休養②
眠っていたわたしを起こしたのは、バタバタとしたうるさい足音でした。
よっぽど深く眠っていたのか、夢を見た記憶はありません。
むくりと起き上がって時計を見ると、お昼の12時でした。
「あ、癒雫おはよう」
お母さんが、大きな牛肉コロッケの並んだ皿を持って、茶の間に入って来ます。
「調子どう?ごはん食べれる?」
お母さんの問いかけに、わたしはこくんと頷きます。
テーブルの席には、いつの間にか叔母の花雫ちゃんと、仕事から帰って来たおばあちゃんが座っていました。
「ごめんね花雫ちゃん、今退くね」
わたしは急いで長座布団の上から退きました。
ここ、テレビの前の長座布団の席は、お昼は花雫ちゃんの席なのです。
「いいの?ごめんねぇ」
花雫ちゃんはのんびりした口調でそう言うと、長座布団の席に座りました。
豊満な体型に、髪が肩までしか無いお母さんとは対照的に、花雫ちゃんは、スレンダーな体型に、腰まである長い髪を持っています。
瞳と髪の色は、同じ榛色ですが、左側の前髪の一房は銀色で、こちらもお母さんと対になっています。
さらに瞳の縁は青みがかっていて、これもお母さんと対になってるような気がします。
(漫画みたいな姉妹です・・・)
そんな事を思いながら、別の場所に座ると、
「はあ〜、ずいぶんでっかいコロッケだねー」
座椅子に座っているおばあちゃんが、そう言ってお箸でコロッケをつまんで、茶碗のごはんの上に置いていました。
「すごいでしょー、安くなってたからいっぱい買ってきちゃった」
お母さんがニコニコしながらそう答えると、おばあちゃんは、何もつけないまま、おっきなコロッケにかぶりつきました。
まるでリスのようです。
おばあちゃんの髪は綺麗な真っ白な長い髪をしています。
わたしの漆黒の短い髪と対になっています。
瞳の色は深い海色で、花雫ちゃん同様細い体。
わたしの明るい空色の瞳や太った体型とは、これもまた対です。
さらに特筆すべき点は、おばあちゃんはおばあちゃんに見えません。
若い女の人の姿なのです。
これは、お母さんや花雫ちゃんも同様。
おそらくわたしも。
わたし達一族の特徴です。
「―――結局、病院内に〈ダナ〉が発生した原因については、よくわかってないのね」
お盆に一升瓶とモンブランを乗せて茶の間に入って来たお母さんが花雫ちゃんに尋ねました。
「うん、一応、各施設の管理番が、結界内の見回りを強化する事になったらしいけど・・・このまま何も無いままだったら、金森先生の管理不足って事になるでしょうね」
花雫ちゃんはそう言って、何もつけて無いコロッケにかぶりつきます。
わたしはそれをぼんやりと聞いていました。
通常、管理番の人達は、各施設の結界内の責任全般を負っています。
金森先生・・・具合悪いだろうな・・・。
わたしが自分の前に置かれた霊酒とルシェナのお菓子のケーキに目を落とし、今頃どうしてるかわからない金森先生の事に思い馳せていると、
「癒雫、癒雫」
さっきまでコロッケを食べていたおばあちゃんが、わたしの前に何かを置きました。
「これ、仕事先で貰って来たの、ケーキに飽きたら食べなさいね」
おばあちゃんが置いた物。
それは、業務用のうずらの卵(味付き)でした。
おばあちゃんは時々、仕事先で貰って来た物をわたしにくれる時があります。
この前は、ホタテの紐のおつまみをくれました。
(酒の肴が多いけど、一体誰がくれるんだろう・・・)
うずらの卵の袋を手に取りながら謎に思っていると、
「いいなぁ、癒雫ちゃん」
突然、花雫ちゃんが笑顔でわたしに話しかけて来ました。
「いっぱいケーキ食べれていいなぁ、しかも1日3食なんて・・・うらやましい」
どうやらルシェナのお菓子の事を言ってるみたいです。
ルシェナのお菓子は、ルシェナの花の蜜で作られたお菓子です。
ルシェナの花の蜜は元々、わたし達の一族の先祖の故郷である世界で、主食として食べられていた物で、先祖達がこの世界に持ち込み、栽培されるようになりました。
ルシェナの花や蜜は物体ではなく、マナ―――魂と同じ成分で出来ています。
摂取すると、マナにエネルギーを与え、受けた呪いを浄化してくれます。
そんなルシェナの花の蜜から作られたルシェナのお菓子は、基本、魂にしか作用しません。
肉体の栄養にはならないのです。
なので、何個食べてもゼロカロリーです。
霊酒も同じで、魂に吸収されます。
こちらは、体がマナ化した時限定ですが。
どちらも、味はあります。
霊酒は飲み過ぎれば酔っ払います。
なのに、体には何の影響も無いのです。
不思議です。
ルシェナのお菓子も霊酒も、わたし達一族の者達にとっては、マナに栄養をやったり、整えたりする為に必ず必要な物なので、結構日常的に口にする事は多いです。
・・・が、やはり過剰摂取は良くないので、通常時は、霊酒は1日一杯、ルシェナのお菓子等は、1日3食まで、という事になっています。
一応。
「マナに栄養与えるだけなら、別に錠剤でも良かったんだけどね、あっちの方が回復早いし」
お母さんが、怒ったように言いました。
〈ダナ〉駆除の時、わたしが〈花護り〉を持たないで戦った事を、まだ怒っているみたいです。
「そんな事言って、癒雫ちゃんの為にしっかり3日分のケーキ買ってるじゃない」
花雫ちゃんが、お母さんを茶化すように言いました。
ルシェナのケーキには、賞味期限が無いので、まとめて買う事も出来るのです。
「今回は特別。〈ダナ〉駆除後の回復の為なら、ルシェナのお菓子も霊酒もタダで買えるからね・・・まったく」
「素直じゃないなぁ」
花雫ちゃんの言葉に、お母さんは、
「ふんっ」
とスネると、コロッケにソースをかけてかぶりつきます。
わたしも、ケーキを頬張ります。
薄黄色のモンブランは、糸のようなペースト状の栗が幾重にも重なって、まるで毛むくじゃらのマスコットのようでした。
中身はクリームとマロングラッセが入っています。
(この栗達も、クリームも、スポンジも、ルシェナの花の蜜で出来てるんだよね・・・)
本当に不思議です。
霊酒をちびりと飲みながら思います。
モンブランは、あっと言う間に無くなりました。
お母さん達も食べ終わり、みんな思い思いに、昼休みを過ごしていました。
お母さんは、煙草を吸いながらテレビを見て、花雫ちゃんはお昼寝。
おばあちゃんは、
「この男の子かわいいねー」
と、テレビに映った太った男の子を見てニコニコしていました。
わたしは、残りの霊酒を飲み干します。
飲み干すと、一気に眠気が押し寄せて来ました。
「・・・癒雫、眠いの?」
お母さんが聞いてきたので、わたしはこくんと頷きます。
「・・・ちょっと待ってね」
そう言って、お母さんはリビングから出て行きました。
(何だろう・・・)
わたしが疑問に思い、お母さんの出て行った方を見ていると、お母さんは、布団と毛布一式持って来て、それをリビングに敷き始めました。
「こっちで寝なさい、楽だから」
わたしは朦朧としながら、のろのろと布団の中に入ります。
目を閉じると、頭を誰かに撫でられました。
きっと、お母さんです。
(お母さん・・・ごめんね・・・)
わたしは心の中で、お母さんに謝りました。
ふかふかのお布団は、電気毛布のせいなのか、とっても暖かかったです。
結局その日は、1日中眠って過ごし、起きたのは、日の沈んだ夜でした。




