クリスマス③
あの後、渡霜の酒屋に寄ってスパークリングワインを買いました。
お母さんとわたしの分の2つです。
「癒雫、食べないの?」
梨仁ちゃんから貰った、透明な包みに入ったレープクーヘンを見つめるわたしに、お母さんは不思議そうに聞きます。
「・・・今食べた方がいいかな?」
「だってそれルシェナのお菓子でしょう?さっきあんたの周りに黒いの出てたから、梨仁ちゃんそれあげたんじゃない?だったら今食べた方がいいでしょ」
「・・・出てた?黒いの・・・」
「出てた」
お母さんに言われて初めて気づきます。
わたし達一族の者は、自分自身の負の感情が呪いに変わりマナに溜まる時、黒いの―――〈呪煙〉が体から出て来る時があるのです。
わたしは額に神経を集中させ〈目〉を開きます。
薄っすら虹色がかった白色の視界でレープクーヘンを見ると、薄紅色の光を帯びていました。
薄紅色―――というか、ピンク色は、〈ルシェナ〉の色なのです。
「・・・ほんとだ、ルシェナのお菓子だ・・・」
「早く食べちゃいなさい、家に帰って桜雫に見つかったら具合悪いでしょ?」
お母さんに急かされ、わたしは透明な袋からレープクーヘンを取り出しました。
茶色い人型の、人形のようなレープクーヘン。
白いアイシングで笑顔が描かれています。
体は、まるでワンピースを着ているような形をしていて、色んな色のアイシングで、花の模様が描かれていました。
(・・・頑張って作ったんだろうな)
わたしは右腕の部分を割って、口の中に入れます。
咀嚼して、しばらく味わい飲み込みます。
・・・何だか、懐かしい味がします。
車の窓から外を見ると、天秤さん達が、瘴気溜まりを〈散らし〉ているのが見えました。
(・・・クリスマスなのにご苦労様です)
もう、渡霜の〈内〉まで、来たようです。
わたしは再度、レープクーヘンを割って食べます。
家まで、もう少しです。
家について、最初にしたのは、リビングの掃除でした。
二世帯住宅の我が家では、誕生日やクリスマスは、基本、お母さんとわたしの世帯のリビングでお祝いします。
最初に、ゴミやおもちゃを片付けて、テーブルを横に倒して掃除機をかけます。
それが終わったら、テーブルを元に戻して、台拭きで拭いて、座布団を人数分敷きます。
ゴミやおもちゃの片付けは、お母さんと2人でやりました。
後の掃除機や座布団敷き等は、わたし1人でやり、その間、お母さんは料理をします。
「売ってたオードブル少し小さいから、何か海苔巻きみたいなやつも作った方がいいわよね?」
「・・・慈ちゃん、グラタン作るって言ってたし、果物やナゲットもあるから大丈夫じゃないかな?」
「いいえ、足りないわ・・・あんたも知ってるでしょ、雅都達の食べっぷり・・・余分に作っとかなきゃ・・・」
お母さんは、そう言って海苔巻きを作り始めました。
確かに、雅都達弟一家は、全員大食いでした。
雅都は男でよく食べるし、慈ちゃんと桜雫はどんなに食べても太らない体質で、去年の正月は、夫婦揃って、20個以上ある納豆餅を朝から平らげていたのは記憶に新しいです。
「・・・余ったらどうするの?」
わたしは心配になって聞きます。
「余ったら明日の朝ごはんにって、あっちに渡すから大丈夫よ」
お母さんは言い切りました。
「・・・何か手伝う事ある?」
「特に無いわ、それよりもうすぐ雅都達帰って来るから、料理してる間、桜雫の面倒見てて頂戴ね」
「・・・わかった」
お母さんにそう言われ、わたしはテレビを点けて、桜雫が来るのを待っています。
時計は、もうすぐ午後の6時を回る所でした。
雅都達が帰って来たのは、結局夜の7時頃でした。
1時間前にオーブンにかけたナゲットはすっかり冷めてしまい、お母さんは再度ナゲットを温めます。
「遅かったけど、何してたの?」
お母さんが、ちょっと怒りながら聞くと、雅人は、
「桜雫のプレゼント買いに行ってたら遅くなった、今から慈、グラタン作るからその間子供ら見てて」
と、言って来ました。
どうやら、ごちそうはまだお預けのようです。
雅人と慈ちゃんは、桜雫と奏都をこちらに連れて来ると、いそいそと自分らの世帯に帰って行きました。
「奏都にごはんあげるから、癒雫は桜雫の方をお願いね」
お母さんが奏都を抱っこしながら言います。
手には、雅人達が置いて行ったミルク入りの哺乳瓶が握られていました。
わたしが桜雫の側に行くと、桜雫は、着ているピンクのワンピースをひらひらさせながら、ふわっと回って見せました。
「みてみてうなちゃん、ばあばがかってくれたおようふく、かわいいでしょ?」
「うん、かわいいねー」
わたしは笑顔を作ってそう言います。
ばあばとは、桜雫にとっての母方の祖母・・・慈ちゃんのお母さんの事です。
「このぬいぐるみは智瑛ちゃんが買ってくれたのー、ふわふわでちょーかわいいのー」
「うわー、かわいい!よかったねー」
わたしがそう言うと、桜雫は有頂天な笑顔でう
ウキウキ体を揺らします。
智瑛ちゃんとは、慈ちゃんのお姉さんの事です。
「桜雫お腹空いてない?ナゲット少し食べる?」
お母さんは、奏都にミルクを飲ませ終わるなり桜雫にそう聞きます。
「たべる!」
桜雫は、満面の笑顔で答えました。
「わかった、癒雫、奏都抱っこしてて、ナゲット皿に移すから」
お母さんにそう言われ、奏都を預けられます。
今年の7月に生まれたばかりの奏都は、生まれた時と比べると少し大きくなったけれど、まだやわっこい感じがします。
髪の色は黒色寄りの群青色で左の一房が白に近い水色、瞳の色は桜雫と同じ淡い藤色です。
(・・・そういえば、お母さんが奏都にゲップさせた所、まだ見てない・・・)
わたしは奏都の体を縦に抱っこし直し、背中をぽんぽんと叩きました。
けぷっ、と空気を吐く音がして、そのまま奏都をよしよしします。
(さっきのゲップでいいのかな・・・)
ちょっと自信無さげに奏都を抱っこしてると、桜雫が服を掴んで来ました。
「たべさせてー」
その言葉に、ちらっとテーブルを見ると、いつの間にか皿に乗ったナゲットと、小皿に乗ったケチャップが置かれていました。
「・・・ちょっと待っててね」
わたしは急いで奏都をお母さんに返しました。
「はい、食べよ」
「うん!」
わたしと桜雫はテーブルの席に着きます。
フォークでナゲットを刺して、ケチャップをつけます。
「桜雫、あーん」
フォークで刺したナゲットを桜雫の口元に持って行くと、桜雫は口を開けてぱくっと食いつきます。
「おいしい?」
わたしが聞くと、桜雫は、
「おいしー♡」
と、嬉しそうに言いました。
しばらくそんな風にして過ごしていると、皿の上のナゲットは、あっと言う間に無くなります。
仕方が無いので、わたしは桜雫にアニメを見せる事にしました。
わたしが小さい時からやってるアニメで、破茶滅茶な行動ばかりする5歳児と、その家族や友達との日常を描いたギャグアニメです。
わたしの膝の上に座りながら、桜雫はしばらくは大人しく見ていたのですが、すぐにぐずり始め、
「クリスマスのプレゼントまだー?」
と、奏都をあやしてるお母さんに聞いてきます。
「プレゼントはごはんとケーキを食べた後よー?」
お母さんが子供向けの甘い声でそう言うと、桜雫は顔を歪ませて、
「やーだー!!今ほしいー!!」
と、駄々をこね始めました。
「今ほしいー?」
お母さんは、困った顔で苦笑いしています。
「早くごはんの時間になるといいけど・・・ちょっと行ってくるわ」
お母さんは、奏都を抱っこしながら、隣の雅人達の所へ行きます。
わたしと桜雫もついて行きます。
2つの世帯を隔てた扉を潜り、お母さんは雅人達に尋ねました。
「雅人ー、慈ちゃんグラタン出来たー?」
なるべく威圧しないように優しく聞きます。
子供達の前だからです。
「後10分ぐらいで出来るから、待ってて」
雅人はそう言うと、リビングの入り口の引き戸の扉を閉めてしまいました。
(・・・後10分)
どうやら、もう少しの辛抱のようです。
その後、ぐずる桜雫を何とか宥め、慈ちゃんのグラタンが出来たのは、それから15分後でした。
「・・・つかれた〜」
ソファに深く座り、わたしはぐったりと宙を仰ぎます。
「・・・もう、食えない」
隣には、同じくぐったりしたお母さんが、ソファに深く座っています。
あの後、ごちそうを並べてクリスマスパーティーが始められましたが、桜雫がごはんの前にプレゼントがほしいとごね、それを聞いた慈ちゃんが怒り、桜雫を叱りつけ、それによりへそを曲げた桜雫が更にわがままを言って・・・すったもんだの末に、わたしとお母さんが、泣きわめく桜雫を落ち着ける為にドライブに連れて行く事になりました。
途中、お腹が空いた桜雫が、コンビニのからあげを食べたがり、仕方なく食べさせる事に。家に戻って、すっかりお腹一杯になった桜雫は、慈ちゃんの作ったグラタンを食べたく無いと言い出したのです。
慈ちゃんは不機嫌になり、わたし達も気まずくなりました。
しかし、みんなごはんをまだ食べていなかったので、ひとまずごはんを食べる事にしようと雅人が言い、ごはんを食べる事に。その後、ケーキを食べ、プレゼントを桜雫と奏都に贈り、しばらくテレビや談笑をした後、10時頃お開きになりました。
「今年は途中で抜け出さなかったわね癒雫」
お母さんが、笑いながら言いました。
「・・・そういえば、そうだね・・・」
わたしは頭を掻きながら、スマホをいじり始めます。
毎年、家族で集まって何か食事(外食は除く)をすると、ストレスが溜まって、途中で外にドライブに行かないといけなくなるのです。
理由は、いつものペースで過ごせないからです。
周りにも気を使うし、会話に入って行けないのも地味に効いているのかもしれません。
精神的につらくて、途中で叫びそうになります。
(みんなでお食事するの好きなんだけどなぁ・・・)
何で発達障害に生まれて来たんだろう・・・。
本当に難儀な性質です。
「少しずつ慣れて来たのかしらね」
「・・・どうなんだろうね」
・・・それって、過剰適応ってヤツじゃ無いんですかい。
お母さんの言葉に、何とも言えない気持ちになります。
「・・・静かになったし、そろそろアレ飲みたいな」
わたしがポツリと言うと、
「あー!そうだった、スパークリングワイン買ったんだっけ!」
すっかり忘れてた!という感じで、お母さんが叫びます。
「飲も飲も!!」
「・・・うん」
わたし達は、冷蔵庫の前まで来て、冷蔵室を開けました。
中には、買ってきたスパークリングワインが入っています。
「飲みごろね〜」
それは、光る花柄のスパークリングワイン。
赤い花柄と、青い花柄の2種類があって、透明なワインの中に、光る小さな花柄が、ネオンのようにいくつも浮かんでいます。
「癒雫が青い花のやつだったわよね」
お母さんはそう聞くと、わたしに青い花柄の浮かぶワインを渡します。
「うん」
わたしはワインを受け取り、アルミの蓋を開けました。
透明なグラスに注ぐと、中の花柄も一緒に移動します。
花柄は、しばらくクルクルとグラスの中で回っていました。
お母さんもグラスにワインを注ぐと、同じく花柄が移動して、クルクルとグラスの中で回ります。
わたし達は赤い花柄と青い花柄の入ったグラスを持つと、カンッ、と互いのグラスを鳴らし、乾杯しました。
「お疲れ様」
「お母さんも」
互いに労いの言葉を掛け合って、ワインを一口頂きます。
それほど強く無い炭酸のワインは、まるでベリーのような甘酸っぱい味で、なかなか癖になる味をしています。
「明日も大変だけど、頑張りましょうね」
「うん」
お母さんの言葉に頷きながら、もう一口、ワインを口にします。
明日は、朝から桜雫と奏都の子守の日です。
頑張らないと・・・。
明日の戦いに心を奮い立たせながら、夜は、静かに更けて行きました。
暗い、暗い微睡みの中を彷徨っている内に、いつの間にかわたしは、白銀に光る太陽と明るい青の空に浮かぶ雲の上に座っていました。
あの後、ワインを飲み終え、寝床に着いた筈なので、これは夢の中です。
・・・ああ、久しぶりの夢だ。
ここ最近、色々あって夢が見れなかったから・・・。
ふかふかの雲の上は、太陽の光を反射してパールのように光を帯びています。
そろそろあの人も来る筈何だけど・・・。
「ーーーー久しぶりだね、癒雫」
ああ、来ました・・・。
「久しぶりです、フラムさん」
わたしは、久しぶりに会うフラムさんに挨拶しました。
少し跳ねた短い黒髪に、白地に青い模様が入った外套を着たフラムさんは、かつて、こちらの世界で死に、あちらの光の神、エアラから分離した存在、アイカに救われたと言われてる魂です。
わたし達の使う〈祝福〉を生み出した人でもあり、現在も、アイカの魂に同化する形で存在し続けています。
よく、現在のアイカの転生体であるわたしの夢に現れて、こんな風に話かけてくれるのです。
「最近眠りが深かったようだけど、何かあったの?」
フラムさんは、わたしの横に座って聞いて来ました。
「・・・この前、〈ダナ〉を駆除したんです、それで、色々疲れちゃって、夢も見れませんでした」
わたしは正直に言いました。
「・・・そうか、大変だったね」
フラムさんは優しくそう言うと、わたしの頭を撫でてくれました。
「金森先生に頼まれたんです。来る筈だった人が、突然来れなくなって困っていたから、仕方無く・・・でも、戦う前に〈花護り〉を取り込むのを忘れて、お母さんに怒られちゃいました」
言い終えて、誤魔化すように笑って見せました。
フラムさんは、何も言わず、黙って微笑みながら聞いてくれてます。
「今日になって、やっと夢を見る余裕が出来ました。明日は、お母さんと一緒に、桜雫と奏都の子守りです」
「そうか・・・そちらは、みんな元気かい?」
「はい、元気です。お母さんも相変わらず食いしん坊です」
わたしとフラムさんは、可笑しくて思わず笑い合いました。
昔から、よくこうして、家族の事や、学校の事等、他愛もない事を話していました。
わたしにとっては、親以外で話が出来た、貴重な人でした。
そしてそれは、今も同じです。
(・・・そういえば)
ふと、わたしは思い出します。
前、金森先生と話してて、疑問に思った事。
あちらの世界の人が、どうやって生まれるのか。
今度、聞いてみようと思っていました。
「ーーーあの、フラムさん」
「・・・何?」
「ーーー実は、」
雲と太陽しか無い空間で、わたしとフラムさんの会話は、わたしの目が覚めるまで続きます。
・・・明日はどんな日になるのかな。
そんな気持ちを他所に、わたしはフラムさんと語らうのでした。




