――
昨日の辻の試合後の言葉が白奈の頭によぎる。ペアである以上、敗北は二人の責任だ。戦闘経験こそ白奈たちと大差はなかったが、ペアであることの意味を理解しているのは白奈よりも圧倒的に辻の方だった。
どちらが悪いではなく、どちらも悪いのだ。一蓮托生。ペアとはそういうもの。
ただ、白奈は改めて一人では無力だということを思い知らされた。最低限の自衛もできない現状。一花に守ってもらわないと成立しない戦闘。出会ってすぐの頃に一花が懸念していた、この戦法の限界は案外すぐに見えてしまった。
「白奈。やっぱり顔見せて」
お互いが顔を見ないようにと抱き合ったはずだったのに、一花は白奈の背中に回していた腕を緩めて体を離していく。まだ気持ちも表情もコントロールできていなかった白奈は一花にそれを見られたくなくて視線を下げる。
「ふふっ、酷い顔」
その言葉に苛立ちを覚えた白奈は、それなら一花の顔も拝んでやろうと視線を上に向ける。白奈のぼやけた両目が捉えた一花は、覇気のない顔で口角だけをかすかにあげ静かに涙を流していた。
(あぁ、嬉しい)
一花のぼろぼろの顔を見て白奈はそう思ってしまった。きっと数日前の一花だったら今日の負けでこうはなってくれなかった。それが今はどうだ。こんな表情をしてしまうほど悔しがってくれている。そしてその悔しさを隠さずに打ち明けてくれている。
「一花ちゃんは綺麗な顔してる。悔しさに向き合おうと、進もうとしてる顔。綺麗だよ」
白奈は一花に手を伸ばす。右手で涙をさらって左手で輪郭をゆっくりなぞる。
「二人ならもっともっと先に進めるね。ありがとう一花ちゃん。一緒に泣いてくれて……さて! いつまでも泣いてるわけにもいかないから、お風呂入っちゃお? ほら、お先どうぞ」
無理やり慰め合いを区切って、白奈はまだ元気のない一花を脱衣所に押し込む。
恐らく二人が完全に立ち直るのにはもう少し時間が必要だろう。ただ、白奈は自身が大会中に抱えていた「一花ちゃんと私は同じところを目指していないのでは?」という不安が解消され、どこか晴れやかな気持ちで大会を終えるのだった。




