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突然の告白

「……どういうことなんですか? 吉野センパイ」


 虚ろな眼で私を見つめているのは、私の大事な後輩、小早川ちゃんだった。

 責めている眼。非難している眼。クラスのみんなから受けた眼だったけど、一番可愛がっている後輩からされてしまうとこんなにツラいんだって再認識する。


「小早川ちゃんも知っちゃったんだね」

「あんな大騒ぎで知らなかったら、かなりの鈍感だと思いますよ」


 ということは学年だけではなく、学校中が知っているわけで、近いうちに職員室に呼び出されるかもしれない。

 十字ヶ丘高校の校則は緩いけど、不純異性交遊をしている生徒を見過ごすようなことはしない。

 でも私は田中くんと、その、そういう関係になったことはないし、きちんと説明すれば先生方も分かってくれると思う。まあ何らかの処分が下されるのは確かだけど。

 それより問題なのは、目の前にいる可愛い後輩の小早川ちゃんにどう説明したらいいのか、分からないことだった。


 放課後。あんな事件が起こった直後だけど、一応部活行こうとした私に、小早川ちゃんが恐い顔で「こっち来てください、吉野センパイ」と手を引っ張った。

 こうして二人きりで体育館裏にいる。


「なんで田中なんかの家に行ってたんですか?」

「こら。田中先輩でしょ」

「そんなことはどうでもいいんです! なんで、なんで、なんで!」


 最後の言葉と共にだんっと体育館の壁を思いっきり拳で叩きつける。なんだか狂気染みていて怖かった。


「小早川ちゃん手が――」

「なんで、田中を選んだんですか!」


 ぼろぼろ、ぼろぼろと。私を睨みつけながら、溢れる涙を拭おうとしない小早川ちゃん。


「選んだって……私は田中くんと付き合ってないよ――」

「ふざけないでくださいよ……私、本気だったのに……」


 そのままうずくまってしまう小早川ちゃんになんて声をかけていいのか分からなかった。

 言っていることの意味が分からなかった。本気ってどういうこと?


「田中以外だったら、諦めがついたのに……よりにもよって……」

「小早川ちゃん? 何を言っているの?」

「…………」


 沈黙のまま泣き続ける後輩にどうすれば良いいのか、分からない私はただおろおろするだけだった。

 尊敬している先輩が毛嫌いしている人の家に通っていたら、嫌な気持ちになるのは分かるけど、まさか泣くなんて。


「小早川ちゃん――」

「好きだったんです。センパイのことが」


 不意に言われた告白だった。私の思考は一時停止する。

 うずくまっていた小早川ちゃんはゆっくりと立ち上がって私を見つめる。それはとても危うい目だった。思わず後ずさりする。


「センパイのことが好きで好きでたまらなくて、いつもいつでもいつまでも一緒に居たくて。恋しいくらい愛しているんです」


 一歩ずつ私に近づく小早川ちゃんがなんだか怖くてごくりと唾を飲み込んだ。


「センパイは私の理想でした。優しくてかっこよくて。女の子とは思えないくらい、爽やかで溌剌としていて。こんな私にだけ愛情を向けてくれて。それがたまらなく嬉しかった。それなのに……」


 目が憎悪に染まる。いますぐ逃げ出したいけど、後ろを向いたら何かをされそうだった。

 それに脚力で勝てるとは思えなかった。

 だから小早川ちゃんの目を反らすことなく、後ずさるしかなかった。


「告白なんて考えてなかった。一緒にいるだけで幸せだった。ただそれだけだったのに。でもセンパイは汚されてしまった。それが悔しくて……! 悲しくて……!」


 私は緊張のあまり声が出なかった。落ち着こうとか、汚されてないとか、いろいろ言いたかったけど、声がまったく出なかった。


「どうしてみんな、私を裏切るんですか? ねえ、答えてくださいよ、センパイ」


 どんと身体に衝撃が走った。思わず後ろを見ると倉庫か何かの壁だった。

 ハッとして正面を見ると小早川ちゃんが目の前にいて、私の手首を掴んだ。


「ひっ……」

「どうして怯えているんですか? そんなに私が怖いんですか?」


 徐々に顔を近づける小早川ちゃん。私は恐怖のあまり涙を流していた。


「うふふ。センパイの泣いている顔、初めてみましたよ……」

「や、やめて……」

「綺麗ですね、涙。きらきらしてて……ねえセンパイ?」

「な、なに……?」


 小早川ちゃんはゾッとする笑顔でこう言った。


「それ、舐めてもいいですか?」


 返事を待たずに短い舌を出して、私の頬を伝う涙を舐めようとする。

 私は思わず叫んでしまった。


「助けて! 田中くん!」


 すると小早川ちゃんは今まで聞いたことのない低い声で呟いた。


「……なんで田中の名前が出るんですか?」

「……えっ?」

「今ここにいるのは、私じゃないですか!」


 逆鱗に触れてしまったようで、小早川ちゃんは物凄い恐い顔になって、私を殴ろうとする。反射的に目を閉じてしまった。

 来るだろう痛みに身構える。

 でも来なかった。恐る恐る目を開けた。


「……女の子がそんな風に乱暴しちゃいけないよ」


 小早川ちゃんの右手を掴んだのは――田中くんだった。


「ど、どうして、ここに……?」


 こんな状況で、まだ助かったとは言えないけど、なんだか心が落ち着いてくる。安心してきたんだ。


「この……! 放せ!」


 小早川ちゃんは腕をぶんぶん振って田中くんの手から逃れようとする。

 それは案外簡単に解かれた。元々強く握っていなかったらしい。

 でもその隙を突いて、田中くんは私を引っ張って自分の胸元に抱きかかえた。

 今度は落ち着くどころじゃなかった。抱きしめられている形になった私の心臓は激しく高鳴り、頬が紅潮してしまった。


「大丈夫かい? 吉野さん」


 耳元で囁かれるとやばいなと思ってしまった。


「う、うん。大丈夫……」

「顔が赤いけど平気?」

「だ、大丈夫だって!」

「なら良かった。ちょっと離れてて。この子とお話するから」


 そう言って田中くんは私を守るように背を向けた。

 結構、大きくて頼もしかった。


「さて。どういうつもりか言ってもらおうか」

「――っ! どうして邪魔をするんですか! 何故ここが分かったんですか!」


 憤怒の表情で田中くんを睨みつける小早川ちゃん。こんなに恐い子だとは思わなかった。


「簡単な話さ。吉野さんの跡をつけてただけ。大友とかが変なことをしないためにね。それに邪魔したのは、君が異常だったからだ」

「私が異常……?」

「そうだよ。君は異常さ」


 何の狙いかは分からないけど、田中くんは近藤くんと違って暴力を使うことはしないらしい。

 あくまで対話をするつもりだ。


「女の子に恋をして。しかもその相手は君を可愛がっている先輩じゃないか。厚意で接していた相手に対して、性欲を抱くなんて動物を変わりないね」

「この私を動物扱いにしましたね……! あなただって情けない人じゃないですか!」


 今にも殴りかかりそうな小早川ちゃんだったけど、なんとか自分を抑えていた。それは田中くんが男の子で腕力ではとても敵わないと分かっていたからだろう。


「情けない人? どういう意味だい?」

「知ってますよ。あなたは中学生の女の子を見殺しにしたって。しかも最近の話じゃないですか」


 静ちゃんのことだ。

 でも誰から知ったのだろう?


「誰から聞いたんだ?」

「はっ。言うわけないじゃないですか」

「そっか。じゃあ言いたくなるようにしてあげよう」


 田中くんは半歩後ろに下がり、私と並ぶように立った。何をする気だろう。


「はっきり言っておくけど、僕は吉野さんと付き合っていない。恋人じゃないんだ」

「……信じられませんね。聞きましたよ。家に通っているって」

「それは僕に料理を振舞ってくれただけなんだ。ただそれだけの関係さ」


 小早川ちゃんは苛立って「結局、何が言いたいんですか!」と大声で喚いた。


「君が嫌がることだ。僕は今から、吉野さんに――告白する」


 えっ? 告白?


「何を言っているの? 田中くん?」


 それに答えずに田中くんは私の両肩を掴んだ。

 小早川ちゃんは明らかに動揺して「何するつもりですか!」と震えた声で言う。

 田中くんはいたって冷静に言う。


「簡単なことだよ。もしもこの告白を吉野さんが断れば、今日この場で行なった君の奇行は的外れになる。勝手にあんなことをして、勝手にから回ったことになるんだ」


 小早川ちゃんの顔が真っ青になった。


「まあ万が一、僕の告白を吉野さんが受け入れたら君は目の前で失恋を経験することになる。どっちにしたって良いんだ」


 今分かった。田中くんは小早川ちゃんと和解とか対話とかするつもりないんだ。

 ただただ、心を折ろうとするだけなんだ。


「さあ。どうする? まだ謝るのは間に合ったりするんだけど」


 小早川ちゃんは口をぱくぱくさせて、どうするべきか悩んでいた。

 私は別の意味でどきどきしていた。まさか田中くんから告白されるなんて。


「僕も気が長いほうじゃないんだ。五秒以内に謝って」


 田中くんがカウントを始める。


「五、四、三――」

「ま、待ってください! 謝りますから!」


 小早川ちゃんはその場に座り込んで頭を下げた。


「ごめんなさい! 私が悪かったです! 酷いことをしてすみませんでした!」


 田中くんは両肩から手を放した。


「うん。それでいい。吉野さんもそれでいいね?」


 私は真っ赤な顔のまま「う、うん。それでいいよ」と答えた。


「さてと。吉野さん。ここからは君の問題だ」


 田中くんはそう言って私から離れた。


「私の問題?」

「君はこのままで済ますような人じゃない。僕はそう思ってる。可哀想な後輩に対して、君はどういう対応をするかな?」


 なんだ。やっぱり田中くんは全て分かってたんだ。

 私のことを理解してくれてるみたいで、ますます好きになっちゃうな。


「うん。そうだね。分かっているよ」


 私は土下座してる小早川ちゃんに近づいた。

 そして背中をさすってあげた。


「ごめん。気づかなくて。それに勘違いさせちゃったみたいだね」


 小早川ちゃんはゆっくりと顔をあげた。


「センパイ……?」

「私は小早川ちゃんの想いに応えることはできない。でも小早川ちゃんは大切な後輩だよ。できればこれからも仲良くしてほしい」


 そして呆然としている後輩をそっと抱きしめた。


「ごめんね。でもありがとう。こんな私を好きになってくれて」

「せ、センパイ……うわああああ!」


 大声で泣き出す小早川ちゃんが泣き止むまで、私は背中をぽんぽんと優しく撫でてあげる。

 田中くんは何も言わずに、ただ見守っててくれた。


「恐い思いをさせてごめんなさいです。センパイ」


 数分後、やっと泣き止んだ小早川ちゃんはぺこりと頭を下げた。


「あ、そうそう。質問に答えてくれるかな。小早川さん」


 田中くんが何気なく訊ねると「なんですか? 田中センパイ?」と素直に答えた。


「君に今日の騒動と僕の過去、教えたのは誰だい?」


 すると小早川ちゃんはきょとんとした表情で答えた。


「えっ? 誰もが知ってることじゃないんですか? そう教えてくれましたよ」

「だから誰なんだい?」


 私も気になるので固唾を飲んで見守った。

 小早川ちゃんはあっさりと答えた。


「誰って。決まっているじゃないですか――」


 その名前を聞いた瞬間、足元が崩れるような感覚がした。

 今までの学校生活が崩壊するような名前。

 そして全ての疑問が氷解した。

 私が田中くんの家に通っている写真を撮ったのも。

 そして小早川ちゃんが田中くんの過去を知っていたのも。

 全て彼女が吹き込んだことだった。

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