休養①
白い光が世界を照らす朝。
目を覚ましたわたしの頭は、黒い鉛のような悲しみに支配されていました。
・・・ああ、また今日が来た。
おばあちゃんが死んでから、定期的にこうなります。
流石に以前のように毎日こうなる事は無くなったけれど。
目が覚めたと同時に、何もかもが虚しくなって来るのです・・・。
この先生きて行っても、いずれはこうして大切な物を失くして行くだけならば、一体何の為に生きているのでしょう、と・・・。
もう何もかもが無意味では無いのか、と・・・。
・・・何だかよくわからないけどそう感じ、とにかく悲しい気持ちになります。
わたしも、あっちに行きたい。
おばあちゃんの所に。
そんな事まで思ってしまう。
つらい・・・。
不意に、両目に熱と鈍い痛みがこもり、つーっと涙が溢れます。
堪らず、目の前のカーテンの隙間を開けました。
そこに広がっていたのは、青い空。
真冬の空気を纏った、朝の色。
一瞬、胸の痛みが和らいだような気がするから不思議です。
そう言えば、小さい時、よく人が死んだら、お空に行ったとか、お星様になったとか言われてましたっけ。
空の向こうに天国がある、みたいな考え方。
・・・おばあちゃんは、今どの辺にいるのでしょうか・・・。
お空の上?
それとも、海の向こう?
うーん・・・。
「・・・起きよう」
考えてても仕方無いから、起きる事にしました。
布団はマナ化した体をすり抜け、体の下になっています。
下の階から、何やら賑やかな声が聞こえて来ます。
時計を見ると、朝の7時でした。
階段を降りると、すぐリビングです。
「おかーさーん・・・スマホ触れないから持って来てー」
わたしは下に着くなり、お母さんにそう言って頼みました。
「今、桜雫に卵焼き作ってるからちょっと待っててー」
リビングと同居したキッチンのコンロの前に、お母さんの、榛色の髪が見えます。
ちなみに、右側の前髪の一房は銀色です。
縁が薄っすら赤みを帯びた、髪と同じ榛色の瞳は、今はフライパンの上の溶き卵に集中しています。
お母さんの言葉で、わたしは初めて、テーブルの座布団に座る桜雫の存在に気づきました。
また慈ちゃんの頭痛がひどくなったのかな?
ぼんやり思いました。
慈ちゃんとは、弟の雅都の奥さんです。
ひどい頭痛持ちで、よく体調を崩しては、こうして桜雫を預けに来ます。
「おはよー桜雫」
わたしが挨拶すると、桜雫はわたしの方を見て、
「おはよー」
と、挨拶してくれました。
「うなちゃん、なんできょうもひかってるのー?」
肩で揃えた、黒に近い紫色の髪を揺らしながら、桜雫が聞いてきます。
サイドの桜色の髪は、三つ編みにされていました。
昨夜同様、わたしの体はマナ化した状態で、薄っすら光を帯びています。
物体に触るのはおろか、1人では飲食すら出来ません。
「癒雫ちゃんねー、昨日お手伝いして来たの、だからこんなんなってるんだよー」
だいぶ柔らかい言葉でそう言うと、桜雫は卵ボーロを1つつまんで、
「うなちゃんもたたかえるの?」
と、聞いて来ました。
「うん、戦えるよー」
「・・・うなちゃん、なにざ?」
桜雫が、更につっこんで聞いて来ます。
「うなちゃんはねー、獅子座と牡羊座だよー、だから、炎を纏ったり、空を飛んだり出来るよー」
わたしは聞かれた通りに答えました。
わたし達が行使出来る〈祝福〉は、ホロスコープに配置された星座によって決まります。
「さくなはねー、おうしざとてんびんざなんだー。だから、はやくはしれたり、くうきをきれいにしたりできるんだよー」
わたしの言葉に続くように自分の星座を言う桜雫に、思わず顔がにやけます。
かわいいなぁ・・・。
ふわふわとなごんでいると、お母さんが皿に乗った卵焼きを持って来て、桜雫の前に置きました。
「スマホ取って来るから、桜雫見てて」
そして、わたしに桜雫をまかせ、2階に行きます。
「見て・・・る事は出来るけど・・・」
わたしは、卵焼きを1人で食べようとする桜雫を見ていました。
たどたどしくフォークを握って卵焼きを食べています。
(食べるの上手くなったなー)
ぼんやりそう思ってると、程なくして、お母さんが2階から降りて来ました。
わたしのスマホと、荷物を持って。
「今日は早めに事務所に行かないといけないから、あんたのごはんはあっちに行ってからね」
そう言って、仕事に行く準備をし始めます。
しばらくして、桜雫と同じく、肩で揃えた髪型の女性が、赤ちゃんをだっこして、桜雫を迎えに来ました。
慈ちゃんです。
赤ちゃんの方は奏都といいます。
奏都とは、今年生まれた弟夫婦の息子で、桜雫の弟です。
わたしの甥に当たります。
「お母さん、ありがとうございました。・・・桜雫、行くよ」
「まだたべてないからいやー」
慈ちゃんの言葉に、桜雫はそう言って駄々をこねます。
「・・・卵焼き、あっちで食べよう?ばあちゃん、出かけなきゃいけないんだって」
「いやーっ!こっちで食べる!」
そう言って、食事をやめません。
ああ、またはじまった・・・。
ほぼ毎朝の事です。
奏都が生まれてから、更に悪くなっています。
朝、保育園に行く時間や、あっちの世帯に戻る頃になると、桜雫は行かないと駄々をこねます。
それで最悪、30分は時間を取られます。
場合によっては慈ちゃんの仕事の時間が近くなって、代わりにお母さんが桜雫を保育園に連れて行く事になったりします。
花雫ちゃんが所長だから、何かと融通が利くので・・・。
「お願い桜雫ちゃん、ばあちゃん、今日は早くあっちに行かなきゃいけないの」
お母さんが桜雫に、困ったような声色で訴えます。
桜雫は、黙って卵焼きを食べていました。
・・・ああ、今日も駄目かな・・・。
わたしは時計を見ながら思いました。
結局あの後、卵焼きを食べ終わった桜雫は、今度はばあちゃんと一緒に保育園に行きたいと散々駄々をこねて、保育園を遅刻しました。
お母さんの出発は30分以上遅れ、おばあちゃんの家に来た時は、8時半を過ぎていました。
「本当は8時前までに来て、仕事する筈だったのに・・・」
疲れ果てたお母さんは、そう言ってテーブルに突っ伏していました。
ここは、おばあちゃんの家の茶の間です。
おばあちゃんは、もう出かけていました。
「・・・あの、お母さん・・・そろそろわたしもごはんにしたいんだけど・・・」
わたしがそう言うと、お母さんはのろのろと立ち上がり、台所に行きました。
そして、お盆に一升瓶とコップとおしゃれなチョコレートのケーキを乗せて、戻って来ました。
「しばらくは霊酒を飲みながらルシェナのお菓子で解毒してって感じになります。花作りのお手伝いは体が肉体に戻るまでお休みです。お昼ご飯も当分はあたし達で作って食べます。あんたは休養と回復に専念してください、以上!」
お母さんは、おちゃらけて敬語でそう言うと、コップに霊酒を注ぎ、わたしの口元まで持って来て、飲ませてくれました。
光を帯びた体が更に光り、握った手から、肌の感触が戻って来たのが伝わります。
コップに手を当てると、すり抜ける事なく触る事が出来ました。
「それ食べ終わったら少し寝てなさい」
「はい」
わたしは霊酒をちびりと飲みます。
メロンと梨の中間のような味。
光の下に置くと、虹色に光る、不思議なお酒。
「あたしはもう行くから、何かあったらスマホに電話かけるか、手紙鳥を飛ばしなさい」
「はーい」
わたしはチョコレートのケーキ・・・もといルシェナのお菓子を、フォークで刺して掬い口に運びます。
チョコレートの濃厚な甘みが口の中に広がります。
中には、苺のクリームが隠れていました。
「・・・ふふっ」
わたしは食べながらにやけます。
こんなおいしい物をしばらく食べられるなら、〈ダナ〉駆除も悪く無い・・・なんて言ったらお母さん怒るだろうな・・・。
そんな事思ってるうちに、あっと言う間にケーキを完食。
ついでに霊酒も飲み干します。
「・・・ほぅ」
満足して、わたしはテレビの前に敷いてある、毛布付きの長座布団に横になります。
何だかだんだん、体がだるくなって来ました。
薬を飲んだ後のように、頭の中が麻痺して来て、ザーッと、耳の中で砂嵐の音もして来ます。
(・・・ああ、わたし、本当に本調子じゃ無いんだな)
だんだん思考が停止していくのを感じながら、わたしは意識を手放しました。
まるで、何もない暗闇の中に沈んで行くように・・・。




