第4話 二回戦
「え~、大園機構というのは……」
新人戦二回戦。
この日から試合数はぐっと減るので、午前中は普通に授業が行われる。今は歴史の授業だった気がするが、正直授業どころではない。
「この関能高校も大園機構の一部だ。この学校の前身である……」
話が耳を通り抜けていく。眠たいわけではない。
「……ろな、白奈」
「えっ?」
横にいる一花の囁き声に驚いた白奈は自身の予想に反した大きな声で返事してしまう。
「どうした中野? なにか質問でもあるか?」
「あっ、いえ……なんでもないです」
「そうか、じゃあ私から質問だ。立て」
そう言って佐伯先生は白奈に尋ねる。白奈は、講義室中の視線が自分に集まるのを感じる。
「現在の大園機構の代表の名前は分かるか?」
「え~っと……」
授業は右から左に抜けて行っていたので当然分からず、もじもじしていると――
「大園風香だよ」
横から一花が助け舟を出してくれた。
「大園風香……さん?」
白奈は一花に言われた答えをそのまま先生に返すと、一連の流れを見ていた先生は呆れた様子でため息を吐いた。
「はぁ、正解だ。河合には感謝しとけよ」
「えっ、はい。すみません……」
白奈はペコペコと頭を下げて席に座った。それを確認した先生は授業を再開する。
「この学校以外にも大園機構は、全国の研究対策支部の管理も行っている。この学校の生徒なら一度は――」
席に着いた白奈は小声で隣の一花に声を掛ける。
「一花ちゃん。ありがと」
「ううん。半分あたしの所為でもあったし」
「それにしても、一花ちゃんこういうのちゃんと勉強してるんだね」
「何それ? ちょっと心外」
一花はわざとらしくむくれる。白奈もこれがじゃれ合いだと理解しながら慌てて謝るフリをする。
「ご、ごめん。そういうつもりじゃなくて」
「ううん。分かってる。あたしも偶然知ってただけだから他のことは全然分かんない」
そう言って笑って見せる一花に、白奈は呼ばれた理由を尋ねる。
「そういえば、さっきは何の用だったの?」
「あぁ、そうだった。この後の試合、作戦とかは決まってる?」
「うん。まずは相手の能力からおさらいしよっか」
こうして二人は歴史の成績を犠牲にしていった。
◇ ◇ ◇
控室は、昨日ほどは緊張していない二人の少女に独占されていた。
「最後の復習。対戦相手は橋本桃花さんと五十嵐実さん。橋本さんは粘着の能力で対象と範囲は分からない。五十嵐さんは分身を作れる能力みたいだけど、昨日の試合を見た感じだと、実体はなさそう」
「結局意識しないといけないのは、粘着の方って話だよね?」
「そうだね。一花ちゃんの機動力が制限されるのが一番良くないからね。昨日の試合を見た感じだと、橋本さんの前方数十メートルの目視できる範囲に見えたけど、あまり当てにしない方がいいかも」
「じゃあ、ずっと橋本さんの視線を追っておけば安全ってわけでもないんだね」
「うん。そもそも視界に入ってなくても能力が使えるかもしれないし、常に視線を追うことも難しい。さらに厄介なのが――」
カタログスペックだけだとあまり強そうではない粘着の能力を、厄介にしている要素。それは――
「どこがねばねばか分からないっ!」
「そう。能力が及んだ範囲が私たちには分からないってこと」
広範囲に見えない罠を仕掛けられる。こんな厄介なことはない。
「でも逆に、私たちから見えないんだったら、ペアの五十嵐さんにも見えてないかもしれない。だとすれば、事前にある程度範囲を決めているってこともありえる。なら、五十嵐さんの動きから、粘着能力の適用範囲に気付けるかもしれない」
「うんうん」
「でも、ここで気を付けないといけないのが、五十嵐さんの分身はおそらく実体がないってこと。実体がなければ粘着の効果を気にせずに動いてくるかもしれないってこと」
「じゃあ、最初にやることは分身を見分けるってことだね」
「そう、だから一回戦の奇襲みたいな作戦はなし。……なしなんだけど、一つだけ。緊急回避用の案だけ共有しておくね」
「? うん」
「――――――」
「……ふふっ、何それ?」
◇ ◇ ◇
会場から観戦席を眺める。昨日は緊張であまり周りを見る余裕がなかった白奈にも少し余裕が出て来ていた。それは隣の一花も同じようで、楽しそうにあたりを見回していた。
「ねぇ! あそこ、玲と清子いるよっ!」
そう言って一花は観戦席にいる二人に大きく手を振って見せると、あちらも手を振り返してくれていた。特に清子は大袈裟に飛び跳ねており、白奈は胸をなでおろす。昨日のちょっとした衝突もお互い気にしないでくれるみたいだ。
「清子ちゃん元気すぎだよ……」
白奈も二人に軽く手を振り返した後、一花と共に息を吐いて気持ちを切り替える。
「向こうもスイッチ入ったみたいだな。行くぜ桃花」
「うん。頑張ろうね、実ちゃん」
気の強そうに見える五十嵐が声を掛け、橋本もそれに応える。
「では、位置について」
審判の合図で四人はそれぞれ広がる。今回は前回の奇襲のように明確なプランニングがあるわけではない。戦っていく中で情報を集めて攻略していくことになる。ある意味、今回こそが初の実戦かもしれない。
「はじめっ!」
合図と同時に足を上げようと試みる。予想通り足は上がらない。恐らく一花もそうだろう。もちろんここまでは想定できていた。
「一花ちゃん!」
「了解っ!」
まだ塞がっていない右手で一花は自身の足元の地面に拳を振り下ろす。地面が砕け、一花の靴底と右の手の甲には、粘着した薄い地面の欠片だけが残った。一花は白奈の立っている周辺の地面も同様に砕いて白奈を抱えて大きく後退する。
「よかった。最初の動きだけ決めておいて。ナイス白奈」
「おかげでスムーズに脱出できたね」
粘着能力は少なくとも視界の範囲数十メートルは有効。ということは、死角があるかを調査する前に気にしないといけないことがあった。それは、試合開始直後は確実に有効射程に入っているということ。そこで白奈は、開幕に足元に粘着能力が付与されていた場合に限って名前を叫ぶようにしていた。これによって、一花の最初の行動は白奈を抱えることから、自分と白奈の足元の地面を破壊することに変化した。
「さて、とりあえず思いっきり離れてみたけど……」
白奈の視界からは見えないが、おそらく一花は足を上げて能力を確かめているようだ。
「この場所は大丈夫みたいだね」
「そっか……見たところ橋本さんとの距離は三十メートルくらいかな?」
「でも、ここが安全な条件はまだ確定しちゃだめだよね?」
「うん。有効範囲の外なのか、設置に時間がかかってるのか、設置回数に制限があるのか……色々考えられるけど、とりあえずここは安全。でもこの後も安全とは限らないから、なるべく下がり続けた方が良さそう」
「そうはいっても……」
一花が一瞬後ろを振り返る。代わりに白奈が相手を視界に収め続ける。
「ずっとは下がってられないねっ」
この会場は直径百メートルほどで、中心から約三十メートル後退したので、下がれる幅は残り約二十メートル。あまりうかうかしてもいられない。
「来るよっ! 一花ちゃん!」
白奈の声で前を向く一花。粘着能力の橋本を残し、投影能力の五十嵐が一人――いや、二人で距離を詰めてくる。
「あれのどっちかは偽物ってことね……地面ちょっと取ってから投げちゃダメかな?」
「避けられないけど大けがさせない速度で投げられないでしょ? ダメだよ」
「そっか……じゃあ、見分けるのは白奈に任せるからね?」
「任せて。今はとりあえず距離を取ろう」
幸い、機動力は圧倒的に一花に軍配が上がるので、距離をキープすることは容易だった。しかし、それも長くは続かない。じりじりと背後に壁が迫る。
「逃げてばかりじゃ勝てないぞ?」
五十嵐が白奈と一花を煽る。だからといっておいそれと近づく訳にもいかない。何せどっちの五十嵐が本物なのかが分からない限り、粘着の範囲も推測できない。
(……ん?)
その時、白奈はある違和感を拾った。それは当たり前と言えば当たり前のことだが、この場においてはおかしなことだった。ただ、白奈にはそれを確かめる術がない。思いついた案を試すため、そして相手に意図を悟られないようにするために、白奈は顔を一花に向けず、口をなるべく動かさず、呟くような小さな声で話す。
「一花ちゃん。この声は聞こえる?」
「え? 白奈?」
「こっちを見ちゃダメ! 聞こえるんだね? じゃあ、前を向いたまま聞いて」
白奈の制止に、一花はすぐ前だけを向く。
「今、二人の五十嵐さんの口は両方動いて見えたよね?……でも、声は一つしか聞こえなかった。良く考えればそうだよね。実体がないんだから口が動いても声はでない。この距離じゃ私の耳だとどっちがしゃべってるのかは分からない。でも、能力で強化された一花ちゃんなら判別できるんじゃないかな? そのためにはまず、しゃべってもらう必要がある。……ということで」
白奈は一花の首に巻き付けていた右腕を解いて自身の口元に当て、相手ペア、特に五十嵐に向かって呼びかける。
「橋本さんの能力の有効射程はせいぜい二十メートルってとこでしょ! 機動力の高い一花ちゃんなら逃げ続けられる!」
もちろん本当にそう思っているわけではない。ただ相手に白奈がそう思っていると思わせられればラッキーで、本命はこっち。
「それじゃいつまでも勝てないだろ! ビビってんのか?」
五十嵐の反応だ。白奈が五十嵐の能力ではなくあえて橋本の能力に言及したのも、分かったつもりで的外れな考察を語られた方が、相手としても口が軽くなって何か言葉を返してくれるだろうと思ったからだ。
そして、思惑は叶った。
「一花ちゃん。聞き取れた?」
あの左右にそれぞれ分かれた二人の五十嵐の内、どちらかが声を本当に発していたはずだ。白奈には到底判別がつかない。ただ、一花なら――
「うん。分かった」
問題なく聞き取れる。序盤からずっと距離を一定に取り続けているので、まだ三十メートルくらいは先にいるはずのほぼ横並びの人の声の出所を聞き分けられる。身体強化で鋭くなってる感覚は恐ろしい。今後隠れてひそひそ話なんてできないな。
「よしっ! じゃあ次はこっちが仕掛けよっ……」
一花の声の勢いが弱まる。
「どうしたの? 一花ちゃん?」
狙うべき相手が分かって、これから粘着の範囲を探りながら攻めようとした矢先。
「また、足が地面に引っ付いてる」




