第一六八話 再始動 〇二
——現場に到着するとそこは一面火の海だった。
「こりゃひでえ、皆殺しじゃねえか……」
目の前で轟轟と燃え盛る馬車と、焼け焦げた死体が転がる光景はいつみても慣れず、私は思わず顔をしかめた。
帝国国内を移動するには大小併せて数万存在する街道を使う必要があるのだが、そのすべてが安全が確保できているとは言えず、こうやって移動中に賊に襲われるというのは日常茶飯事だ。
そのため街道を移動する旅人は護衛を付けた乗合馬車などを使って移動したり、自前で傭兵を雇って武装する商隊などに金を払って帯同したりするのが常となっている。
さすがに帝国軍も馬鹿じゃないので、街道を巡回する小隊を派遣したりするのだけど、巡回情報が山賊側に流れているケースも多く、あまり効果が出ていないそうだ。
戦争中では補給路の確保などもあり、私も駆り出されたりもしたけど……戦争後にもこういうケースが頻発していることに内心忸怩たる思いがある。
「……生き残りはいなさそうだな、それとも連れ攫われたか」
『やはり人形騎士を使った襲撃ですか?』
「足跡から推測するに、旧ヴォルカニア王国軍の機体だな」
人間に指紋があるように、人形騎士も足裏の形状は機体ごとに異なっていて特徴を持っていて足跡でどこの国で使っている機体なのかを推測できる。
まあそれを逆手にとって足裏の形状を改造するなんて小細工が一時期あったらしいが、人間が足の指を失うとまともに歩けなくなるのと同じく、機体バランスがうまく取れなくなるそうだ。
そのため機体性能を落とすケースが多発したらしく、戦争末期ではそういったことは行われなくなった。
結局のところ人形騎士の価値というのは戦闘で強いことにあるため、余計な小細工で性能を落とすなんてのは人形使いも望むところではなかったりするので、どこからも異論は出なかったらしい。
足跡は王国人形騎士でよく見られる形状でおそらく兵士級人形騎士ヘルロアであることがわかる。
「ヘルロアか……山賊に渡っているとしても、よく維持できるな……」
『それだけ略奪しているってことでしょうか?』
「スポンサーでもいないと難しいと思うけどね」
ヘルロアそのものの性能は確かに良く、戦争末期に建造された機体が多いので損傷が少なければまだまだ現役で稼働できる人形騎士ではある。
前に冒険者が擱座させた機体を動かした時も思ったが、基本性能そのものは本当に高く素晴らしい人形騎士だと思った。
ただ……いくら王国が負けてるとはいえ、ほぼ最新鋭に近い機体を確保してさらにそれを維持するってのはそう簡単なことではない。
莫大な整備費用もかかるし、専門知識を有した人間もいなきゃいけない……私とパトリシアの出会いになったあの山賊達ですら、整備は大してやってなかったけど最低限稼働させるための軽整備を受けていたはずだ。
おそらくだけどあのラプターを持ち込んだ連邦の傭兵騎士に関係している連中が対応したんだろうとは思うけど。
動かしたときはそれどころじゃなくて考えてもいなかったが、あの砦にいくら古い整備拠点が残ってたとして、素人が下手にいじると動かなくなるのが関の山だ。
やはり連邦が何らかの形で絡んでいるのではないか、と私は思っている……証拠が何もないから、こんなことを公で話すと頭がおかしい人に思わるかもだけど。
「足跡を追ってみるか」
『増援を要請しないで大丈夫ですか?』
「ヘルロアは良い機体だが、末期の王国軍でも稼働率がそれほど高くない、扱いが難しい機体なんだ」
『扱いが難しい……?』
「早い話……当時の性能が発揮できる王国の機体なんざ、ほとんど残ってねえよ」
『あ、アーシャさん! 待って……!』
人形騎士はこの世界における魔法工学の極みであり、確かに圧倒的な戦闘力を誇るが、そもそもそれはちゃんと整備されていることが大前提である。
山賊がまともな整備拠点なんか持っているわけがないので、ヘルロアをもっているとはいえ、きちんとした整備を受けているヴィギルスと比べると雲泥の差だ。
そのまま地面についた足跡を追っていく……よほど自信があるのだろうか、足跡を消す努力もしないままに帰路についたらしく、はっきりとした跡が残されている。
人間大の足跡も多く残されている……どうやら大小入り乱れた格好で残されているので、生き残りがいるとすれば捕まった可能性が高い。
「トリシア、生き残りが山賊に攫われた可能性が高い……追いかけるぞ」
『はいっ!』
「私は人形騎士に乗っているけどアンタらは違う、危なそうなら下がるんだ、いいね」
『自分の身くらい守れますよ……』
「トリシアは人を殺したことないだろ」
相手は山賊とはいえおそらくパトリシアは相手が襲ってきた際に自分の魔術で相手が死ぬかもしれない、と判断した場合躊躇する可能性が高い。
騎士学園の通過儀礼『卒業の儀式』を経た兵士は基本的に躊躇なく敵を殺せるようになっている。
前世がある私ですら殺し合いの連鎖の中で次第に麻痺して相手を殺すことにあまり葛藤を覚えなくなっているのだけど、それはこういった一連の経験を積み重ねた結果でしかない。
しかし戦争が終わる間際には流石にこのような儀式は帝国の威信を傷つける……という声もあったことから、儀式そのものがなくなったと聞いている。
そのため戦争末期にいきなり最前線へと送り込まれた新兵の中には戦闘中に人を殺したことで、精神を病んでしまったものすら現れたという。
『……確かに私の世代は人を殺すような訓練はしていないですが……』
「なら無理に殺すことはない、そういうのは私のような人殺しの役目だ」
一度パトリシアがバーナビーとサシでやり合った時に、結界そのものを破壊してでも相手を倒そうとしたら周りにいた一般人が死んでいたはずだ。
それを彼女は理解していて、バーナビーを倒せる破壊力の高い魔術を放てなかった……ということがあった。
あれはパトリシアが一般人の巻き添えを気にしたこともあるけど、根本にあるのは人を殺した経験がなかったために、躊躇したのが原因だ。
もちろんそれは正しいことだと思うし、好ましいとさえ私は思っている。
「私はすでに戦争中に散々人を殺しているから、山賊を殺すのは躊躇しない……でもトリシアは実際にそういう場合に山賊でも殺すのは難しいだろう?」
『それは……』
「無理に殺せなんて言わないよ、でも殺す必要がある場合には私がやる……だから無理しないでいい」
私の手はすでに汚れていて、これ以上汚したところで大した違いはない。
前世ではそんなこと考えたこともないけど……でも、もしこの狂った世界で人を殺さずに生きていられるのであれば、それは素晴らしいことではないだろうか。
兵士としては完全に失格な考え方ではあるけど、それでも人を殺さない帝国人が少しでも増えるのであれば、私はそれを賞賛する気はあるのだ。
パトリシアには可能な限り汚れてほしくない……これは私が彼女を大事に思うからこそ、同じような人生を歩ませたくないという細やかなわがままだ。
山賊の乗っているであろう人形騎士の足跡を追いかけながら、私は通信用魔道具へと呟いた。
「いいか、絶対に人を殺すなよ……一度殺したらずっとそれを抱え込んで生きなきゃいけねえ、そんな人生は暗すぎるんだ」
_(:3 」∠)_ まあ作者もそんな経験ないけどな
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