第一六二話 食屍鬼 〇一
「ほらほら、座ってくれよ、奢るぜぇ?」
「へいへい、前と同じで仕事中だから酒はいらないよ」
相変わらずギルドの中は人が多く昼間だというのに酒盛りがあちこちで始まっており、それなりに賑やかな室内は陽気な声と怒号のようなものが飛び交っていた。
冒険者スティーグは前と変わらぬ豪快な笑顔を浮かべて私たちへと座るように促してくる……変わんねえな、と思いつつ椅子へと腰を下ろすと彼は給仕の女性へと声をかける。
黙って頷いた給仕の女性がその場を離れると、スティーグはあたりを軽く見渡してからお目当てらしい相手を見つけたのか、軽く立ち上がってから大声でその人物を呼んだ。
「おい、ジョナサン! お前の話を聞きたい、こっち来い」
「……はい!」
ジョナサンと呼ばれたのはまだ年若い……とはいえパトリシアよりも年上で私よりも下くらいだと思うが、あどけなさも多少残した童顔の若者であった。
彼は革製の胴当てを身につけ、腰には長剣を差しており歩き方の所作から、経験は浅いだろうが元々兵士か何かだったことを感じさせるものがある。
ジョナサンがテーブルに座る私たちに気がついたのか、少し意外そうな顔を浮かべたのちスティーグの隣まで歩いてくると、直立不動の状態をとった後彼へと話しかけた。
「ええと、なんでしょうか? それとこの二人は……?」
「前に話したろ、衛兵隊のアナスタシアと、魔術師のパトリシア嬢ちゃんだ」
「ええ?! もしかしてこの人が闘技会で大暴れした……」
「お前儲けさせてもらったんだろ、少しは感謝しとけよ」
「ジョナサン・カティブです! アナスタシアさんには色々お世話になりました!」
「……そりゃよかった」
ジョナサンは私へと向き直ると満面の笑みを浮かべながら帝国兵の正式な敬礼……胸に手を当てたポーズで話しかけてきた。
微妙に視線がある一点で固定されているような気がするけど、もはやそういうのは慣れっこなので気が付かなかったふりをする。
あの闘技会では大番狂せが何度も起こっているため、例えば私が最初に出た試合とかで賭けた人は相当な儲けになったそうだ。
あと王者とバーナビーの試合なんかは、常連は王者側に賭けた人が多かったのでボロ儲けした連中も結構出ていて、その後一週間くらいは酒場とか娼館でのどんちゃん騒ぎが多かったと聞いた。
博打で儲けた金は大体そういう方向に使われるよなー、とか考えていたらパトリシアとメルタが『不潔すぎる!』と駐屯地で大騒ぎしてたっけ。
整備を担当してた職人とかはバツの悪そうな顔をしていたけど、あれは色々お楽しみしたからだろうな。
「お前さんのおかげで食いっぱぐれそうな若造が何人も救われたんだぜ、ありがとうよ」
「なんか複雑な気分だね……」
「そういうなよ、冒険者なんか大抵はその日の飯も苦しい連中が多いからな、どうしても一発逆転に賭けたくなるのさ」
スティーグは豪快に笑うと、ようやくテーブルに運ばれてきたジョッキから自分の分を手に取ると、軽く掲げてから一気にその中身を煽る。
私とパトリシアが手に取ったそのジョッキには、なみなみと注がれたお茶が入っており私たちはそれを手に取ると軽く中身を啜るが……まあ、こういう場所で出される飲み物は好みではないな。
そんな私たちの様子を見ていたスティーグだが、まだ直立不動のまま動いていなかったジョナサンを自分の隣に座るように促した後、姿勢を正してから少し表情を変える。
「それでだ、アンタらにお願いしたい仕事が一つあってな……このジョナサンから話をさせようと思う」
「……え?! あの仕事、この二人にお願いするんですか?」
「ああ、見てくれは単なる綺麗なねーちゃんどもだが、腕は確かだ……それにお前、この件持て余してたろ?」
「い、いやそうですけど……本当に大丈夫ですか?」
ジョナサンは困ったように私を見たのち、再びスティーグへと視線を戻した……その視線の動きだけで、なんとなくだが非常に面倒そうな空気を感じてならない。
冒険者の相手する魔物の類はゴブリンやコボルトなどが多いんだけど、女性二人で戦うのは色々と面倒だし、とても危険である。
女性冒険者というのは結構いるっちゃいるんだけど、色々な理由から前衛を務めるケースは少なく……弓とか魔法で支援を行う役割が多い。
まあ、中には例外的に筋骨隆々な長身女性が武器を振り回している、というケースがあるのは闘技会とあまり変わらないのだけど。
「安心しろ、人形騎士乗ってなくてもこのねーちゃんは腕っぷしが強い」
「ですけど……相手は食屍鬼ですよ?」
「食屍鬼? ……あー……グールか?」
「あ、ああ……そうなんだよ」
グール……前世ではアンデッドの一つとしても描かれるケースがあった魔物だが、この世界のグールはれっきとした生きている生物だ。
人だけでなく動物や魔物の死体を食べ、戦場や墓場など死体のそばに現れることから帝国では食屍鬼と呼ばれるが、大陸での一般的な呼称は『グール』で統一されている。
敵軍を後退させた後によく見る魔物なのだけど、人形騎士が危険だというのはちゃんと理解しているのか、少しでも音が聞こえると逃げ出してしまうので、殲滅したことはない。
ただ、占領下の村とかで死にかけている負傷兵を襲って食い殺すなんて事件も結構あったので、兵士からすると厄介かつ嫌悪の象徴とも言える。
「グールが出てくるってことは墓場か?」
「ああ、近隣の村で死体を掘り返されるってケースが増えてんだよ」
「死体を掘り返しているなんてグールくらいだもんな、そうならないように燃やさねえのか?」
「戦争中は燃やしてたけどよ、流石に安全だろって土葬したらそうなったんだとよ」
この世界では土葬が基本なのだが、帝国の戦時法で六〇〇年ほど前に文化的な帝国都市においては死体を焼却するように、って布告が出たことがあった。
これはグール対策だったらしいが、帝国貴族や特に伝統を重んじる聖教の神官による反発を招いたらしい……神の元へと向かう人たちが迷うとか、そんな理由だ。
時の皇帝陛下が謝罪して一応公式には必須の義務ではなくなったものの、最前線に近い場所ではグールによる被害、さらには生きている人間まで襲われるなんて事件が多発した。
で、結局最前線に近い場所では帝国軍が率先して死体を焼却処分するという文化が出来上がった……戦争中は魔物相手に戦力を割きたくないので、苦肉の策と言っても良いだろう。
「あいつらどこでも寄生しているからな……」
「でまあ……こいつを仲間と一緒に向かわせたんだけどよ……」
「思ったよりも強かったんだろ?」
私の言葉に悔しそうな顔で項垂れるジョナサン……それもそのはずだ、グールは人間が正面から殴り合って勝つのは難しい魔物の一種だ。
腕力はめちゃくちゃ強いし鋭い爪や牙そして何より獰猛な性格をしているため、彼らとの戦闘経験がないと結構辛い相手のはずだ。
私はというと戦争中の訓練時にグールの一団と戦った経験があり、そう言った意味では『初めて』ではないと言える。
これで私が戦闘経験なかったらどうするつもりだったんだろう? とは思うが、とにかく今戦闘経験が豊富そうで動けるような人材がいないというのも事実なんだろう。
周りで出来上がっている連中は街から出ないような名ばかり冒険者も多く含まれているからだろうから……私は軽くため息をつくとスティーグへと肩をすくめたまま答える。
「仕方ねえな……正規のルートで話を通してくれたら隊長が許可してくれるだろうよ」
_(:3 」∠)_ 久々生身の任務開始
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