第5話 代表
「……また、足が地面に引っ付いてる」
「えっ?」
一花の報告をもとに白奈は再び考える。
粘着能力の橋本桃花とは、開幕直後に三十メートルほど距離を取った。距離を取った直後に再び足を取られなかったことから、距離か時間に制限があると考え、その両方に保険をかける意味で下がり続けていた。が――
「何か、間違えてたみたいだね」
「……そうだね」
足を取られている隙に、五十嵐実がおそらく偽物を先頭に距離を詰めてきていた。一花にはどちらが本物か見分けてもらっているので、フェイントには引っかからないだろう。
「ようやく足を止めてくれたようだな!」
二人の五十嵐はぴったり縦に重なってこちらに前進してきているので、おそらく後ろが本物なんだろう。ただ、相手の足運びが見えない以上、粘着能力の目印があったとしても結局見つけられそうにない。
「……もう、あれやるしかないんじゃない?」
一花の提案に、白奈も同意する。
「そうだね。本当はもっと正攻法で勝ちたかったんだけど」
「まぁ、反省会はまた後でっ! じゃあ行ってくるよ」
そう言って一花は白奈を自身の後方に投げた。一回戦の時のような高さではなく、ただ安全圏に後退させるため。そして、次の瞬間には一花はその場から消えていた。
「よっ……」
放り投げられた白奈が受け身を取ったころには、およそ数十メートル先で五十嵐を捕まえた一花が立っていた。結局は不意を突いて一花ロケットを通したという訳だ。前を走っていた五十嵐はやっぱり偽物だったらしく、投げられる直前に視認した位置で止まっている。
「そこまでっ!」
審判の声を受け、一花が一瞬で駆け寄ってくる。白奈は足元に視線を下ろした。
「今度新しいの一緒に買いにいこっか?」
「いいねっ! デート!」
「購買部に行くだけでしょ」
一花は粘着能力が解除されたかつて靴だったものを拾い上げ、靴下のまま会場を後にした。
◇ ◇ ◇
審判の声が響き白奈と一花の勝利が告げられてしばらくして、観戦席の玲と清子の元に二人が合流し、席に着く。
「二人ともおつかれちゃん! おめでとっ!」
「ありがと、清子ちゃん」
「玲、清子、見てよっ! ほらっ」
そう言って一花は靴底だけになった靴を二人に見せる。
「あははっ! 面白っ」
「はぁ……おい河合。それ学校指定のやつだろ」
「えっ?」
一花と他三人が振り返ると、そこには佐伯先生がおり呆れた表情を浮かべている。なんか最近ずっと呆れられている気がする。そして、その隣には見知らぬ人が立っており、それを見た玲と清子がなぜか席から立つ。
「てへっ、すみません。……そちらの方は?」
一花が雑に謝りながら尋ねると、これまた先生はため息を吐く。
「お前はもうちょっと教科書をちゃんと見ろ……すみません。大園さん」
「いや、気にしなくていい」
大園と呼ばれたその人を改めて見ると、見た目は白奈たちと大して変わらないように見える。ただ特徴的なのは綺麗で長い金髪と碧眼だろう。苗字のわりに海外の人みたいな見た目だった。
(大園……聞き覚えのある苗字だな?)
白奈が記憶をたどっていると、大園が口を開く。
「折角だから自己紹介をしよう。私は大園風香。この学園などを管理している大園機構の現代表だ」
玲たちが立ち上がった意味がようやく分かり、白奈と一花も席を立ち背筋を伸ばす。
「そんなにかしこまらなくていい。少し様子を見に来ただけだ」
変な緊張感が四人を支配している中、佐伯先生が大園代表に耳打ちをする。
「ほう。この子が――か」
大園代表が小さく呟いた言葉は、白奈にはほとんど聞き取れなかった。ただ、どうやら一花には聞こえたらしい。試合の最中に引き締まることはあっても、強張ることはなかった一花の表情が歪んだまま固まっている。
大園代表は一瞬一花に視線をやったあと、清子に対して右手を差し出した。
「長谷川さんのとこには世話になっているからな、御父上によろしく言っておいてくれ」
「……はい」
渋い表情をした清子と大園代表の握手が交わされると、満足したらしく、大園代表と佐伯先生は次の目的地へと歩き出した。
「河合は靴、用意しておけよ」
「……はい」
一花はまだ何か考えているようで、半ば上の空で返事を返している。色々な状況に白奈だけが取り残されていた。
「ねぇ、一花ちゃん」
白奈の呼びかけに一花は反応しなかった。白奈は一花の手を取って再度呼びかける。
「ねぇ、一花ちゃ――」
「ごめん、ちょっと用事ができた」
一花は白奈の手を振り払った。ちらりとも振り返らずにその場を後にする一花に、白奈は声をかけることもできなかった。白奈の手には振り払われた一花の手の感触だけが残されていた。
◇ ◇ ◇
試合を終え、寮の自室に戻った白奈。一花はまだ帰っていなかった。
一人だと広く感じる部屋。いつもだと聞こえてすらいなかった自分の足音が、今はやけに鮮明に聞こえた。どこか重い足取りでベッドへ向かい腰かける。重い足取りの理由ははっきりしている。ただ、まだ受け入れられないだけ。白奈は気持ちを切り替えようと明日の対戦について考える。
あと一回。あと一回勝てば、ベスト4。実地研修の参加権が手に入る。次の対戦相手はもう分かっている。これまでの二戦とは違って、純粋な攻撃系能力者のペア。
一人目は村山葵。地面を操る能力者で、会場の地面から壁を出す。攻守ともに優れた能力だ。
「村山さんだけなら一花ちゃんの機動力で何とかなりそうなんだけど……」
二人目、辻紫の能力は空気操作とでも言えばいいのか、自身の周りの空気を操って飛んだり空気弾を撃ったりと、手札の多い能力に見える。
そしてこの二人が合わさると、強制的に道を塞がれた状態で空気弾を撃ち込むという必勝パターンができ、一、二回戦共にそうやって勝ちあがっていた。
そもそも地面を操るなんてのは、効果の適用範囲が広いためかなり燃費の悪い能力のはずだが、それを可能にしている要素が――
「二人は小学校からの幼馴染……」
ペアの能力はペアである期間が長いほど増していくが、この学校に入る前から一緒にいる二人は既にかなり能力の成長が進んでいる。そのため、能力の出力も燃費も、並みのペアを遥かに凌ぐ。
学校で申請するペアはあくまで公的な記録として登録するためのものなので、彼女達の様に入学前からペアを組んでいるというのも稀にあるらしい。
能力者の発生率的に、相当なレアケースとなるので、入学時点で彼女たちは新人戦の優勝候補の一角とされていた。当たるのがこの次ならもう少し気も楽なのだが、残念ながらそうはいかない。
一花のことも気になるが、翌日のことも考えないといけない。まだ日も落ち切っておらず、西日が差し込む部屋に一人。初めて一花に対して明確な不満とずれを感じてしまった。
(このままじゃ余計な考えを勝手に膨らませちゃうな……よしっ!)
気持ちを切り替えるために白奈はタオルケットを被る。
(一旦仮眠してリセットしよう)
ベッドには丸まったタオルケットの山が一つできあがった。




