第一六五話 失踪者
「おい、帝都に運ぶって言ってた人数二人だったよな?」
「……ああ、どうした?」
帝都の防衛を担当する第一師団所属の下士官トマーゾ・ローレンは護送用の装甲馬車の中を覗き込んだ後、同僚であるオットー・オロフションへと話しかけた。
帝都の外から中へと入るためには、決められた門を通過することが義務付けられているのだが、実は軍のみが使える特別な入り口がいくつか存在しており、特に軍関係の犯罪者を護送する際には『罪深き門』と呼ばれる専用の場所がある。
今回ライオトリシアで揉め事を起こした貴族令息と元軍人が帝都に送られた、という連絡を受けていて、護送されてくるのは二名だと思っていたのだ。
しかし装甲馬車の扉に設けられた小さな覗き窓を覗き込んだトマーゾは、自分の目がおかしくなっていないことを確認した。
「……一人しかいねえんだけど」
「おい、二人じゃないのか? 話と違うぞ?」
「え? ……ええ、二人いますよね?」
「お前の目は節穴か? みろ、一人しか乗っていない」
御者は何が何だかわからない、と言わんばかりの表情で二人へと返答するが、何が何だかわからないといいたげな顔のまま中へと視線を向けた。
一人は緑色の髪に赤い瞳を持つレミントン侯爵家令息にて操魔師、バーナビー・レミントンが虚空を見つめたまま何事かを呟いているのだが、確かにライオトリシアを出る時にいたはずのもう一人が姿を消している。
おかしい……と御者は手元の書類と、装甲馬車の中、そして兵士たちの顔を交互に見ながら動揺したように口元をパクパクと動かしているが、そんな彼を見ている兵士の瞳は冷ややかだ。
グリン・リー・クラーク元大佐が座っていた場所には、痛んで虫が集っている手をつけていない質素な食事が木の皿に乗せられたまま放置されているのだが、彼の姿はどこにもない。
「そんな……確かに途中まではいたんです、食事もちゃんと受け取って……」
「何言っているんだ、実際にいないじゃないか……お前逃したな?」
「自分はそんなことしていません! だってちょっと前に確認した時はいたんですよ!」
「ちょっと前っていつだ」
「食事を出したのが二日前で……その時はいたんですよ!」
捕虜や囚人が護送中に食事にありつけることは珍しく、大抵は数日放置されたまま護送することが慣例となっており、二日前に食事を出したというのは相当に温情ある護送と言っても良い。
これもカリェーハ女伯爵が、バーナビーの実家であるレミントン侯爵家の心情を慮って指示しているためだが、クラーク元大佐はそう言った意味では非常に幸運だったと言える。
しかし……トマーゾは意を決して護送用に改造された荷室へと足を踏み入れるが、床に撒き散らされた腐った肉やパンのかけらなどが放つ腐臭に口元を抑えた。
バーナビーに出された食事はかろうじて口をつけた跡があるのだが、クラーク元大佐の座っていたはずの場所には手付かずの肉が乗った皿が置かれていて、腐敗した肉にウジが集っているのがわかる。
まずいな、とトマーゾは思うものの、すぐに役目を果たそうと立ち上がり外で待機している同僚へと声をかけた。
「……結構前からいないぞこれは……オットー、隊長に報告をあげてくれ」
「了解、この御者はどうする?」
「一緒に連行だ、こいつが逃した可能性があるだろう」
「自分は何もやってません! 確かにいたんですよ!!!」
「早くいけ! 俺がこいつらを見張っておく」
「本当に知らないんですよ!」
「……もう、いない」
「え?」
「もういないんだ」
慌てふためく御者を尻目に室内へと視線を向けていたトマーゾの耳に、座ったまま虚空を見つめるバーナビーの声が聞こえ、彼はギョッとした顔で貴族令息へと視線を向けた。
バーナビーは呆然と、だがどこか薄ら笑いを浮かべたような表情でくすくす笑うと、体を左右に揺らしながら判別不能な言葉を呟いている。
侯爵家令息とは思えないほどに薄汚れたその姿と、口元に浮かんだ笑みが異様に感じ、トマーゾは眉を顰めたまま彼をじっと見つめるが、その視線に気がついているのかどうなのか定かではないまま、バーナビーは何事かを一人呟いていた。
トマーゾは意を決してバーナビーへと話しかける……最低限、護送されているとはいえ貴族令息である彼へと話しかける時には敬語を意識しながらだが。
「……レミントン侯爵令息、何か知っていらっしゃいますか?」
「もういない、あれが連れてった」
「あれ?」
「そうだ、俺を騙して……こんな体にして……もう俺は破滅だ、もう何もない……だからあいつは新しい生贄を連れていったんだ」
「……生贄……」
「クハハ……あの辺境など滅びて仕舞えばいい」
バーナビーは手首に繋がれた鎖を一度じゃらりと鳴らすと、再び焦点の合わない目を虚空へと向けた。
どうやらクラーク大佐はどうやったのかわからないが、どこかへと連れて行かれたのだ……しかし誰が? という疑問を抱え、トマーゾは怯えたような瞳の御者へと視線を向けるが、彼は左右に顔を振るばかり……何者が連れていったのかまるでわからない。
守備隊長を連れて同僚であるオットーが戻るまでは時間があるだろう、トマーゾは荷室から降りると混乱して、目に涙を溜めた御者の元へと向かい、彼へと話しかけた。
「貴族や軍人とはいえ罪人だ、それを逃したとなるとお前も相当まずいぞ、知っていることを話せ」
「いや、本当にわからないんです!」
「何か気がついたことはないか?」
「気がついたこと? ……そういえばあのクラークって人は、ずっと押し黙ってて反応がなかったんです」
「それで?」
「食事を渡そうとした時に、自分の顔を見て呟いたことがありました」
「なんて言った?」
「辺境など滅びれば良い、俺はそのための力を手に入れた、と……あんまりにも妙な表情だったんで、気味が悪くて」
御者はその時のことを思い出したのか、顔を顰めて首を左右に振る。
よほど奇妙な表情を浮かべていたのだろうか? トマーゾは懐に入れていた収容されていた二人の情報を記載した紙を取り出し、それを軽く眺めた。
グリン・リー・クラーク大佐……平民出身だが、戦争で活躍して出世したある意味英雄と慣れた人物、しかしそこに記載されているのは、部隊の運営費用を私物化し横領したことや、人事に介入して部下を不当に除隊させたりという彼の罪がずらずらと並べられていた。
しかもこの証拠を摘発したのは、クラーク大佐が所属していた派閥の長である第二皇子テーオドリヒ・ヴァーミル・ゼルヴァイン麾下の憲兵によるものだ。
しかもそれはクラーク元大佐が帝都を離れてすぐに上奏されており、ある意味テーオドリヒは狙って彼を更迭したとも言える。
「どちらにせよ、護送した人物が足りないなどという不祥事は、上は許さんだろうな……」
「そんな……自分はどうすれば」
「さあな、俺にもわからん……とりあえずお前はここだ」
視線の先にオットーと、彼と共にこちらへと走ってくる守備隊長の姿が見えたことで、これから面倒なことになる予感を感じてトマーゾは肩をすくめる。
そして怯えたままの御者の腕を掴んで乱暴に馬車の中へと押し込み扉を閉めると、隊長に向かって帝国軍式の敬礼をしたまま直立不動の態勢をとった。
そんな中、虚空を見つめていたバーナビーは暗くなっていく車内で天井を見つめながら、歪んだ口元に笑みを浮かべて呟く。
「……全部滅びるんだ、あれは容赦無く、そしてクラークの命を使って全てを滅ぼすだろう」
_(:3 」∠)_ クラークさん行方不明
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