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10/17

帰宅

目が覚めた時には、もう自宅でした。


おばあちゃんは隣にいません。


先に降りて、家に帰ったのでしょう。


「今何時?」


わたしが聞くと、お母さんは、


「8時過ぎ」


とだけ返しました。


車を降りて、うしろの荷物置きからわたしの荷物を出そうとすると、お母さんがそれを止めます。


もうそろそろ、ジュースの効き目が切れるからだそうです。


言われて気づきました。


わたしの体から、ジュースの水が蒸発して無くなっている事に。


「荷物はあたしが持って行くから、あんたは先に家の中に入ってて」


お母さんの言葉に従って、わたしは先に家の前まで来ました。


我が家は二世帯住宅になっていて、家の扉が2つついています。


右の扉が、弟とその家族の世帯の扉で、左側が、わたしとお母さんの世帯の扉になっています。


わたしは左側の扉をすり抜けると、玄関から家に上がります。


上がる時に、履いていたパンプスは泡になって消え、素足になりました。


ここが、靴のいらない空間だと認識しているからです。


家に上がると、左右の壁にも、扉があります。


右側の扉は、弟家族の世帯に繋がる扉です。


左側は引き戸の扉になっていて、わたし達の世帯のリビングに繋がっています。


わたしは左側の引き戸の扉をすり抜けました。


すり抜けた先のリビングは、さっきまで誰かがいたのか、電気がつけっぱなしになっていました。


床を見ると、絨毯の上に、ぬいぐるみや、おままごとのおもちゃが散らかっています。


(桜雫(さくな)が来たんだな・・・)


わたしは納得して、ソファの上に・・・というか上空に横になって目を閉じました。


桜雫とは、わたしの姪で、弟夫婦の長女です。


毎日のようにこっちに来ては、このように遊び散らかしていきます。


(ドーナツのおみやげ、結局買えなかったな・・・)


くつろぎながら残念がっていると、お母さんがリビングへ入って来ました。


「やだ、ヒーターつけっぱなしじゃないのー、雅都(まさと)に言っておかなきゃ」


買い物かごを置きながらぼやいています。


雅都というのは、わたしの弟です。


わたしより3つ年下で、時々アニメや漫画の話をします。


わたしがソファの上空で寝ている間にも、お母さんは色々動いていました。


再度車に戻り、わたしの荷物・・・服等を持って来てハンガーに掛けたり、買ってきた物を冷蔵庫に入れたり、ごはんの準備をしたり・・・。


マナの体のわたしは物に触れないので、それらを見てるしか出来ません。


スマホやテレビも見れないから、寝てるのです。


他に何か出来る事、あるのかな?


罪悪感からそんな事も考えたりしますが・・・。


「癒雫(ゆな)ー!ごはんよー!」


お母さんの声に飛び上がり、わたしはソファの上空で思わず正座しました。


「何やってんのよー、早くこっち降りてきなさい」


お母さんに笑われながらそう言われ、わたしはのろのろと座布団の上に座ります。


テーブルの上には、テイクオフした牛丼と、クリームがたっぷり乗ったケーキに一升瓶のお酒があります。


「霊酒とルシェナのお菓子、それがあんたのごはんよ」


お母さんが牛丼のフタを空けながら言います。


霊酒とは、〈夢殻(ゆめがら)〉から作る特別なお酒で、〈ダナ〉との戦闘後等に、〈常世返(とこよがえ)り〉しマナ化した体を、肉体に戻す時によく飲まれます。


マナを正常化する効能があり、薬代わりに使われる事もあります。


もちろん、普通のお酒としても飲まれていますが。


ルシェナのお菓子は、ルシェナの花の蜜を使って作られたお菓子で、〈ダナ〉の呪いの波動や、瘴気に当てられ、マナが汚染された時に食べると、内部からそれらを浄化してくれます。


こちらはちょっと特殊な食べ物なので、普通のお菓子としては食べられていません。


材料となる蜜が採れるルシェナの花が、あちらの世界由来の花で、こちらの世界の人が食べると危ない為、ほとんど一族の者や、金森先生のような後天的に〈祝福〉を授かった人達のみで消費しています。


・・・少し説明が長くなりましたね。


お母さんが透明なコップに霊酒を注ぐと、それをわたしの口元まで持って来て飲ませてくれました。


注いた霊酒は、光に当たると虹色のプリズムがかかり、まるで溶けた宝石のようです。


飲んで数秒後、マナ化し薄っすら光を帯びていたわたしの体が、一瞬だけ更に光り、また元に戻りました。


霊酒がマナに吸収された反応です。


これで、物に触れるようになりました。


「もっと楽な格好したら?もう家の中なんだし」


あ、そうだった・・・。


わたしは自分の格好を見て、思いました。


白いシャツに、黒いパンツ。


最期に勤めていた会社にいた時に着ていた仕事着を元にして作った格好です。


これが一番イメージしやすかったから・・・。


改めて、わたしは服をイメージし始めます。


すると、それまで着ていた服が変形し、別の服に変わっていきました。


わたしがイメージしたのは、いつも着てる部屋着でした。


もこもこの、うさぎ柄のネグリジェです。


着ていた服はすぐさまその形状に変わり、わたしは、もう寝るだけの格好になります。


(はー、落ち着いた・・・)


わたしはコップを手に取り、残った霊酒をちびりちびりと飲みはじめます。


メロンのような、梨のような不思議な味を、舌の上で転がして、嚥下します。


ああ、味が感じられるって、いい・・・。


チャンネルをつけて、画面をHDMI1に切り替えます。


そしてスマホで動画アプリを開いて、右上の四角と電波が合わさったマークをタップすると、画面が白く変わり、動画アプリの名称が表示されます。


「何か見ていい?」


わたしはお母さんに聞きました。


「いいよ」


お母さんにそう言われ、わたしは動画アプリから、見たい動画をタップし、再生します。


すると、また画面が切り替わり、さっき再生した動画が、テレビ画面に転送され、映りはじめました。


わたしが再生したのは、最近見始めたアニメの動画です。


同じ顔をした六つ子の兄弟が主役のギャグアニメで、今、女性の間で流行ってるらしいです。


少し前に新作アニメが作られていました。


ケーキのクリームをフォークですくい、口の中に入れます。


優しくまったりした甘さが舌に溶けて・・・まさに至福。


ひと仕事終えた体に沁みます。


もう一口食べようと、またフォークでクリームをひとすくいすると、突然、引き戸の扉が開きました。


見ると、そこにはピンクのうさ耳付きパーカーのパジャマを着た小さな女の子が立っていました。


髪は黒寄りの紫色で肩で揃えてあって、両サイドが桜色になっています。


大きな瞳は淡い藤色。


姪の桜雫です。


「桜雫ちゃん、どうしたのー?」


お母さんが、子供向けの甘い声で聞きました。


桜雫は、まっすぐキッチンの引き出しの前まで歩いて行きます。


わたしはクリームを口に運び、それを横目で見ていました。


引き出しを開けて、中からお菓子を取り出します。


「きょうのおみやげこれー?」


と、やや舌足らずな発音でお母さんに聞きました。


「うん、それよー。お風呂入って来たの?」


お母さんの質問に、桜雫はこくんと頷きます。


お母さんは毎日、桜雫の為にお菓子のおみやげを買って帰ります。


今日のおみやげは、おしゃぶり昆布。


桜雫の大好物です。


おしゃぶり昆布を片手に、桜雫はお母さんのお膝に座ります。


「ジュースのみたーい」


わたしの方を見ながら言います。


「はいはい」


わたしは立ち上がり、冷蔵庫の方へ行きました。


冷蔵庫を開け、中からペットボトル入りのサイダーを出します。


「コップ何がいい?」


わたしがそう聞くと、桜雫は、


「ねこしゃんのがいいー」


と、かわいい声で答えます。


わたしは戸棚から、プラスチック製の、透明な猫さん柄のコップを取り出し、中にサイダーを注ぎました。


「どうぞ、お姫様」


わたしがそう言ってコップを桜雫の前に持って来ると、桜雫はじーっとコップを見つめます。


「・・・どうしたの?」


わたしが聞くと、桜雫は、わたしがさっきまで飲んでいたプリズムのコップを指さして、言いました。


「さくな、うなちゃんとおなじののみたい」


と。


「えっ」


わたしは困りました。


「あれはお酒だから、桜雫は飲めないよ?」


そう説明して、言い聞かせると、


「いやーっ!!さくなものむー!!さくなものむのー!!」


と、癇癪を起こします。


・・・どうしよう。


「今日、浄化した時に出た、小さな〈夢殻〉があるじゃない。それ使ったら?」


お母さんが、そう言って助け舟を出してくれました。


そうだった、あれがあった!


わたしはポケットから、〈夢殻〉を取り出します。


虹色の、豆粒くらいの小さな〈夢殻〉。


わたしはそれを、桜雫の前に持って来て、見せました。


桜雫は、不思議そうな顔で、その豆粒くらいの虹色を凝視しています。


「これをね、こうすると・・・」


わたしは桜雫のコップの中に〈夢殻〉をポチャンと落としました。


すると、〈夢殻〉はシュワッと一瞬で泡になり、サイダーに溶けていきます。


しばらくすると、コップのサイダーに、霊酒と同じプリズムがかかりました。


「ほら、同じでしょ?」


わたしがそう言うと、桜雫は目を輝かせて、サイダーのコップを両手で持ちました。


小さい頃、酒蔵のおじさんが、よくこうして、プリズムのサイダーを作ってくれたのを覚えています。


わたしは自分の席に戻ると、再び、霊酒をちびちびと飲みはじめました。


丁度一杯飲み終えた時、また引き戸の扉が開きました。


今度は、大柄の黒いパーカーの男性が立っていました。


髪は短く跳ねていて、お母さんと同じ榛色。


瞳も同じですが、こちらは縁が黄色味がかかっています。


髪の毛先薄黄色。


弟の雅都です。


「お、懐かしいー」


雅都はそう言って、桜雫のコップの中のプリズムのサイダーを見ました。


「昔、酒蔵に遊び行った時、よくおじさんが作ってくれたっけ・・・」


そして、戸棚の前まで歩いて行き、小さなコップを取り出すと、戻って来て、一升瓶の霊酒を注ぎました。


「一杯もらうな」


そして、くいっと、一口あおります。


「あたしも一口貰おうかな・・・」


今度はお母さんがそう言って、一升瓶に手を出しました。


「コップ、貸してね」


わたしのコップを借りて、霊酒を注ぎます。


雅人と同じく、くいっといきました。


わたしはルシェナのケーキを一口食べ、アニメを見ます。


しばらく4人での晩酌を楽しみました。










「・・・さーて、寝ますか」


わたしは自室の電気を消すと、ベッドに入り、目を閉じます。


・・・さて、今日は何だかんだ大変な1日でした。


ケチャップを買いにスーパーに行って不安定になったり、病院に行ったついでに〈ダナ〉の駆除を頼まれたり・・・。


・・・今日、はじめて〈花護り〉無しで〈ダナ〉と戦いました。


ーーーお前も不幸になれ。


〈花護り〉無しの〈ダナ〉の言葉は、ただただ呪いの言葉でしかありませんでした。


(・・・〈花護り〉を持った状態だったら、心の奥の言葉を聞けたのに・・・)


それが心残りです。


あの〈ダナ〉は、どんな気持ちから、呪いの言葉を言っていたのだろう・・・。


呪いの波動を受けていなければ、もっと余裕を持って対処出来たのにな・・・。


わたしは未熟だ・・・・。


つい呪いの言葉に感化され、爪で攻撃してしまった。


(・・・次からは〈花護り〉を忘れないようにしよう・・・)


後悔と反省を繰り返し、わたしは眠りの海に沈んで行きました。


・・・明日はどんな日になるのだろう。


そんな事も、ぼんやり思いながらーーー。

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