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祝福と呪いと浄化と

階段を降りきり、立った場所は、夜空の広がる駐車場でした。


車は1台もありません。


星の無い空には、大きな月だけが浮かんでいて、無人の駐車場を明るく照らしています。


その駐車場の中央付近に〈ダナ〉はいました。


一見、パーカーを着た男性が、後ろを向いてうずくまっているような姿をしています。


しかしよく耳をそばだてててみると、クチャクチャと、粘着質な音が聞こえてきます。


何かを食べているのでしょうか。


癒雫(ゆな)ちゃん、準備して」


先生が藍色の光の玉を消して言いました。


「はい」


わたしも、自分の光の玉を消しながらそう言います。


多分、準備が終わった瞬間、はじまります。


すうっ、と息を吸って、吐いて数秒後、わたしの身体は光って蒸発します。


わたしが、わたしを構成していたすべてを手放したからです。


今までわたしの肉体を肉体たらしめていた物が光の粒子になって消えていきます。


身体から光の粒子が消えると、わたしは、マナだけで出来たシルエットになりました。


手に握っていた天秤座の石が、手の中で溶けていきます。


マナ化した身体と同化してるのでしょう。


物体化している力が無くなり、着ている服などが地面に落ちていきました。


わたしはすぐさま、頭の中で服をイメージします。


上は白いシャツで、下は黒いリクルートパンツ。


靴は、動きやすいパンプスで。


すると、すぐさまイメージは反映され、わたしはそれらを身につけた姿に変わります。


最後に、周囲の空気をマナの身体に取り込むと、シルエット状だった身体に肌や顔や髪等が出来、最終的に、いつものわたしになります。


薄っすら、光を帯びてはいるけれども。


一族の者だけが使える〈常世返(とこよがえ)り〉と言う術です。


この世界のあらゆるしがらみを強制的に断つ事で、かつての先祖達と同じ状態に戻り、〈祝福(しゅくふく)〉を行使しやすくします。


主に、〈ダナ〉の駆除の時に使われます。


横目で、先生が祈りのポーズを作り、入り口に結界を張る姿が見えました。


先生も蟹座の〈祝福〉を使えるのです。


素質と、ある条件を満たせば、一族の者じゃなくても、〈祝福〉を授かる事が出来るのです。


・・・誰にでも出来る程、容易な事ではありませんが。


わたしも〈祝福〉を行使しようと思います。


立ったまま上体を前に倒し、両腕をだらんとさせます。


その状態で両手で緩くグーを作り、手首を上げ、まるで動物の前足のような形にすると・・・。


ぼおっ、と、身体の表面に虹色がかった白い光の膜が出来ました。


わたしが生まれついて授かった、獅子座の〈祝福〉です。


わたしの気配に気付いたのか、目の前の〈ダナ〉が、立ち上がり、ぐるっとこちらを向きました。


・・・どうやらクチャクチャ鳴らしてた音は、何かを食べていた音では無かったようです。


振り向いた〈ダナ〉は、首から上の帽子で隠れてる部分に両手を突っ込み、内部をかき回していました。


クチャクチャと鳴っていた音は、帽子の中身をかき回す音だったようです。


しかし、どうやらそれも終わりのようでした。


〈ダナ〉は、帽子の中に突っ込んでた両手を外に出し、しゃがんで、何かをブツブツと言い始めました。


次の瞬間。


〈ダナ〉を中心に、地面から無数の針が隆起し、地面全体を覆い始めました。


「!」


咄嗟に、わたしは飛び跳ねます。


跳ねたと同時に、もう一つの〈祝福〉も発動させました。


牡羊座の〈祝福〉です。


牡羊座の神話に出て来る、空飛ぶ有翼の羊、クリュソマロスのように、背中に翼を生やし、空に浮かびました。


(先生は!?)


わたしは上空から先生を探しました。


先生は、無事でした。


すんでのところで自分の周りに結界を張り、針に差し貫かれるのを免れたようです。


(よかった・・・)


ついでに、わたしの服や鞄等も守ってくれてるみたいでした。


(ありがとうございます)


先生に感謝の気持ちを抱くのも束の間、〈ダナ〉の攻撃は止みません。


今度は首から上の帽子の中身から、無数の何かをこちらに向けて放ち始めました。


わたしが避けるべく、〈ダナ〉のまわりを旋回するように飛ぶと、〈ダナ〉もそれに合わせて回転して、攻撃してきます。


(持ってきた星座の石、ミスったかな・・・)


わたしは心の中で独り言ちました。


(攻撃の手が止んで隙が出来るまでこのまま飛んで避け続けようか?〈常世返り〉した状態なら、体力の限界は無くなるのでわたしはいいけど・・・)


問題は先生の方です。


〈常世返り〉が出来ない生身の身体の先生が、入り口に結界を張ってられるのは、15分が限界です。


さらに身を守る為に、自分の周りにも結界を張っている為、15分よりも早く限界が訪れる可能性のほうが高いです。


帰りに階段を登って行く為の体力の事を考えると、決着は早く着けた方がいい。


・・・とすると。


「・・・あれをするしか無いよね」


というか、それしか思いつきませんでした。


短時間で終わらせる方法。


〈ダナ〉は相変わらず、飛び回るわたしに照準を合わせるべく回転しています。


わたしも相変わらず、それを避け続けていたのですが・・・。


「・・・よし」


意を決して、止まりました。


そして、〈ダナ〉の攻撃の照準がわたしに完全に向きます。


無数の何かが、こちらに向かって放たれると、わたしは、その無数の何かに向かって、まっすぐ突っ込んで行きました。


無数の何かは、よく見たら鋭いナイフの群れでした。


わたしはナイフの群れをその身に受けながら、〈ダナ〉目掛けて飛んで行きます。


痛みはありません。


なぜなら、全部効いて無いから。


そう、これが獅子座の〈祝福〉。


獅子座の神話に出て来る怪物、ネメアの獅子には、弓も剣も棍棒も、あらゆる武器が効きません。


全て頑丈な毛皮の前に折れてしまうのです。


なので、獅子座の〈祝福〉の、炎の毛皮を身に纏った今のわたしは、神話の怪物、ネメアの獅子のように、あらゆる攻撃を無効化出来るのです。


わたしは〈ダナ〉の放つナイフの群れを浴びながら、〈ダナ〉の眼前までやって来ました。


そして、改めて、〈ダナ〉がブツブツ言っていた言葉が何なのかを聞きました。


『お前も不幸になれ、不幸になれ、呪われろ、呪われろ、呪われろ・・・





呪ってやる・・・』


それは、呪詛の言葉。


聞く者すべてを狂わせそうな、おぞましい声で発せられた、誰かの不幸を願う詠唱(うた)


これからわたしが浄化()す・・・。


「・・・おやすみなさい」


一通り聴き終えたわたしは、一言、〈ダナ〉にそう言うと、炎で作った獅子の爪で、〈ダナ〉を一閃しました。


ネメアの獅子の爪は、どんな物でも切り裂いてしまうそうです。


この爪も、あらかたの物は切り裂けると聞いています。


炎の爪で切り裂かれた〈ダナ〉は、一瞬白く燃えると、そのまま何も言わない、動かない状態になり、ぐにゃぐにゃと、液体のように変形し始めました。


そしてそれは、だんだん丸い形になり、最後には、燃えるような赤い火の玉になります。


そう、まるで、血のような赤の。


地面を覆っていた無数の針は、灰のようにボロっと崩れ、霧散していきました。


そしてそれが〈ダナ〉の最期でした。


血のような火の玉は、やがてまあるく膨らんでいきます。


まあるく、まあるく膨らんで。


やがて、ぷつっ、と突き破られました。


小さな、小さな光に、内側から突き破られました。


ぷつっ、ぷつっと。


それは、透明な光る稚魚でした。


透明な稚魚は、次々出てきます。


火を内側から突き破り、わらわらと、まるで火花のように・・・。


火は、突き破られるたびに、しぼんで、小さくなりました。


透明な稚魚達は、四方八方、夜の駐車場を泳ぎ、やがて、結界が張ってある入り口の方へ、束になって泳いでいきます。


そして皆、結界を越える事なくぶつかり、地面に落ちていきました。


自分の周りの結界を解いて、先生が落ちた稚魚達を、持っていた半透明な袋に入れます。


それは、結界を袋状にした物でした。


先生は両手で稚魚達を掬って入れていきます。


潰さないように、優しく、優しく。


わたしの目の前には、しぼんで破れた、丸かった火が残りました。


それは、まるで、卵の膜のようでした。


稚魚が生まれて、しぼんだ卵の。


膜は、やがて一か所に集まり、固まっていきました。


ぎゅっと、小さく固まって、やがて一粒の、虹色に輝く宝石になりました。


「・・・・・・ふう」


わたしは〈祝福〉を解いて、コンクリートの駐車場に降り立つと、その虹色の宝石を手に取りました。


程なくして、グラグラと、地面が揺れ始めました。


「〈ダナ〉がいなくなって空間が元に戻ろうとしてる!早く上へ戻りましょう」


入り口の近くで、先生が叫んでいるのが聞こえました。


急いで踵を返し、先生の所に向かいます。


「あ、あの・・・重かったら鞄だけでいいですから・・・」


わたしの着ていた服や靴や鞄等を全部持って帰ろうとする先生に対し、そう言うと、先生は、


「大丈夫!」


とだけ言って、そのまま元来た階段を駆け上がって行きました。


わたしも後に続いて駆け上がります。


背後から、ガラガラと色々崩れて行く音がするのが聞こえました。


わたしは〈ダナ〉だった虹色の宝石をぎゅっと握りしめながら、階段を駆け上がります。


宝石は、わたしの手の中で、溶けることなく、ずっと残っていました

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