クリスマス②
クリスマスのケーキを貰いに向かった先は、渡霜の〈内〉の東にあるお店、『月花堂』。
ルシェナの花の蜜で作った料理全般の専門店で、和菓子や洋菓子を中心に色々取り扱っています。
渡霜の東西南北すべてに1店ずつ存在していて、東にあるのが本店。他の西南北にあるのが分店になります。
そこそこ広い駐車場に車を停めると、薄紅色の水晶のような屋根に、白い壁の、洋風の大きなお店が、わたし達を出迎えます。
創業数百年はある老舗で、ほぼ建てられた時と同じ状態だと言います。
濃い琥珀色の扉を開けると、風鈴のような鈴のような音のベルが鳴ります。
「いらっしゃいませー」
ふと、店内のレジカウンターに目をやると、おばあちゃんの瞳の色と同じ深海色のまっすぐな長い髪と瞳を持つ、20代中頃の白いエプロンを着けた女性がいました。
店主の娘の海花子ちゃんです。
「こんにちわ、海花子ちゃん」
お母さんが海花子ちゃんに挨拶すると、海花子ちゃんは笑顔で、
「おばさま!お久しぶりですー。癒雫ちゃんも久しぶりー!何年ぶりかな?」
と、嬉しそうに挨拶を返してくれたので、わたしは小さく、
「久しぶり・・・」
と返しました。
「頼んでいたケーキを取りに来たんだけど、大丈夫?」
「はい!午後4時に受け取り予約だったケーキですね、少々お待ち下さい」
海花子ちゃんはそう受け答えすると、奥の厨房の方へパタパタと走って行きました。
海花子ちゃんは、わたしと同じ春瀬の一族の分家の子で、子供の時、盆正月に渡霜に来た時には一緒に遊んだりしていました。
また、珍しい〈アイラの涙子〉でもあります。
〈アイラの涙子〉とは、先祖達が住んでいた世界の闇の神、アイラの落とした涙で出来た、海を身に宿して生まれた子と言われてる子供の事で、アイラと同じ、深海色の瞳の色と同じ色の髪や瞳の色を持って生まれて来た子供の事を、そう呼ぶそうです。
そして、その闇の神、アイラから分離したのが、エアルです。
なので、エアルの転生体であるおばあちゃんの瞳の色は、アイラ譲りの深海色をしています。
「海花子ちゃん達、今日は大忙しでしょうね」
「うん」
お母さんの言葉に相槌を打ちながら、わたしは店内を見回します。
広い店内の、左右の壁に設置された棚には、それぞれ和菓子と洋菓子が売られていて、店内にも人がちらほら見えました。
カウンター脇のショーケースには、様々なケーキが並んでいて、奥では海花子ちゃんの家族が総出で、テキパキと仕事をこなしています。
ショーケースの上には、『オーダー、承ります』と白いチョークで書かれた小さな木製の縁の黒板があり、その隣には、表面に何か模様が書かれた円盤状の何かが置いてありました。
ふと、ショーケースの脇から誰かが出て来ました。
ぴょこっ、とまるで兎か何かのように姿を現したのは、キャラメルブラウンのショートヘアに蜂蜜色の瞳をした小さな女の子でした。
髪の右片方を、黄色い薔薇のヘアゴムで結び、服は白いセーターと、丸い形に膨らんだデザインの半ズボン。下には、黒い厚手のタイツを履いています。
女の子は、くりくりの大きな瞳で、しばらく店内を見回していました。
ぐるんとくまなく見て、最後にわたしと目が合います。
じーっと、大きな瞳で見つめられ、目を逸らす事が出来ません。
しかもこの子、無表情だから、変な圧があります。
うーん・・・どうしたものか・・・。
しばらく、穴が空く程、互いを見つめ合っていると、
「梨仁!」
その空気を壊したのは、海花子ちゃんでした。
「人の事をそんな風にじっと見ちゃだめ!・・・ごめんね、癒雫ちゃん」
「あ・・・うん、大丈夫」
海花子ちゃんの謝罪に、何とかそれだけ答えました。
「・・・この子は?」
わたしは、小さな声で聞きました。
「あら、可愛い子。誰その子?」
が、さっきまで、ショーケースの中のケーキを見てたお母さんが、わたしの言葉を上書きするように聞き被せてきました。
「・・・・・・」
さっきのわたしの言葉を無かった事にされたみたいで、悲しくなりました。
同時に、何だかムカムカして来ます。
(ダメだ・・・耐えろ、耐えろ・・・)
わたしは黙って、煮えたぎるモヤモヤを押し殺します。
「ああ、そう言えば、おばさまも会うのは初めてでしたね・・・」
海花子ちゃんは、そう言うと、女の子の肩に手を置きます。
女の子は、きょとんと海花子ちゃんを見上げていました。
「この子は梨仁。今、家で預かっているんです・・・ほら、梨仁」
「・・・梨仁です。よろしくお願いします」
海花子さんに促されるように、女の子はわたし達に自己紹介します。
「親戚の子?」
「はい、結構遠い親戚の子で、両親の仕事の都合で、家でしばらく預かる事になったんです」
海花子ちゃんの言葉に、お母さんは、
「そうなのー・・・大変ねー」
とだけ言って、梨仁ちゃんの頭をなでなでしました。
渡霜を離れて暮らす一族の人は、何人か知ってるので、特段何とも思いません。
わたしも、お父さんとお母さんが離婚する前は渡霜から離れて暮らしていましたから。
「ご注文のケーキお持ちしました、お気をつけてお持ち帰り下さい」
海花子ちゃんが、お母さんにルシェナの蜜で出来たクリスマスのケーキを差し出します。
お母さんは、それを受け取ると、
「ありがとう」
と一言お礼を言い、店を後にしました。
わたしも、それに続きます。
ぐつぐつと熱を帯びて沸騰するモヤモヤを、心の中に抱えながら。
車に乗って、シートベルトを締めると、お母さんはエンジンをかけます。
「ケーキの受け渡しスムーズに行ってよかったわねー、もう少しかかるかと思っちゃった」
「・・・・・・・・・」
「帰りにどっか寄る?癒雫、今日お酒飲むって言ってたわよね、霊酒はもう飽きたでしょ?スパークリングワインでも買いに行きましょうか?」
「・・・・・・・・・」
「・・・癒雫?どうしたの??」
「・・・・・・んで」
「?」
「何で言葉被せるの!!」
「え!?何が!?」
「さっき言葉被せてきた!!」
「被せて無いわよ、普通に話してたじゃない」
「最初にわたしが梨仁ちゃんの事その子は?って聞いた後、その子誰?って被せたじゃん!!」
「何それ!?覚えて無い・・・」
「言ったー!!!!」
「ちょっ・・・声大きい・・・外に聞こえる!!」
「わぁぁぁぁんっ!!!!」
頭がぐちゃぐちゃになって、わたしは大声で泣きました。
腹が立つやら悲しいやら、諸々言葉に出来ず、ただ自分を軽視されたのが悲しかったです。
「お母さんわたしの事嫌いなの!?嫌いだからあんな事するの!!?」
「嫌いじゃないわよ、でなきゃ一緒に行動してないから」
「じゃあ何で被せたの!?」
「だから被せて無いって・・・」
「いっつもいっつもそうだ!!みんなそうやってわたしの事無視するんだ!!いないものにするんだ!!」
「・・・癒雫、落ち着いて・・・」
「みんなわたしの事嫌いなんだ・・・味方なんていないんだ・・・敵ばっかなんだ・・・」
「癒雫!気をしっかり持って!呪いが溜まる!!」
コンコンッ
不意に、外からガラス窓を叩く音がしました。
はっ、として、音のした方を見ると、蜂蜜色の瞳が、こちらを見ています。
「・・・梨仁ちゃん?」
わたしは涙を拭いて、車の窓を開けました。
「どうしたの?」
わたしが取り繕うようにそう聞くと、梨仁ちゃんは、さっきから手に持っていた何かを、わたしに差し出して来ます。
「これ、あげる・・・」
それは、人型に型どった焼き菓子でした。
透明な袋に包装されていて、顔の部分はアイシングで笑顔が描かれています。
「あら、それ、レープクーヘンじゃない?」
お母さんの言葉に、梨仁ちゃんは小さく頷きます。
レープクーヘン・・・聞いた事無い・・・。
どこのお菓子だろう・・・でも・・・。
「・・・ありがとう」
わたしは梨仁ちゃんに一言、そう言いました。
・・・上手く笑顔を作れてるかな?
わたしがレープクーヘンを受け取ると、梨仁ちゃんは、こっちに手を伸ばし、わたしの頭を撫でて来ました。
わたしは目を丸くします。
梨仁ちゃんは、3.4回ぐらいわたしの頭を撫でると、くるっと踵を返して、店の中に帰って行きました。
「・・・なんなんだろう」
梨仁ちゃんが帰って行った方を見ながら、わたしはぽつりと呟きます。
「さあね、でも・・・」
お母さんの手がわたしの頭に置かれました。
「嫌ってたら、あんな事しないわね」
お母さんは言います。
・・・顔をよく見て無かったけど、多分、笑顔だったと思います。
「んじゃ、帰りましょうか」
お母さんは、そう言って車を発進させました。
金色の陽光が、冬の道路を照らしていました。
海花子が丁度買い物に行く頃だった。
今まで消えていた梨仁が店の扉から帰って来たのは。
「あ、梨仁!」
突然の呼びかけに、梨仁は立ち止まり、声の主の海花子の方を見る。
「どこ行ってたの?黙ってどっか言っちゃだめだって言ってるでしょー」
海花子が少し説教気味にいうと、梨仁は、いつもの仏頂面のまま、ぽつりと言った。
「・・・お空の・・・」
「?」
「・・・お空の瞳の人がね、少し黒くなってたの・・・車の中で・・・だからあげたの・・・月花の蜜のお菓子・・・」
月花の蜜・・・それはルシェナの花の蜜の別名だった。
ルシェナの花は、闇の神、アイラが生んだ光、ルシェナが、夜の空に昇り、月になった時に先祖の故郷の地上にもたらされた花で、ルシェナの恵みである月の光を養分にして育つ。
『月花堂』というこの店の店名もそこから来ていた。
「・・・そうだったの・・・」
海花子は何となくだが納得したようにそう言った。
お空の瞳の人とは、おそらく癒雫の事だろう。
黒くなってた・・・というのは、〈呪煙〉の事だろうか・・・。
だが、梨仁の口ぶりだと、大事には至っていなさそうだし、何より、側には樹雫もいる。
そこまで心配しなくてもいい・・・のか?
海花子は少し癒雫の身を案じる。
昔から、普段は穏やかで優しい性格だったが、感情のコントロールが上手く出来ない子だった。
最近まで、相当病んでいたとも聞いている。
何事も無ければよいが・・・。
「・・・海花子さんは、どこに行くの?」
思案の海に沈んでいると、梨仁の声で、意識を現実に引き戻された。
そう言えば、買い物に行く所だったのだ。
「ちょっと今晩の買い物に行くの、梨仁も一緒に行く?」
海花子は何の気なしに梨仁に尋ねる。
梨仁は、少し驚いて、
「・・・いいの?」
と、聞き返した。
「うん、今日ずっと家の中にいて暇だったでしょ?だから気晴らしに」
海花子が微笑むのを見て、梨仁は、まるで、やっと散歩に行けると知った子犬の様な目をして、
「行く!」
と、短く答えた。
そんな様子を見て、海花子は思う。
・・・だいぶ、感情を見せるようになったな、と。
「今日クリスマスだけど、梨仁、何か食べたい物ある?」
「んとね・・・からあげ食べたい!」
「じゃあ、姉蛇沢に新しく出来た唐揚げ屋さんに寄りましょう、あそこ結構評判いいみたいだから」
「うん!」
海花子と梨仁は、そんなやり取りをしながら、店の裏口に移動して、外に出て行った。
まるで、年の離れた姉妹か、親子を装うように。




