第一六四話 食屍鬼 〇三
「こんなのでおびき寄せられるんですか?」
「シンプルな方が案外バレないもんだよ」
村の外れにある小さな墓地……聖教の様式に従って作られたそれは、木でできた小さな墓標が目印となるシンプルなものだ。
もちろん貴族などになってくるとこの墓標は石造りになって豪華なものになっていくのだけど、一般人ではそこまで大掛かりな墓を作ることは珍しく、こぢんまりとしたものになっている。
墓標の下には木で出来た棺に押し込められた遺体が収められているのだが、私たちの視線の先にはまるで起き忘れたかのように置かれている小さな皿と、それには少し痛んで変色したウサギの肉が載せてある。
「……いくらなんでもお皿に乗せるのはやりすぎでは」
「とはいえ、そのまま置くのもなあ」
餌に使っているウサギの肉は、たまたま村のゴミ捨て場から見つけたもので、多分焼いて齧った後放置していたのか、結構変な匂いと色になっている正真正銘のゴミである。
聞き齧った知識だが、グールが人間の死体だけを漁るかといえばそうでは無く、腐肉となっていれば大体喰らいつく習性があるのだとか。
かなり前に魔物が寿命で死んだのち、徐々に腐っていく中で骨などにこびりついた腐肉を掃除しているのはグールだという論文を発表した魔術師がいた。
当然のことながら聖教の信徒からかなりのバッシングを受けたものの、一部の人間からは『確かに綺麗に骨だけ残っているのは不思議だった』という納得の声もあったと言われている。
「あのお皿もゴミ捨て場にあったものですよね?」
「ああ、洗わずに持ってきてるからひどい匂いだったよ」
「……触れた後手を洗いました?」
「ちゃんと手袋してつかんだよ」
ジト目で私を見上げるパトリシアの視線は汚いものを見るかのようで正直胸が痛くなるが、これも仕事だと自分に言い聞かせてじっと周囲の音に気を配る。
荒らされた墓場を調べる限り今回村に出てきているグールは単体で行動しており、群から離れた『はぐれグール』だというのはわかっていた。
グールは集団行動を好み、一つの群れにはボスがいてそのボスに従うように多くの個体が集まっている……だが、時折そういった群から出て単独行動をするものがいて、今回のケースはそのはぐれが墓場を荒らしているのだ。
ちなみに群れだった場合はめちゃくちゃ厄介で、ボスの思考に同調し一つの集団としての行動が強化されるので、もしそうだったら難しいなと考えていたのでその点はラッキーだと言える。
「……何か音がします」
「きたな……肉に喰らいつくまで待つんだよ」
小刻みな荒い息づかいを立てつつ仕掛けを見ていた私たちの前に、不気味な姿をした怪物が姿を現した。
灰色に近い薄汚れた肌にはあちこちに縮れた体毛がこびりついており、少し離れた場所にいる私たちですらはっきりとわかるくらいには腐肉の匂いを漂わせている。
頭部はハイエナのように伸びた鼻先をヒクヒクと動かしながら、口元にはヨダレのような粘液が漏れ出しており、相当に飢えているのがわかった。
隣にいるパトリシアが少し嫌そうな表情を浮かべるが、グールと相対するのは初めてなのだろう……私も正直戦場あとの掃討戦で遭遇した時は吐きそうになったくらいだし。
グールはあちこちに注意を払いながら、地面を這いずるように腐ったウサギの肉へと向かっているが、その動きはとても生物だとは思えないほどに奇怪なものだ。
「……あれと戦うんですか? いやですわ……」
「正面切って戦う必要もないだろ、魔術で……」
「声出すことになるから気が付かれちゃいますよ、動きを止めないと」
「……じゃあ私が動きを止めるから、そこを狙ってもらう」
グールはヒクヒクと鼻を動かしてから、腐肉を手に取るとそのまま一部を鋭い牙で食いちぎり、くちゃくちゃと音を立てて咀嚼を始めた。
その様子は非常に見るに堪えないものだったため、パトリシアは口元を抑えて軽く気分が悪そうな顔を浮かべている。
グールと戦う際に気をつけなければいけないのは、あの鋭い牙と指に生えているナイフのような爪で、人の肉なんか簡単に切り裂くので非常に危険だ。
あと牙は腐肉食性ということもあって噛まれると感染の危険があって、これが原因で亡くなる犠牲者もいたりするくらいだ。
感染症そのものは聖務魔術師が使う奇跡で治せるんだけど、彼らへの寄付金額が凄まじいことになるので、一般人がグールの媒介する感染症にかかると致命傷になりかねない。
さて……と私は隠れていた茂みから一気に駆け出すと、走りながら腰の騎兵刀を引き抜いて一気にグールとの距離を詰めた。
「……食い方が汚ねえんだよッ!」
「ギ……ギョエッ?!」
完全に虚をついた一撃だったが、グールは私が振り抜いた騎兵刀を咄嗟にその鋭い爪で受け止めた……ギャアアンッ! という甲高い音と火花が散る。
ギリリ、という音を立てて力比べが始まるが……流石にグールの膂力は尋常ではなく、押し込んだつもりが徐々に押し返されていくのがわかった。
そして距離を詰めて分かるのだが、ひどい匂いで思わず顔を背けたくなるが……間近で見るグールの顔は本当に醜く、そして心理的な恐怖を感じさせる真紅の瞳が不気味すぎる。
完全に押し負ける前に、と私は真っ直ぐに押し返してくるグールの力を横に逃すような形で受け流すが、その動きを予想していなかったのかグールはそのままバランスを崩して転倒した。
「ウギョああ?!」
「おりゃあっ!!」
「ギヤアアッ!」
騎兵刀を上段から袈裟がけにして相手の足を切り付ける……皮膚を断ち切り、どす黒く濁った血液が舞い散るとともに、グールは悲鳴をあげた。
何せ倒れている相手の足だけを切るという行動には慣れておらず、振り抜いた速度の割には浅い一撃ではあったものの、魔物の足から大量の血が流れ出す。
チャンス……! 私はそのまま騎兵刀をくるりと空中で回転させると、相手の太もも付近へと思い切り突き立てた。
ザンッ! という鈍い音とともに肉へと食い込む刃先……そしてグールはその激痛に耐えながらも私に向かってその太く筋肉質な腕を叩きつけてきた。
咄嗟に腕を使ってその一撃を受け止めるが、あまりに重い一撃に私は体ごと横に吹き飛ばされる……視界が一回転してそのまま地面へと投げ出されるものの、今のチャンスを見逃すわけにいかない。
あちこちに痛みを感じながら私はパトリシアに向かって叫ぶ。
「トリシア……やれっ!!」
「雷の矢!!」
パトリシアの手から放たれた紫色の電流が痛みを堪えて立ちあがろうとしたグールへと命中すると、凄まじい電流により、魔物の体が一度大きくそりかえる。
あまりの高圧電流によりグールの皮膚が一瞬で焼き焦がされ、肉体はその激痛と神経を直接刺激されたことであちこちに跳ね回るように痙攣するのが見えた。
バリバリバリッ! という音を立てた紫電が収束するのに従って、魔物の皮膚が真っ黒に焦げ、そして赤い瞳はあまりの高温で沸騰したのか、形を失って崩れ落ちる。
かろうじて立っていたグールだったがすでに命は失われていたのだろう、そのままゆっくりと地面へと崩れ落ちると何度か痙攣をした後に完全に動かなくなった。
私はあちこち痛む体をさすりながら立ち上がると、心配そうにこちらへと駆け寄ってくるパトリシアに微笑む。
「いてて……でもいい選択肢だったよ、これで仕事は終わりさ……帰って風呂にしよう」
_(:3 」∠)_ ということでグール編終わり
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