第3話 私というトロフィー
新人戦一回戦目の朝。
新人戦の初日は三十二チーム、計十六試合あるため授業がない。研究職志望の生徒のほとんどは他生徒のデータを取るために観戦する者と、自室で研究を進める者に二分される。逆に、戦闘職志望の生徒はそのほとんどが次の対戦相手の見学や優勝候補の動きなどを参考にして、各自の戦略の幅を広げるために大会を観戦する。
そして白奈と一花も戦闘職志望の例に洩れず観戦席で他ペアの観察と戦闘の準備を行っていた。もはや日常となった手を繋ぐという行為に、疑問も違和感も持たなくなっていた。それどころか、昨日はより密着しようと一花が言い出したものだから、夜はベッドで一花にバックハグしてもらいながら作戦の再確認を行っていた。
そして、当たり前になったからこそ分かることがある。今、一花も白奈も信じられないくらい緊張している。どちらが先かは分からない。ただ互いの手に伝わるじっとりとした感触が広がる。もはや緊張は二人の共有財産になってしまっている。
「お~! 緊張してるじゃんふたりとも」
「中野、河合。お疲れ」
二人だけの世界で緊張を高めてしまっていた白奈たちに、清子と玲が声を掛けて隣の席に腰かける。
「ふたりとも落ち着かせてあげようか?」
ガチガチに固まった二人を見かねた玲が提案する。玲の能力は触れた相手の神経系を操作し、入眠や覚醒、乱れた精神の鎮静化を行える。ただし触れながらゆっくりと操作するため戦闘には向かないのだ。
「「大丈夫」」
そんな玲からの助け舟を二人は同時に断った。
「えっ?」
玲もまさか断られるとは思っていなかったのか、普段は感情の起伏の少ないその顔に驚きの色が広がった。
「ごめんねっ、玲の気持ちは嬉しいんだけど……ね?」
そう言って一花は顔を横に向け、それを受けた白奈が当然のように続きを引き取る。
「うん。せっかくの初めての実戦なんだ。しっかり緊張しておかないと」
「そういうことっ。でもありがとねっ」
ジジッ
「あ~テステス。……これより、第七十五回国立関ケ原能力者高等学校一年次特殊研修生選抜大会の開会を宣言する」
スピーカーの電源が入る音をイントロに、もはや誰も覚えていない正式名称を佐伯先生が唱え、いよいよ新人戦が幕を開けた。
「早速だが、呼ばれた生徒は下に来るように、まずは第一試合――」
佐伯先生に呼ばれた生徒が白奈たちのいる観戦席から下の会場に降りて行く。
「いよいよ始まるねっ」
ぎゅっと繋がれた手にどちらからでもなく力が籠められた。
◇ ◇ ◇
「玲。やっぱり先発組の方が勝ちやすいね」
「まぁ、順当な力比べだとそうなるな。清子の言いたいことも分かる」
新人戦に対する生徒の共通認識にこういうものがある。先発組の方が有利であるというものだ。新人戦が行われるのは六月の中旬頃であり、参加資格は五月までにペア申請を行ったペア。そして、互いの能力は、ペアである期間が長いほど高まっていく。
つまりは、ペアの結成が早ければ早いほど能力の出力が強く、それだけ勝率が高かった。新人戦開始時点でのペアの期間の長さを大別するために生まれた言葉が先発組と後発組。四月までに結成したペアを先発組、五月に結成したペアを後発組として、いつの間にか関能高校に定着した用語となっている。そして新人戦の一回戦も半分を超えた現在の戦績を見ても、先発組の方がやはり勝利を収めやすい。
「清子の不安も分かる。ただ、中野の能力で強化された河合は先発組以上かもしれないし、そもそも中野を抱えることによる人数不利に比べたら大したことじゃない」
「そう、だね」
不安そうな清子を見かねた玲は手を重ねる。能力のためではなく、気持ちに寄り添うためのスキンシップ。
「中野は大人しいやつだけど、消極的な訳じゃない。大事な大会に無策で挑むなんてことはない。だからそう心配しなくてもいい」
「……うん」
(こんな大人しい清子を見れるのもわたしの特権だな)
「さて、そろそろ二人の入場だ」
玲は下の会場に目を向けるとそこには、先ほどの緊張しきった二人はもうおらず、戦闘モードの気合いの入ったペアがいた。
◇ ◇ ◇
「位置について!」
審判の号令で深く息を吐く。一回戦に限って、相手の事前調査ができる期間が長い。白奈はその特性を十分に活かして、相手の能力を調べていた。発光能力の浅井蛍と物体伸長の有田みどり。何ができるかはある程度想像がつく。そしてそれは、相手も同じだ。彼女たちが白奈と一花の特訓を見て作戦を立ててくる。そしてこう考えるに違いない。
相手は実質ひとりだと。
白奈を抱えるのなら足しか使えない能力者ひとりだと。
「はじめ!」
審判の号令を合図に、白奈は精一杯ジャンプする。次の瞬間には一花が白奈の両足の土踏まずに足を合わせ蹴り上げていた。白奈が飛んだ先は、浅井と有田のちょうど中間、その二人が見上げる位置。
「なっ!」
浅井が先に意図に気付いたが、もう遅かった。一花は追いかけるように白奈の真下に移動し、浅井と有田の間に陣取る。浅井に背を向けたことによって、浅井の発光能力は一花に効果がなく、その先の有田の邪魔にしかならなくなってしまった。そして、有田が白奈から視線を下ろした時には既に一花の両手が迫っていた。
有田は一花に武器を払われ、そのまま地面に体を押し付けられる。
「くっ!」
「そこまで!」
審判の号令を確認して即座に一花は白奈の着地点に入る。
その間わずか三秒。
「よっと」
落下してきた白奈をキャッチし、一息つく。
「完璧っ!」
一花が白奈にニコっと笑って見せると、白奈も一花に微笑み返した。
「完璧!」
◇ ◇ ◇
「ふぅ~満足満足っ!」
「ねぇ、一花?」
観戦席に戻って来た二人を見て清子が席から立ちあがる。
「あれは、どっちの作戦なの?」
清子の質問の意図を察した白奈がすかさず二人の間に割って入る。
「清子ちゃん。あれは私の作戦。大丈夫だよ」
今にも一花に掴みかかりそうだった清子は白奈の説明を聞いて、しぶしぶ席に座り直した。
「……だとしても、あの作戦は……」
それでも納得のいっていない様子の清子に対して、白奈は今回の作戦に至った経緯を打ち明ける。
「一回戦は下調べが前提になってるってのは清子ちゃんも知ってるでしょ?」
「……まぁ」
戦闘職志望でない清子ですら知っているくらいには、新人戦の一回戦前に行われる情報戦は関能高校の一年生にとって常識だった。
「お互い能力の種類自体は流石に隠し通せないから、性能を誤認させることで逆に優位に立とうとしたりする。だから、一回戦は能力の細部に踏み込んで行くほど情報の信憑性が下がって、取捨選択が難しくなる」
今回、白奈が調査して得た情報。発光能力を持つ浅井の能力発動のトリガーや、物体伸長能力の限界はブラフの可能性が排除できなかった。
「でも、相手は私と一花ちゃんの能力を全部把握している。私の能力は悪い意味で有名だったし、一花ちゃんの能力には隠しておけるものがない。だから相手は私たちの能力の次に戦略まで見てしまった」
戦場における白奈というハンデを解決する手段として、現状はお姫様抱っこ戦法を採用しており、訓練時も白奈の目を慣らすためにお姫様抱っこでの移動をずっと行っていた。
「だから相手は自然とこう考えるようになっていったんじゃないかな?『どうしたら一花ちゃんから私を引き剥がせるか』って」
「……そう、だね」
「ひとり拘束してしまえば勝ちになるルールで無能力者同然の相手がいたら、真っ先に狙いたいに決まってるからね」
だからこそ、一瞬意識を逸らすために白奈を空中に放り出した。
「私というトロフィーが無防備な空間に放り出された。攻撃手段を持っている人はつい目で追っちゃう。そして『意図は何だ?』『あの位置なら攻撃できるか?』って考えちゃう」
しかし、白奈を目で追ったが最後。下では両手の空いた一花が全力で制圧に迫っている。
「手も使える状態の一花ちゃんが先手を取った時点でもうほとんど勝負有りっていうのが今回の作戦」
一通り説明を終えた白奈が清子の様子を見ると、彼女はまだ納得していない表情をしていた。
「その作戦はさ、勝つためには最適だったのかもしれない。けど、白奈が一番危険だったってことには変わりない」
清子がそもそも知りたかったことは、あの作戦がいかに優れていたかではなく、白奈が安全だったのかだ。
ただ――
「清子ちゃん」
「……」
「気持ちは嬉しいけど、私だけ安全な場所で護られっぱなしじゃダメなんだよ。使えるものはなんでも使わなきゃ」
勝利のためにある程度のリスクは受け入れる必要がある。清子だって分かっているが、だからといって目の前で危険な作戦を採る友達に何も言わないほど、彼女も薄情ではなかった。
「……そう、だね。我儘言っちゃった。一花もごめん。改めてふたりとも、一回戦突破おめでとう」
「うん、ありがとう」
「清子の気持ちも分かるよ。気にしないで」
気まずい空気が四人を包む。白奈は慌てて場を取り持つために新しい話題を提供する。
「ほ、ほら! いまから明日の私たちの相手が決まる試合だから! 情報収集しなくちゃ!」
「そ、そうだね」
提案に無理やり乗った一花が白奈の手を取り一緒に席に着く。
「はじめ!」
審判の声を合図に試合に意識を向けるが、手を握る一花の力がいつもより強く感じる。
(一花ちゃんは今何を考えているんだろう?)
そのことばかりに意識が向いて、観戦に集中できない。
(私ってまだ一花ちゃんのこと全然知らないな)
濃密な数週間で急速に距離が縮まった。物理的にも精神的にも。それでも、今の一花を形作った過去にはなんとなく触れられずにいた。それは一花も同じで、白奈の過去に踏み込んでくることはなかった。
今と未来しか見ていないような、不自然に前向きな一花の過去。
いつか踏み込んでもいいのだろうか?
そんなことを考えながら白奈も強く手を握り返した。




